第11話 不穏な影
ウツノ都の玄関口である『雷都レール』の停留所。
そこに滑り込んできた車両から降り立ったのは、揃いの紺碧の高級ローブを身に纏った、数人の高慢な魔導師たちだった。
彼らの胸元には、王都に本部を置く最高権力機関『王立魔法構築ギルド・第一特務小隊』の金色の紋章が誇らしげに輝いていた。
「フン……。ここがウツノ都か。辺境の田舎町と聞いていたが、噂以上に発展しているようだな」
小隊長である金髪の優男ザイードは、傲慢に周囲を見渡し、ふんと鼻を鳴らした。
彼の背後では、部下の魔導師たちが雷都レールのスマートな車体や、街中に張り巡らされた魔力網を見つめて、顔を引き攣らせていた。
「た、隊長……。この雷都レールの魔力循環システムですが……異常です」
副隊長の魔導師が、手元の魔力測定器の数値を二度見しながら、震える声で報告する。
「何が異常だ? 田舎のレールの出力など、王都のそれと比べれば知れているだろう」
「いえ、そうではないのです! 魔力圧が……通常の電車の三倍に達しています! しかも、地脈から供給される魔力のノイズが完璧に『ゼロ』に濾過されているのです。こんな超クリーンな魔力を無限に供給し続けるなど、我々王立ギルドの最先端技術を以てしても、国家予算規模の魔導炉を建設しなければ不可能です。それが、こんな地方都市のたった一つの停留所で実現しているなんて……」
「馬鹿な……! 測定器の故障ではないのか!?」
ザイードは測定器をひったくり、画面を表示させた。
そこに示されていたのは、波形の一揺れすら存在しない、極限まで平坦化された超高純度魔力のシグナルだった。
ザイードのプライドに、じわりと焦りの色が混ざる。
「……フン、所詮は地方の小細工だ。どこかの古びた遺跡から発掘した聖遺物でも使って、一時的に魔力を安定させているだけに決まっている。持続性があるわけがない。王都の最先端を行く我々が、このような辺境の魔導技術に後れを取るはずがないのだ」
「しかし隊長、それだけではありません。街の結界の強度も測定したのですが……その構造が意味不明なのです。通常、防衛結界というものは複雑な幾何学模様の魔法陣を幾重にも重ねるものですが、この都の結界は、まるで極限まで無駄を削ぎ落とした数行の魔術式だけで構築されているように見えます。それなのに、強度は王都の防衛大結界を遥かに凌駕しているのです」
「無駄を削ぎ落とした魔術式だと? そんなもの、役に立たない欠陥品に決まっているだろう! やはり、王立ギルドがこの都を管轄し、正しい魔術体系で再設計してやる必要があるな」
ザイードは吐き捨てるように言い、マントを翻して停留所を歩き出した。
だが、都の大通りを進むにつれて、彼らの表情はさらに強張っていった。
街の通りには、ひんやりとした清涼な空気が漂い、特産の巨大なイチゴ『トチオトメ』を山積みにしたワゴンが並び、市民たちが美味そうに餃子を頬張っている。
「なんだ、あのイチゴのサイズは……! 民家ほどもあるではないか! 魔力の結晶化が起きている!? それに、あのギョーザとやらを売っている店……タレを全くつけずに食っているぞ! 王都の食通でも聞いたことがない!」
「隊長……! あそこにある広場、地面の石畳が完璧に平坦化されています。よく見ると、自然石の大谷石を極限まで垂直プレスしたような……まさか、空間圧縮の重力魔法を土木工事に使ったというのですか!?」
部下たちの狼狽する声に、ザイードは内心で激しい怒りと嫉妬を感じていた。
王立魔法構築ギルドは、王国すべての魔法技術の頂点であるはずだ。自分たちエリートこそが、世界で最も進んだ技術を管理し、凡人たちを見下ろす権利がある。
それなのに、この辺境のウツノ都で起きている「魔法技術革命」は、王立ギルドの常識を根底から覆すものばかりだった。
「だま黙れ! 怯むな! すべては一時的なハッタリだ! ……だが、ギルド長からの至上命令は絶対だ。この都の急発展を陰で支えているという『謎の賢者』を我がギルドに引き抜く。もし拒否した場合は、王立の権限を以て、この都の魔導利権を丸ごと差し押さえる。我々エリートが管理した方が、このインフラも有効活用できるからな。地方の有象無象にこれほどの技術を持たせておくのは、安全保障上よろしくない」
ザイードは下劣な笑みを浮かべ、自分を納得させるように深く頷いた。
「しかし隊長。その『賢者』と噂されている男の素性ですが……最近、王都の方から流れてきた男だとか。特徴や時期からして、我々が数ヶ月前に追放した、あの雑用の『ジーク』に似ているという報告もありますが……」
「ハッ、馬鹿を言うな! あのジークだと? あんな攻撃魔法一つろくに使えず、朝から晩まで結界の数ミリのズレをちまちまと直すことしか能がなかった底辺ゴミ野郎が、賢者なわけがあるまい。あいつの頭にあるのは、どうやって労働時間を短縮するか、どうやって上司の目を盗んで昼寝するかという、怠惰で姑息なサボり技術だけだ」
ザイードは鼻で笑った。
「あいつのやる結界など、泥臭い雑用以外の何物でもない。我々第一特務小隊のような、ド派手な最上級攻撃魔法を操るエリートこそが真の魔導師だ。攻撃魔法の一発も放てない腰抜けが、どうやって伝説の魔獣を調伏し、地脈の暴走を抑えるというのだ? あいつは今頃、行き倒れて野原で野垂れ死にし、魔物の餌にでもなっているだろうよ」
ザイードは冷酷に笑い飛ばし、部下たちを引き連れて、都を治める領主の娘、エレナお嬢様の館へと向かって歩き出した。
館の前に到着したザイードたちは、立ちはだかる都の警備兵たちを冷たい目で見下ろした。
庭園には、エレナお嬢様のパトロンとしての圧倒的な富を象徴する、金ぴかに輝く噴水や、トチオトメを象った大理石の彫刻が美しく並んでいる。
「チッ、成金め……。地方の領主のくせに、贅沢な暮らしをしおって。これらもすべて、王立ギルドの管理下に置くべき財産だな」
ザイードは独りごちて、門兵の前に立ち塞がった。
「そこを通せ。我々は王立魔法構築ギルドの第一特務小隊だ。領主代理のエレナ殿に用がある」
「王立ギルドの……? しかし、アポイントメントがなければ、領主様にお通しすることはできません。ジーク先生も現在、大切な瞑想の時間ですので……」
「瞑想だと? ふざけるな! 王立ギルドの命令は、王国の最優先事項だ! 地方の兵卒風情が、我々の邪魔をするな!」
ザイードは胸の金色の紋章を突きつけ、魔力を解放した。
エリートとしての傲慢な圧力をかけられた警備兵たちは、顔を青ざめさせてたじろぐ。
「ど、どうぞ、お通りください……」
「フン、最初からそうすればいいのだ」
ザイードは勝ち誇った顔で、部下を引き連れて館の廊下を土足同然の乱暴な足音で進んでいった。
目指すは、この館の最奥、もっとも濃密な魔力が漂っているという『賢者の相談所』のリビングルームである。
「ふむ、この廊下に張られている防音結界も、恐ろしいほど効率的だな……。音波の波形を完全に逆相殺しているのか。いや、こんな高度な魔力操作、王都の結界ギルドの長老クラスでなければ……。いや、やはり何らかの古代遺物を使っているに違いない」
ザイードは焦りを隠すように大声で言い、リビングの重厚な扉の前に立った。
「行くぞ。あの賢者とやらの化けの皮を剥ぎ、我々の支配下に置いてやる。我々第一特務小隊の権威の前に、ひれ伏すがいい」
ザイードはそう宣言すると、扉を力任せに叩き開けた。
バァァァァァンッ!!!
リビングの扉が凄まじい音を立てて開き、警備の兵士たちを突き飛ばして、ザイードたちが部屋に踏み込んだ。
「ウツノ都領主の代理、エレナ殿だな。我々は王立魔法構築ギルドの第一特務小隊だ。無駄な抵抗はやめて、おとなしく――」
そこまで言って、ザイードの言葉が凍りついた。
リビングの中央に置かれた、王都の最高級ホテルすら慢に霞むほどの超高級でふかふかのソファ。
その上に、ヨレヨレの使い古されたパジャマ姿でだらしなく寝そべり、口元にイチゴの果汁をべったりとつけ、体長三メートルを超える漆黒の巨大黒猫を抱き枕のようにして抱きかかえながら、死んだ魚のような虚無の目でこちらを見つめている一人の男がいた。
ザイードはその男の顔を凝視した。
見覚えのある、寝不足で目の下にクマのある無表情な顔。
ザイードは信じられないものを見るように目を見開き、その指先を激しく震わせながら、叫び声を上げた。
「お、お前……! なんでこんな所にいるんだ!?」
そこには、かつて彼が無能と罵って追放したはずの雑用係、ジークの姿があったのだった。




