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第1話 天才魔術師の見る夢


 ロザリアは冷たい城の中にいた。


 目の前には一人の女。その傍らに寄り添う男。直視しがたい光景に、顔を歪めながらロザリアは言い放つ。


「──あなたは、その方に相応しくありませんわ!」


 愛する人を奪われたという焦りが、ロザリアの声を震わせる。


 女を男から引き離し、ロザリアは女を突き飛ばした。地に伏す女の姿を見下ろし、つかの間の喜びを胸に抱く。


 そして、煮えたぎる憎悪を込めて罵倒した。


「あぁ、穢らわしい! この、男たらしの──」


 悪意に満ちた言葉を浴びせられ、女の顔はみるみるうちに青ざめていく。


 いい気味だ。


 そう笑うロザリアのそばに、近寄ろうとする者は誰もいない。


 しかし、それを悲しむ心は既に、怒りによって塗りつぶされていた。一度は手にしていたはずの愛さえも、見えなくなるほどに。


 もう後戻りはできない。元に戻すことなどできない。すべて、この女のせいだ。


「──復讐してやる。お前の大切なもの──すべて滅ぼしてやる!」


 ロザリアの声に呼応するかのように、どこからか巨大な魔物が姿を現した。憎悪を形にしたかのようなそれは、やがて街を襲い──。





 そのとき、ロザリアは覚醒した。


「な、なんですの……!? さきほど見た夢は……?」


 ロザリアは飛び起きた。眠っていただけなのに息が乱れ、滴るほどの汗をかいている。呼吸を整えながら、周囲を見回した。


 ベッドの上。自分の部屋。枕元には読みかけの本。窓からは柔らかな朝日が差し込み、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。いつも通りの朝。何も変わったところはない。


 ほっと息をつく。それから改めて、夢の内容を思い返した。


 自分が国を滅ぼそうとする夢であった。


 恐ろしい魔物を解き放ち、街は壊滅状態に。すべては、嫉妬に狂ったロザリアが、復讐のためにしたことだ。愛する人を奪われた、と。


(意味がわかりませんわ……色恋沙汰で国を滅ぼそうとするなんて。それに、わたくしの愛する人って誰ですの!?)


 夢は夢らしく、見えた場面は途切れ途切れで、目が覚めた今となってはところどころが曖昧だ。


 肝心の相手の顔は見えなかった。まだ知らない人だからだろうか。


 ロザリア・ソル・ルベウス17歳。


 彼女は恋をしたことがなかった。ゆえに、恋に敗れて暴挙に出た夢の中の自分には、全く共感できなかった。


 けれども、ただの夢だと割り切ることもまた、できない理由があった。



 ロザリアは枕元の開きっぱなしの本を手に取った。


 昨夜はこの本を読みながら、いつの間にか眠っていたらしい。ロザリアは静かに本を閉じ、表紙の文字を指でなぞった。


 そこに書かれている題名は──


「失われた『未来予知の魔術』」


 「未来予知の魔術」は、過去に存在したという記録が残されているものの、現代の魔術師では誰も再現することができず、失われたとされている古代の魔術のひとつだ。


(まさか、眠りながら未来予知の魔術を成功させてしまったというの? わたくしが魔術の天才であるばっかりに……?)


 眠っていたはずが、身体中に疲れを感じる。加えて、体内の魔力が大幅に減っている。一晩中、何らかの魔術を使っていたことは確かなようだ。


 失われた魔術を再現したかもしれないなんて、本当ならば喜ばしいことなのだが、ロザリアの心境は複雑だ。


 あまりにも現実味のある夢だった。特に、感情が。まるでロザリア自身が抱いていたかのように、胸の中がまだどんよりとして晴れない。


 息が詰まるほどの憎悪。


 それを復讐相手にぶつけているさまは、あまりに衝撃的で、脳裏に焼き付いてしまった。


 ロザリアは考える。いつか、どこかで素敵な人に出会って、初めての恋をしたのなら。そして、相手の心が他の誰かに奪われてしまったのなら。未だ恋を知らぬ自分は、あのような蛮行に走ってしまうのだろうか。


 ロザリアは首を横に振り、すぐさま考えを跳ねのけた。


「信じられませんわ! だって、だって……このわたくしが──セレン様に、あんなことを言うなんて!」


 夢の中のロザリアが憎悪をぶつけ、愛する人を奪われたと糾弾していた相手は、この国の王女、セレンディーネ・ルナ・アージェンタムであった。


 ロザリアはため息とともに顔を両手で覆う。荒唐無稽な夢を見て、困惑の次に訪れた感情は自己嫌悪であった。


 セレン王女に向かって叫んだ金切り声は、いまだ耳鳴りのように頭の中で響いている。


(『あぁ、穢らわしい! この、男たらしの、あば──』)


「あばばばば」


 ロザリアは枕に顔を埋めた。あんな夢を見たこと自体、もはや不敬罪なのではないか。


 ロザリアにとってセレン王女は、やんごとなき王族としてだけでなく、小さい頃から姉のように慕っている、かけがえのない存在だ。


「セレン様……」


 夢の中でロザリアに罵倒されていた彼女は、見たこともないくらい悲しそうな顔をしていた。


 ロザリアは目元を拭い、のろのろとベッドから降りた。



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