~事件ファイルNo. 11.5「閑話:ドゥーカ1」~
※読まなくても本編には影響しません。
まだドゥーカのことを知りたくない方は読み飛ばして下さい。
シルィデアーレドゥーカ=ノービレ。
彼女は、アウレリア帝国建国後に生まれたエルフで、森を知らない世代だ。
森を知る帝国エルフたちは、もう数少ない。ドゥーカはまだ彼らから直接話を聞いたことがあるが、これからの世代にとっては帝国こそが故郷になるのだろう。
彼女は最近、そんなことを考えるようになった。
もっともその最近というのも、人間たちが何世代か交代するほどの年月がかかっているが。
そんな彼女は、典型的な帝国エルフだった。エルフの名前は覚えるが、人間の顔と名前は職務上必要な最低限しか覚えない。
別にそれは人間を貶めているわけではない。覚えられないというのが実情だ。
顔と名前を覚え、口に名前が馴染んだ頃には、その相手がいなくなる。
だから、人間とともに過ごすことを決めた帝国エルフたちは、人間の顔と名前を最初から覚えない。
そんな彼女が珍しく覚えたのは、クロイツという名前だった。
ドゥーカがゼペーの所長になってから、隊はやや混乱状態になっていて、細かいミスが目立った。
彼女はあえてそれらを放置していた。このような状況で、ゼペーの警備隊がどれだけ機能するのかを確認するために。
なにせ前所長の不正行為は多岐にわたっており、その腐敗はかなり浸透しているのが予想された。腐った部分を正確に切り落とすため、彼女は静かに見ていた。
予想外だったのは、腐っていたのが本当に一部だけだったということ。そして……テンロフ小隊が、際立っていつもと変わらぬ様子で業務を行っていたことだった。
ドゥーカは、それが『どっち』なのか判断に悩んだ。
だからその小隊長や班長を呼んだ。ただそれだけのことだった。
「テンロフ小隊第一班班長、レオン=クロイツです」
ノックの後に聞こえたその声はどこか気だるげで、緊張というものをおおよそ感じさせなかった。
入ってきた男は乱れのない制服姿で完璧に敬礼をしたが、なのになぜかダルそうに見える、という不思議な印象をドゥーカに与えた。
「私は腹の探り合いは好かない。単刀直入に聞く。
前所長、デジールの経理改竄について知っていたか?」
率直に問うたドゥーカに、とレオンは微かに首を動かした。なにかに納得したように見えた。
「そういうことも、していそうだなとは思っていました」
そしてレオンの反応も率直だった。
ドゥーカは予想外の反応に微かに眉を動かした。彼はその後も嘘をつかなかった。
ドゥーカがやや怒気を込めて声を出しても、やはり何かに納得した様子だけを見せた。そして真相は知らなかった。ただ「やっていそう」という態度を最後まで崩さなかった。
「上司の不正を暴くのは、自分たちの業務に含まれてませんから」
ハッキリと彼が口にしたことは、たしかにその通りだった。今度納得したのはドゥーカの方だった。
こういった不正や腐敗を見抜いて防ぐのは、ドゥーカたちの役目だった。
ただその怠慢を、こうして真っ直ぐに伝えられたことは初めてだった。
レオンが部屋を去っていった後、ドゥーカは彼が座っていたソファの前に置かれたカップを見た。お茶は殆ど残っていなかった。
カップが空になったのを見たのも、初めてだった。
――帝国辺境警備隊の事件ファイル11.5「閑話:ドゥーカ1」了――




