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石ころ令嬢の日常

毎日投稿、10話で完結予定です。よろしければお付き合いください。

 その日は、二か月に一度行う、炭鉱への定期視察の日だった。

 ソフィアは、長い髪を一つにまとめ、簡素なつなぎ服にロングブーツで愛馬にまたがり、一人炭鉱へ向かう。山岳信仰の延長で、炭鉱において女は忌避される存在と言われており、できるだけ女性性を出さないような格好になる。こんな姿を見れば、婚約者のロバートは「女のくせに」と毎回飽きもせずに顔をしかめるが、幸い今回の定期視察には同行しないとのこと。そもそも、同行した回数は片手に数えられるくらい、彼にとって炭鉱への興味は塵ほどもないらしい。

 休憩を挟みながら一刻ほど走れば、周囲はだんだんと埃っぽくなってくる。道は舗装されておらずゴツゴツしており、道行く人々の装いは薄汚れ、顔に覇気がない。

(給金を少し上げたところで、根本的解決にはならないわよね……)

 ソフィアはこれから向かう事務所のことを想像して、ため息をついた。


 バートリー家が所有するこの炭鉱は、曾祖父の代から続く家業だった。かつては良質な石炭を潤沢に産出し、王都の暖炉や工場を支える主要な供給源として栄えた時代もあったという。しかし近年は採掘量が年々落ち込み、鉱脈の枯渇が近いと言われている。それでも、百人を超える炭鉱夫たちとその家族が、この炭鉱にぶら下がって生きている。

 ソフィアが管理を引き継いだのは三年前のことだ。実母キャサリンを亡くし、父ダニエルが後妻と義妹アリスを連れ込んでからしばらくして、「女には向かない」と言われていたこの役目が、なぜかソフィアに回ってきた。父にとっては厄介払いのつもりだったのかもしれない。しかしソフィアは、不思議とこの仕事に性分が合うと感じていた。

 数字を読み、現場を歩き、人々の顔を見る。どこかが詰まれば別の道を探す。感情論ではなく、現実を直視して最善を探す作業。それは、義母と義妹に囲まれた屋敷での息の詰まる日々とは対照的に、ソフィアに「自分がここにいる理由」を感じさせてくれる時間だった。


 事務所は案の定、空気がよどんでいた。豆電球一つだけつけたデスクで、炭鉱長のジャックが図面を引いている。入口に立つソフィアを一瞥して、ジャックは大げさにため息をついた。

「お貴族様の施し、ありがたく頂戴しておりますよ」

「悪いとは思ってるのよ、ジャックさん」

「半分は本当さ。担当があんたに代わってから、給料は少し増えた。毎日パンを食えるようになったことは本当に感謝してる。だがな、石炭採掘量が年々目減りしてる影響で、成果報酬は減ってばかり。いつ首切りを宣言することになるか、毎日おっかねぇのさ」

「……最悪の場合、次の働き口として、ミッドフォードの鉱石研磨ギルドに案内してもらえるよう、ロバート様にはお願いしてあります」

「はっ、あの顔も見せないボンボンが、ほんとに面倒を見てくれるもんか」

 正論にソフィアは言い返せないまま、口をつぐんでしまう。

「ま、どーせどうにもならないんだから、ここは『問題なし』として報告すればいいさ」

 図面に目を戻したジャックは、羽虫を払うように二度手を振った。

 ソフィアはしかし、帳簿を広げて作業を始めた。問題を見て見ぬふりにするのは、いつか壁を崩壊させる行為だということを、彼女は知っていた。

 第七坑道の採掘量の数字を眺めながら、ソフィアは指先でトントンとページを叩く。

「ジャックさん、第七坑道の西側、少し前から掘り進めているって聞きましたけど、手応えはどうですか」

「あっちは硬岩層に当たっちまってな。ツルハシじゃ歯が立たない。爆薬使うにも、上の許可が下りるかどうか」

「爆薬の申請書類、私が書きます。ついでに坑道の換気設備の件も、今月中に陳情書を出しますね」

 ジャックが顔を上げた。

「……あんた、なんでそこまでするんだ」

「報告書に『問題なし』と書く理由が、私にはないから」

 短く答えて、ソフィアはペンを走らせた。ジャックはしばらくソフィアの横顔を眺めてから、低く「そうかい」とだけ言って、また図面に向き直った。


 視察を終えて事務所を出ると、炭鉱の入口付近で、数人の坑夫の子どもたちが泥の中でじゃれ合っていた。子どもたちはソフィアを見上げ、一瞬固まってから、恐る恐る会釈した。ソフィアは軽く手を振り返す。彼らの服は古く、靴底が剥がれかけているものもある。

(せめて、もう一冬分くらいは……)

 心の中でつぶやいたまま、ソフィアは愛馬にまたがった。


リハビリです。やはり物書きは楽しいですね。


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