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ノゾミちゃん  作者: ハデス
3/3

後篇

「珍しいことも、あるものね」


 ノゾミちゃんが、言いました。


「二回目に、わたしに会いに来るなんてね」


「そう」


「それで? 何の用かしら。才能を目覚めさせてあげられるのは、一回だけなのだけれど」


「その前に、訊きたいことがあるの」


「何かしら?」


 わたしは喉にひっかかるものを感じながら、その問い掛けを口にします。


「三人を殺したのは、ノゾミちゃん……よね?」


「ええ、そうよ」


 悪びれもせず、そう答えました。

 ……やっぱり、そのとおりでした。少しだけ、背中が冷たくなりました。けれども、知っていたことです。


「マサアキ、リョウタ、ユウコ……よね? わたしとの約束を裏切った。それが、代償。あの時、約束をしたはずよ」


「うん、わかってる」


「責めにでも来たのかしら? それとも、仇でも討つつもり?」


「違うよ」


 わたしは、乾いた顔で微笑みました。


「わたしも、殺してもらいに来たの。だって、わたしも約束破っちゃったでしょう」


 覚悟しました。わたしも、同じように身体を引き裂かれることを。震えが来ました。懸命に、押さえつけます。せめて、一思いに――


 ――そう、思いましたが。


「何を言っているの? あなた」


 ノゾミちゃんは、目を丸くしました。


      ◇ 


「あなたは、約束を破っていないわよ」


「……え?」


 それは、どういうことでしょうか? 


「言ったはずよ。才能を目覚めさせる条件。それは、その時の気持ちを裏切らないこと。もし裏切ったら、わたしが殺しに行く――それが、代償だったでしょう?」


 裏切った。その言葉に、半年前に再会した三人を思い出しました。

 ガラではなかった。

 本気ではなかった。

 才能が、足りなかった。

 悔しそうでもなく、ふんぎったわけでもなく、ただ冷笑して、笑い飛ばしていた。今になって、わかったのかもしれません。あの時、わたしが感じた不快感。それが、正体だったのでしょう。


「あの三人は、自分の夢を裏切ったのよ? だから、殺した」


 ノゾミちゃんは言います。


「けれど、あなたは違う。まだしっかりと夢を追い続けている。だから、殺さない」

 

 静かな声で、淡々と。どこか優しいその言葉は、わたしにとって残酷でした。


「殺しては、くれないの?」


 声が、震えていました。先ほどまでは違った、恐怖と絶望にです。


「殺してほしいの?」


 問い返されます。


「うん」


 頷くわたしに、ノゾミちゃんは首を振りました。


「あなたは、殺さないわ」


「それじゃあ……!」


 わたしは、膝を折りました。


「……これからも、ずっと。こんな気持ちを抱えたまま、生きていかなければならないの?」 

 かなわない夢を追い続けて。 どうしようもない気持ちを抱えたままで、生き続けていく。そんな人生、辛すぎます。


 だったら、いっそ――


「…………!」


 わたしは這いずるように、駆け出します。向かう先は、フェンスの向こう。その先へと。屋上から飛び降りるつもりでした。

 ああ……これで、ようやく楽になれます。自殺。今までは覚悟がありませんでしたが、この一瞬でしたら、その勇気を振り絞ることができました。



 ――けれども。


 気が付けば、屋上に仰向けに転がっていました。


「…………どうして」


 飛び降りたはずが、身体がふわりと浮かび上がって、優しく運ばれてきたのでした。

 ノゾミちゃんが、見下ろしてきます。


「だから、言ったでしょう? あなたは殺さない」


 無表情だった顔に、薄い笑いが浮かびました。


「そして、死なせない」



 夢を追い続けている限り、わたしは死なない。

 諦め切れない限り、わたしは死ねない。

 ……いいえ、諦めても、死ぬことは許されない。


 ノゾミちゃんは、言いました。

 殺す条件は、夢を裏切ること。

 あの日、ノゾミちゃんの前で願った自分の夢を、馬鹿なことだったと、本気でなかったと……無意味なことだったと、嘲笑って吐き捨てること。無価値だったと、踏みにじること。

 そんなこと、わたしにはできません。

 できるわけが、ありません。本気だったから。今でも、本気だから。それを否定するなんて、できるわけがありません。


「…………っ!」


 食いしばった歯から、呻きのような息が漏れました。



 ――それが、わたしの絶望でした。


       ◇ 


 それから、また十年。

 わたしは、まだ生きています。

 描いた夢は、かなっていません。

 ノゾミちゃんの言葉通りでした。

 たとえ手首を深く切っても。線路に飛び込もうとしても。睡眠薬を大量に飲んでも。わたしは、死ねませんでした。

 切った手首は、再生していきました。

 飛び込もうとした足は、その場で動きを止めてしまいました。

 飲んだ睡眠薬は、意志に反して吐き出してしまいました。


 夢を裏切るか、本来の寿命を迎えるか。

 そのどちらかを満たすまで、わたしは死ぬことはできません。

 どんなに死にたくても。

 どんなに辛くても。

 どんなに、苦しくても。


「ねえ、わたし……本気じゃなかったの」


 だから、殺して。


「小説家なんて、ガラじゃなかったの」


 もう、楽になりたい。


「あんな夢、馬鹿馬鹿しかったよ」


 だから、死なせて……!



「――嘘ね」


 ノゾミちゃんの声が、聞こえます。


「そんな上っ面の言葉だけでは、無意味よ。あなたの本心は、全然違うわ」 



 だから。

 ……わたしはこれからも、生き続けるのです。

 一生、夢を諦めきれない。これは、むしろ彼女自身の呪いではないでしょうか?

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