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【橘_二葉】
「双葉、出かけるの?」
玄関で靴を履いていたら後ろから姉ちゃんに声をかけられた。
「ああ。友達と遊んでくる」
「日曜なのに?」
「日曜だから、だろ」
姉ちゃんも何処かに行く予定なのか、パジャマから私服に着替えていた。
「姉ちゃんもどっか行くのか?」
「ちーちゃんと買い出し」
ちーちゃん。
如月千春さん。
姉ちゃんの学校の文化祭が近いので、そのための買い出しだろう。
彼氏とデートじゃねえのかよ、と胸中で思いながら俺は靴を履き玄関のドアを開く。
「いってらっしゃい」と言う姉ちゃんの見送りに、俺は「いってきます」と返して家を出た。
「なぁ、マジで見に行くのか?」
「何だよ、見たくないのかよ。折角情報掴んだってのに」
「別に見たくないわけじゃないけどさ。な、双葉」
「そうだな。どのみち遠目にしか見れないんだろ?」
「生で見れるだけでも有り難いと思うけどな。俺は」
俺達は今、この先にあるビル内で行われるというドラマ撮影に出る女優の『哀花』を見に行こうとしていた。
『哀花』とは、25歳という若さで既に女優としてはプロ級の腕の女性である。その可愛らしい容姿と飾らない人柄から老若男女、ファンが多数いるという人気女優だ。
そんな彼女が、この近くでドラマ撮影をするとの情報を何処からか入手した友人が、見に行こうと俺達を誘った。
ちなみに、俺を入れてメンバーは3人。
「絶対、人多そうだよな」
「だな。でも一応、あのビルでドラマの撮影があるのって内緒なんだろ?」
「内緒だと思う。まぁ情報は何処からか漏れてくるもんだ。撮影のセッティングとかしてたら嫌でも人は集まってくるだろうし」
しかも来るのがあの『哀花』だ。本人が出てきたらさらに人が増える事だろう。
俺は「芸能人って大変だよな」とぼやく。
「何だよ、見たくないのか?」
「いや、だから見たいのは見たいんだって」
「そうそう。ただちょっとばかりお前よりはテンションが上がらないだけ」
「何だよ」という情報を持ってきた友人を二人で笑い合いながら俺達はドラマ撮影があるというビルへと足を進めた。
その途中、少しばかりの人だかりが出来ているのを見つけた俺達は歩きながら遠目に窺う。
「何だろ、あれ」
「さあ?まさか小規模ドラマ撮影とかか?」
「いや……あれ、あそこにいるの田中じゃね?」
よくよく見ると、人だかりの真ん中らへんにクラスメイトで変人な田中がいた。
「ホントだ。あいつ、また何かやってんのか?」
「マジで変わってるよなぁ。俺達とはほんっと次元が違うっていうか……。ま、関わんない方がいいだろ」
学校の中だけじゃなくて外でもあんな事やってんのか、と俺が田中を見ているとその傍にちらりと金色に光るものが見えた。
「あれ?あれって姫野じゃね?」
友人のその言葉に俺はドキリとした。俺と姫野の関係が誤解されていた頃、何回も何回もその名前と冷やかしを繰り返されていたため、友人らの口から姫野の名前を聞くだけで条件反射で心臓がびっくりしてしまうんだと思う。
友人らとの会話の中で『姫野』の話は最近無かったから余計に。
「デートかねー」
「えっ!?あいつら付き合ってんの!?いつの間に」
「いや、知らないけど日曜に一緒にいるって。なかなかだろ」
「まあなぁ…。どう思う?一時期姫野と噂されてた双葉君?」
にやにや笑いながら、口を挟まなかった俺に友人らが聞いてくる。
「さあ?そうなんじゃねーの。学校でも仲良さそうだったし」
「おやおや、妬いてるんですか?」
「妬いてるんですか?」
「ぶっ飛ばすぞ、てめぇら」
俺が妬くわけねーだろが。姫野とは別に何でもないし、姫野が休日に誰といようが関係ないし、姫野があの変人田中と一緒にいても別に俺は何とも思わないし。
「しっかし、田中もやるよなぁ。姫野落とすなんて」
「今時はああいう変わった奴がモテる時代なんだな」
「悲しいな」
「悲しいぜ」
やれやれ、と俺達は止めていた足をまた動かしてビルに向けて歩き出した。
しっかし。
あいつ、目立つの嫌とか言っといて。
あれ、滅茶苦茶目立ってたけど。大丈夫なのか?
【姫野_涼】
タナカが言った。
「夢発見器が出来た」と。
「タナカ、大丈夫か」
「大丈夫大丈夫。この俺を信じろって」
そう言って、先程からタナカは地面にへばりつき、『夢発見だぁ』なる小さな物を右へ左へと動かしている。
先程から周りには人が集まってきていて、タナカを不躾にじろじろ見ては何か言っている。
本当にこんな物で見つかるのか。少々不安になってきた。
昨日、タナカは私に『夢発見器が出来たから、明日早速ためす』と言ってきた。
タナカだけは私が話した『夢』を、他の者が考えているものとは『違う』のだと考えたようだった。
腐っても発明家、という事なのかもしれない。
私はそのタナカの言葉を聞き今日ここにいた。
もし、本当に見つかればこれほど嬉しい事はないのだから。
だが。
「タナカ、その『夢発見だぁ』はちゃんと機能しているのか?」
「当たり前だろ?俺の発明に不可能はない」
「のわりには、さっきからピコピコと煩いだけだぞ、その機械」
タナカを信用した私が馬鹿だったかもしれない。いや、タナカの作る物を信じた私が馬鹿だった。
壁にへばりつくタナカと、ピコピコ煩い機械のせいで周りには既に何十人もの人が集まってきて、何だ何だと騒ぎになっていた。
あまり目立つとまずい。だが、『夢』を探しているタナカを無下にも出来ずにいた。
「おぉ!反応が近い、近いぞーーっ!」
タナカが叫ぶ。
これも何度目だろうか。
そのタナカの声に、集まっていた人々がタナカに近付く。私はそれを避けるように後ろへと後退した所でドンッと誰かにぶつかった。
私が謝るより前に口を開いたその人物は、タチバナだった。
「何やってんの?」
「タチバナ」
タチバナは私を見下ろしてそう言った。
「お前ら、滅茶苦茶目立ってるぞ」
「あぁ……、そうだな。そろそろタナカを止めないとな」
「目立つのは駄目なんじゃなかったのか?」
「ああ、まぁ」
そうなんだが。
止めるタイミングがな。
そう思って考えていると、タチバナが少し言いにくそうに「…デート」と言った。
「…?」
「いや、何でもない。で、あの変人止めるのか止めないのか。つか、何やってんだあいつ」
タチバナがタナカを不審人を見るようにみる。学校でもタナカはそうゆう立ち位置なので、そのタチバナの態度にも私は特に気にはしなかった。
「探し物をしている」
「探し物?」
「ああ。正確には私の探し物だが」
「もしかして、あの時言ってた夢か?」とタチバナが少ししてから私を見てそう言った。
「ああ」
「夢なんて、あんな物で見つかるわけないだろ」
タチバナが呆れたようにそう言った。
タチバナが思っている『夢』と、私とタナカが探している『夢』とは食い違いがある。だから、そのタチバナの反応はしょうがない反応なんだろうなと思った。
だけど。
「……そうだな」
何故か変な気持ちだった。
【橘_二葉】
やめとけば良かった。
俺は友人らに適当な言い訳をして先にビルへと行ってもらい、今ここにいる。
隣には姫野。
何故ここにいるのか。
それは姫野が心配だったから。
何故心配だったのか。
そりゃ、あれだ。
例えると、妹が変人な彼氏と付き合っているのを発見。その変人が町中で騒いでいる。目立っている。妹が変な目で見られないか心配だ。妹には普通の奴と付き合ってもらいたい。
みたいな。
目立つのは嫌いみたいだしな、姫野。
そう思って、ここまで戻ってきた。
一応『デート』なのか確認しておこうと思ったが、口には出せず。
田中と何しているのかと聞けば『夢を探している』という始末。
夢があんな機械で見つかったら、世の子供達の、それこそ夢が無くなる。
夢っていうのは未来であるわけで。
未来は機械なんかに頼らず自分で見つけて掴むものだ。
姫野はイギリス人だから、もしかしたらその辺り考え方が違うのかもしれない。
「姫野、夢なんてあんな物で見つかるわけないだろ」
姫野は小さく「そうだな」と言った。
「じゃあ、俺田中止めてくるから」
お前はここにいろ、と言ったのだが姫野は「私が行く」と言った。
「私が止めに行くからタチバナはもういい」
「……もういいって」
もういいって、何だよそれ。
「タチバナには関係ないから」
「……あぁ、なるほど。関係ね」
なるほどなるほど。
俺とは関係なくて田中とは関係とやらがあるわけだ。
「悪かったな邪魔して」
「…邪魔?」
「俺とは関係なくて田中とは関係あるんだもんな。悪かったな、他人の何の関係もないただの俺が首突っ込んで」
自分でもガキ臭いな、と思った。
「タチバナ」
「二人でいつまでも仲良く変人してればいい」
「タチバナ」
「じゃあな。もう二度と関わらないようにするよ」
もう二度と話しかけたりしない。俺達には何の関係もないんだから。田中と姫野にはあって、俺と姫野にはない。
だったら関係のある田中と仲良くしてればいい。
もう邪魔なんてしねーよ。
俺はもう知らない。
【姫野_涼】
「姫、いいのか?」
いつからこちらの様子に気付いていたのか。タナカが私の近くに来てそう言った。
「何がだ?」
「あれ、橘君だろ?怒ってたぞ」
「そうだな」
「姫さ、何で橘君が怒ってたか解ってる?」
「解らんな」
「だろうね。だから姫は周りをもっとよく見た方がいいって言ってんのに」
周りを見てどうなる。
誰かを気にしていられるほど、私は暇じゃない。
それに私がここですべき事は明らかなのだから、それ以外は私には必要ない。
パパのために私はここにいるのだから。
「姫、早く気付いた方がいいよ」
「何がだ?」
意味が解らずタナカの方を見ると、タナカは私の頭を撫でて、『夢発見だぁ』を弄りだした。
喋る気はないらしい。
何に気付けというのか。
タチバナがいきなり怒りだした理由だろうか。
私はタチバナが去っていった方向を見る。
私の話など聞く耳持たんといった感じで去っていったタチバナ。
何がタチバナの気にさわったのか、私には解らなかった。
そんなこと、気にすべきでもないのだと思う。
「……で、夢は見付かったのか?」
「いやぁ、反応は近かったんだけどさ。消えた」
「そうか」
やはりタナカはタナカだった、ということか。
「姫、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「俺は姫にとって何者?」
「?クラスメイトだろ?」
「じゃあ橘君は?」
タチバナ?
「橘君は、姫にとって何者?」
「タチバナは………」
何だろう。
こんなような質問を前にも誰かに聞かれたような気がする。その時は何と答えたんだっけ。
「タチバナは………」
タチバナは。
タチバナ、は……?
言葉が出なかった。
「クラスメイト、じゃないんだ」
「………」
田中がそう言ったのに対して、私は何も言わなかった。
タチバナは私にとって、タナカと同じクラスメイトではない。
じゃあ、何だ?
タチバナは調べるべき対象、だった。だが今はそんな気持ちも薄れていて。
「…タチバナは、タチバナ。だろ…」
ぽんっと頭にタナカの掌の感触。ぽんっぽんっ、と軽く二度叩かれ、タナカは歩きだした。
タチバナはタチバナ。
それ以上でも
それ以下でもない。




