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  作者: 葉月
謎の少女は夢を追う
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4

【橘_二葉】


「橘ぁ、何見てんだ?」

「んー、いや、別に」


俺はある方向に向けていた視線を反らす。そして後ろから肩を抱いてきた友人、水瀬の腕を自然な動作で外しながら歩き出した。


「嘘つけ。俺には解ってるぞ。女子の方見てただろ」


体育の時間。

男女分かれてのサッカーの練習。隣のクラスとの合併授業なので、男女分かれてもそれなりの人数は揃っている。


にやにや笑う水瀬に、俺は溜息を吐きながら、ぽんぽんと肩を叩いた。


「そうだな、水瀬。俺は女子の方を見ていた」

「おぉう。認めてくるとは。橘、お前なかなかやるな」

「ふっふっふ。俺を甘く見るな。俺だって……男だぜ?」


キラリッ、と効果音がつきそうな顔で水瀬を見る。水瀬は同じく、キラリッと効果音がつきそうな顔で俺の肩をぽんっと叩き、親指を立てた。


「で、誰を見てたんだ?」

「千葉だ」


本当は違うが、隣のクラスの女子で人気が高い女子『千葉こより』の名前を口にした。


「千葉か!橘も目が高いな」

「ふっ、当たり前だろ。あのスレンダーな体に大きくも小さくもない胸の膨らみ。そして、元気いっぱいなあの笑顔。目がいかない方がどうかしてる」

「だよなぁ。まぁ人気高しだから見るだけに止まってるけどな」


そう言って水瀬は遠くでサッカーボールを蹴っている千葉を見る。

俺は千葉ではなく、先程まで同じようにして見ていた金髪碧眼の少女を見る。


少女、姫野もサッカーボールを蹴って練習していたが、『上手い』とは言いがたい腕、いや足だった。


姫野がこの学校に来てから数日。姫野について騒ぐ輩も少なくなり、あいつも学校に馴染んできたと思う今日この頃。

俺と姫野の仲を誤解して冷やかしてくる者も少なくなり、平和で穏やかな毎日を俺は送っていた。


姫野が俺に話しかけてくる事もなく、俺のセクハラ疑惑も姫野の中では消滅したに違いない。

だが、そうなってみると逆に何か淋しいもので。


例えるなら、妹が突然兄と距離を置いた、みたいな、別にその妹を可愛がっていたなんて事は無かったが、何か距離を置かれるとこっちとしては気になるっていうか、お前と俺は他人じゃないんだからさ、っていうか。

そんな感じ。


だが俺から姫野に話しかける事は無かった。特に話す事もないし。

俺と姫野の仲は本当に何もなかったんだなと改めて思う。

いや、別に何か作りたいとか思ってるわけじゃないんだけど。



だけど、その距離が何故か俺は気になった。無性に。


一時は、セクハラ野郎だと勘違いされていたのに、今はただのクラスメイトであって、友達でもない。知り合い程度。


「橘ぁー、そろそろ俺らも練習に戻ろうぜ」

「あぁ、そうだな。…行こう」



何か、癪だ。








【姫野_涼】


「姫野っちー、次は何の授業だっけー?」

「…国語だ」


前の席に座るハヤシが机をごそごそしながら話しかけてくる。


「国語ぉー?何で国語なのさぁ。私、国語嫌いだよぉー」


お前の好き嫌いなど知るか。授業の日程を決めたのも私ではないのだから、文句を言われても困る。


前の席に座るハヤシは、こうやってどうでもいい事をよく話しかけてくる。

それを私は適当にあしらうのだが、彼女はめげていないのか単に何も考えていないのか、こうやってまた話しかけてくる。

変わり者だ。


「姫野っちはホントに真面目だなぁー」

「普通だ」

「見た目小学生なのに、私よりしっかりしてるよねぇー」

「………」

「イギリス人なのに日本人の私より日本人してるよねぇー」

「………」


意味が解らない。

ハヤシはたまに意味不明な事を言う。最初のうちは「どういう意味だ?」と聞き返していたが、ハヤシは「特に意味なぁーし」や「聞き流していーよぉー」や「姫野っちまじめー」などの返答があり、彼女が何も考えていない事が分かったので、最近はそういった事は無視している。


私に一番話しかけてくるのがハヤシ。そして次に多いのが。



「姫、姫姫姫。これ見てみ?凄くないか?」


後ろから私の背中を突いてくる人物。私は溜息を少しだけ吐き後ろを振り返る。後ろの席の人物、タナカが左掌を私に見せながら凄い発見をしたと言わんばかりの顔でそこにいた。

げんなりしながら私はつき出されたタナカの左掌を見る。


「何が凄いんだ?タナカ」

「俺の生命線、凄い短い」

「短命だ。良かったな」

「やっぱり世紀の大発明家の命って短いんだな」


自称大発明家。

くだらない発見をしてはくだらない発明を多々しているらしい。


「姫の生命線も短そうだな」

「そうだな。私には興味ないが」

「姫ももっと興味を持った方がいい。ほら、黒板の横に貼ってあるプリントとか。何かきな臭いだろ?」

「また只の勘違いだろ」

「姫、勘違いではない。あれは俺が開発した『イッツアプリントぉ』だ」


また妙な物を。


「あの『イッツアプリントぉ』は誰かが勝手に剥がそうとすると爆発するという優れものだ」

「爆発したらさすがにまずいんじゃないか?」


お前はテロリストか、とタナカの発明に突っ込みを入れつつ、本当に爆発したら説教だけじゃ済まないぞと忠告してやる。


「そこはご安心下され。俺の発明に爆発という文字はあっても爆発という事態はない」


そこでチャイムがなり、国語教諭が教室に入ってきた。

にも関わらず、タナカは立ち上がり黒板横に貼ってある『イッツアプリントぉ』の前まで行き、それをひっぺがす。


そして、皆に見せるかのように『イッツアプリントぉ』を自分の前に押し出した。


『イッツアプリントぉ』は白紙だった。だが、その姿を徐々に変化させていき、白紙だったそこにはでかでかと『爆発』の文字が浮かび上がった。


「爆・発!」

「田中、解ったから早く席につきなさい」


そう言った国語教諭の対応は慣れたものだった。





【橘_二葉】


姫野を見ていて気付いた事がある。それは体育の時間の事だ。


姫野は走るのも早くなければ力が強いわけでもなく、球技が上手いわけでもなければ体力があるわけでもなく、体が軟らかいわけでもなければ跳躍力があるわけでもなかった。


普通、だった。

いわゆる平均的。

いや、それより下かもしれない。



だが、俺はそれが不思議だった。

そりゃそうだろ。


だって、俺は姫野がフェンスから綺麗な背面飛びをする所を見ているし、信じたくはないが一本背負い的な事もされている。


姫野の実力があんなものだとは、とてもじゃないが信じられなかった。


絶対手を抜いている、と思う。


別にそれが駄目だとは言っていない。ただ、もどかしいだけだ。

姫野はやれば出来るのに、とただただ口惜しいだけ。


「爆・発!」


田中がまた馬鹿な事をやっている。あいつもよくやるよな、と呆れる。


田中が席に戻り、姫野に話しかけていた。



「………」



何か腑に落ちない。

何だろうこれは。この妙に苛つく感じは。

例えると、妹の彼氏にもやもやする兄貴の気持ちだろう。

俺だってまだ彼女いないのに。



「教科書、105ページを開いてー」


先生が黒板に文字を書きながらそう言って、授業が始まった。


俺は教科書を開いた。










放課後。

俺はいつものように屋上に行き、ビニールハウス内の花達に水をやる。

担任教諭に押し付けられた俺の仕事だ。

まぁ、これがあるから誰も入れない屋上への出入りを唯一許されているのだが。


一通り水をやり終わってからビニールハウスを出る。

教室で待っている友人達の所へ戻ろうと顔を上げた所で、俺はそいつを見つけた。


3度目。

注意する気ももはや無いが、とりあえずコレだけは言っておく事にした。



「屋上、出入り禁止なの知ってるよな?」


そいつ、姫野はフェンスに座り、外側に足を出してぶらぶらさせながらこちらを振り向いた。


「知ってる」

「前から思ってたんだけどさ、お前どうやって入ってきてんの?」


屋上には鍵がかかっている。俺は屋上に入った後も内側から鍵をかけているのだ。誰かが入ってこないように。


「開けた」

「どうやって」

「簡単に開くぞ。鍵変えた方がいいんじゃないか?あと、今日は鍵かかってなかった。不用心だな」

「………」


閉め忘れたかな、

俺。




姫野はこちらに向けていた顔を外側へと戻す。俺はそんな姫野の背中を見る。



「危ないぞ」

「大丈夫だ」

「……姫野がいると、俺帰れないんだけど」

「何故だ?」

「鍵、かけられないだろーが」

「かけとくから大丈夫だ」

「……鍵、俺が持ってんだけど」

「鍵などいらん。必要ない」



それはどういう意味だよ。スペアキーを持っているのか、はたまた特殊な技術を持っているのか。


俺は考えながらも、久し振りの姫野との会話を少し楽しんでいた。




【姫野_涼】


屋上に行ったら鍵が開いていた。まぁ私には鍵なんて関係ないんだが。


ドアを開けて、いつも通りフェンスに登り、座って空を見る。

空はまだ明るかったが、夕方近くという事もあり、すぐに薄暗くなるだろう。



パパはもう家に帰っているだろうか。


私達が探している『アレ』、日本では『夢』と呼ばれるものはいまだ見つからない。

手がかりさえも、何も手にしてはいない。早く見つけないといけないのに。



誰かに悪用される前に。



私もここで馬鹿みたいに学生をしていた訳じゃない。クラスの連中には聞いてみた。









『夢?』

『夢って、あの夜眠ってみる夢のこと?』

『違うんじゃね?将来の夢は、的な夢だろ』

『夢かぁ、私はまだないなぁ残念だけど』

『私もないわー。将来なんてまだこれから探す所だし』

『俺は一応あるけどな』

『えっ、何々?聞きたい』

『次の試合でレギュラーになる』

『何だよそれ』

『それ、夢っていうの?』

『姫野さんも、きっとそのうち見つかるよ。夢なんてさ』










話にならなかった。

学校中の人間に聞いても良かったが、あまり目立つことは出来ない。



『アレ』はどこにある。




早く見つけないと。






その時、後ろから声をかけられた。

この声は知っている。




タチバナだ。


タチバナと話すのは久し振りかもしれない。

私に危害を加えてくるような素振りもなかったのでアレ探しの方を優先させていたが、タチバナの方もどうにかしないとな、と思う。



ただ……。



あのバイク事故があった日を思い出す。

タチバナはバイクに危うくひかれそうだった私を守ってくれた。


あの日から、私のタチバナに対する不信感は薄れてきていたのは確かだ。




「危ないぞ」

「大丈夫だ」



タチバナは私や鍵の心配をする。そんな必要ないのに。

それから暫く、声がしなくなったので帰ったのだろうかとぼんやり考えていたら、またタチバナの声がした。



「なぁ姫野。お前さ…、体育で手抜いてるだろ」


手を抜く、とそう言われ私は振り向く。


何も言わない私に、タチバナはじっと答えを待つように私を見つめてくる。


「抜いてるな」


本来なら「あれが私の実力だ」と言うべきだったのに、私は真実を話した。


タチバナには最初に会った時、私の動きを見られている。隠しても無駄だ、と思ったから。


それだけの筈だ。


タチバナの黒い瞳が揺れた。



「何で抜くんだよ。めんどくさいからか?」

「……目立つことはするなとパパに言われている」


タチバナが不思議そうな顔をする。


「私達はあるものを探すために日本に来た。見つかるまでは帰れない。私達がここにいる事も公になってはいけないんだ。だから目立つ行動はとれない。私達は、アレを渡すわけにはいかないんだ」


タチバナを見る。

きっと信じていないのだろう。タチバナが私を訝しげな目でみている気がした。

パパには話すな、と言われていた事を話した。でも話した所で、日本の子供は信じない。


タチバナも例外ではなかった、ということだ。



「冗談だ」それだけ言って、私はタチバナから目をそらしフェンスから降りようとしたのだが、「ちなみに、その探し物って何なんだ?」とタチバナに聞かれ、その場に止まる。



「『夢』だ」

「夢?……そういえばお前、教室で夢がどうのって話してたな」


タチバナに話した事はないが、きっとクラスで話を聞いていたのだろう。


「夢を探してるのか?」

「…そうだな」


きっと、タチバナが思っているのと私が思っているのとでは違うのだが。


私はフェンスから降りて、タチバナの横を通り過ぎる。

喋りすぎた、と思った。

何故タチバナに話したんだろう、と自分に疑問を持った。

いつものように、のらりくらりとかわせば良かったのに。


何故喋ったのか。



あの時、バイクから助けてくれたからだろうか。

私が初めて話した日本の子供がタチバナだったからだろうか。

タチバナがパパと面識があるからだろうか。



タチバナの何も知らない純粋な子供の瞳が、私をじっと見ていたからだろうか。




それとも。







【橘_二葉】



姫野は、目立つから体育で手を抜いてる、と言った。目立つのは駄目らしい。もしかしたら、そもそも目立つ事が嫌いなのかもしれない。


姫野は『夢』を探していると言った。教室でも、確かそんな話をしていた。



夢を探してるって。


イギリスでは夢を見られないのだろうか。夢を見てはいけないのだろうか。


姫野がさっき言ってた事はよく理解出来なかった。




俺が解った事は、姫野が体育でやっぱり手を抜いているという事だけ。



俺はそれを聞いてどうするつもりだったんだろう。



自分が、何がしたくてあんな事を言ったのか解らなかった。

姫野と話をしたかっただけなのかもしれない。




本当にそれだけなのかな。


本当に、それだけか?












俺が教室に戻った時、すでに待っていてくれている筈の友人達はいなかった。






あの野郎ども。


先に帰りやがった。






薄情すぎる。






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