プロローグ 普通のドレスでは、もう驚かない
最近、少し困ったことが起きていた。
ミハイルが、カーテシーを普通にできるようになってしまったのである。
それだけではない。大きく広がったスカートを着たままでも歩ける。階段も上れる。座る時には自然に裾を処理する。相手に合わせて踊ることもできる。
アレクサンドロも同じだった。コーリャも。
もちろん完璧な女性に見えるわけではない。だが、少なくとも最初の頃のように、
――どうやって歩くんだ、これ!
――裾を踏んだ!
――何で俺がこんな礼を!
などと騒ぐことは、ほとんどなくなった。
ある夜。いつものメタモルフォーゼ舞踏会。
深い色の宮廷ドレスをまとったミハイルが、何事もなかったように膝を折った。スカートの両端を軽く持ち、姿勢を崩さず、滑らかにレヴェランスをする。
少し離れたところから、それを見ていた人物がいた。
エリザヴェータ女帝だった。
エリザヴェータ「……上手になったわね」
ナターシャ「誰がです?」
エリザヴェータ「あの子たち」
ナターシャも視線を向けた。ちょうどアレクサンドロとコーリャまで、女性役として普通に踊っている。
ナターシャ「ずいぶん練習しましたから」
エリザヴェータ「そうなのよね」
女帝は少し不満そうだった。
ナターシャ「何かお気に召しません?」
エリザヴェータ「最初はもっと嫌そうな顔をしていたのに」
ナターシャ「そこですか」
エリザヴェータ「最近は普通にドレスを着せたくらいじゃ驚かなくなったじゃない」
ナターシャ「陛下が何度も着せるからですよ」
エリザヴェータ「面白くないわ」
ナターシャ「本人たちに聞かせない方がいいですよ」
エリザヴェータは扇を動かした。
エリザヴェータ「何かないの?」
ナターシャ「何か?」
エリザヴェータ「あの子たちが、久しぶりに言葉を失うようなもの」
ナターシャ「無茶をおっしゃいますね」
エリザヴェータ「あなた、こういうことを考えるの好きでしょう?」
ナターシャ「否定はしませんけど」
ナターシャは大広間を見渡した。
男女の衣装を逆転させた貴族たち。その中に、一組の若い男女がいた。
男はきちんとした男性用の宮廷服。女は華やかなドレス。何か楽しそうに話している。
ごく普通の男女だった。
ナターシャが、しばらくその二人を見る。
そして、何か思いついた。
ナターシャ「……陛下」
エリザヴェータ「何?」
ナターシャが女帝の耳元で何かを囁いた。
エリザヴェータの眉が上がる。
一瞬、驚いた顔。
そして、笑った。
エリザヴェータ「それは嫌がりそうね」
ナターシャ「でしょう?」
エリザヴェータ「やりましょう」
決まった。
この時、ミハイルたちは、自分たちの頭上で何が決定されたのか、まだ何も知らなかった。




