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「ほな始めよか」
「うむ!」
「……では始めましょう! レディ、ファイッ!!」
ゴングの音が鳴り響き、プルルフカが拳を前に構えを取る。その姿勢は堂に入っており、何の知識もない栗栖が見ても達人だと分かった。
プルルフカが今にも足を前に出そうとする前に、栗栖は手を前に出してその動きを静止した。
「プル造、待ちぃや」
「む?」
「鍛錬っちゅうんやったら、まずせなあかんことがある。俺の故郷では、鍛錬の前は必ずせなあかんことがあるねん」
「ほう? クリスの故郷でおこなわれているものか。興味深い。それは?」
「発声練習早口言葉や」
「発声……?」
「早口ではっきりと声を出すことによって、鍛錬の効率が上がるねん。これは古の戦士の鍛錬方法から発展させた技術でな、呼吸法にも通じるねん。プル造は水中で戦うんと、陸上で戦うんで、やっぱり勝手が違うやろ?」
「それは確かにそうだな。陸上では泳げないのでな。だからこうやって人族のもとで修行をしている。ところで俺の名前はプル造ではないぞ、プルルフカだ」
「愛称や。人族っていうのは、友情の証に相手を愛称で呼ぶ習慣があるんや。そんで呼吸法っちゅうんは、陸上で戦ううえで、肺呼吸をするなら必ず必要になる戦闘の極意や。その極意の一端を、鍛錬前の発声練習で鍛えることができる」
「なんと! それは本当か?! そんな、クリスの故郷の秘技を俺に教えてくれるというのか?!」
「もちろんや、友達やからな。あと、俺のクリスはもう既に愛称やから、そのまま呼んでもええで」
「そうだったのか! ありがとうクリス! お前は人族で初めての友人だ!」
栗栖はどちらかといえば嘘を吐くのが苦手なタイプだが、適当なことを言うのは得意だった。プルルフカは栗栖の言った全ての適当な話に騙された。
「じゃあまずは姿勢からや」
「うむ!」
「背筋を伸ばし、手は腰、腹筋に力を入れて、足は肩幅」
「うむうむ!」
「そんでこう言う。隣の客はよく柿食う客と東京特許許可局で青巻紙赤巻紙黄巻紙を買って帰る!!」
「とな……?」
「隣の客はよく柿食う客と東京特許許可局で青巻紙赤巻紙黄巻紙を買って帰る!」
「と、隣の客はよくきゃッかッ……クリス、もう一度教えてくれ!」
「隣の客はよく柿食う客と東京特許許可局で青巻紙赤巻紙黄巻紙を買って帰る!!」
栗栖は早口言葉を早口で話した。それはもう早口ですらすらと。栗栖にとってはそう難しいことではなかったが、プルルフカはそれを聞いて慄いた。
「な、なんて高度な……!」
「そう? じゃあ、まずは東京特許許可局だけいってみよか」
「う、うむ、それだけなら……トウキョウトッキョキョキャッ……キャッ……ッ!」
「……あのー、戦ってくれませんかね」
レフェリーと思わしきNPCが申し訳無さそうにそう割り込んできた。フェンスの外のアウトローな人たちも、どうやら待ちかねていそうな表情をしている。
「もう戦ってるで。自分と!」
「それじゃ困るんですけど……」
「よし! トウキョキャキャkyッッ……ク!!」
「勢いで誤魔化したらアカン」
「キョキャキャックカ……!」
「もうちょっと吐く息を増やして!あと舌を巻く!」
その後も、栗栖は延々とプルルフカへ早口言葉を教え、プルルフカは舌や口を噛み続けた。プルルフカは観客に向かって早口言葉を言おうとしては詰まり、栗栖はそれを応援し続ける。そんな時に、観客席のブーイングに紛れて、栗栖を呼ぶ声が聞こえた。
「クリスさん、クリスさん!」
「ん?」
「五分過ぎてますよー」
「あっ、せやった! 時間稼ぎしてたんやった!」
気付けばもう開始から十分近く過ぎており、栗栖の視界の端には、ショートカットとして出しておいたメンターヘルプボタンが点灯していた。そのボタンを視覚操作でオンにすれば、真後ろに居たディナンの姿がふっと消える。次の瞬間には、目の前に青く光るエフェクトが迸り、ディナンが移動してくる。こうして助っ人ディナンの呼び出しは成功した。
「む! 乱入か?! 訓練場は順番を守って使用しなければならんぞ!」
「あー、プル造、実はこれには事情があんねん」
「なに?」
「俺には鬼の姉ちゃんがおるんや。そらもう気性が荒ぅてな、手がつけられんくらいに暴れる姉ちゃんや」
「ほ、ほう……鬼ということは、クリスの姉君はオーガとの混血ということか?」
「まあだいたいそんなようなもん。そういう家系やねん。そんでな、家はひっくり返るわ畑は荒れるわ、しまいには街の偉い人がうちの家に来て、頭下げて姉ちゃんをなんとかしてくれって頼み込んでくる始末や」
「家が逆さまになるということか? なるほど、かなりの荒くれ者のようだ。シャチの一族のようなものなのだな」
「そんな姉ちゃんやから、縁談もままならん。それで両親が悲しみのあまり寝込んでもうてな。俺は姉ちゃんの心が穏やかになる薬を探して旅をしててん。そんな時にこの、ディナンさんに会った」
「そうか、ご両親が……クリスも事情があってこの街に来たのだな」
「ディナンさんは、ここでプル造と戦ったら、心が穏やかになる薬を作れるようになるらしい。戦いで、こう、なんかグワーっと盛り上がった心を鎮めるときの感覚? そんなんあるやん、それで作れるんや」
「む? そ、そうか……? それは……すごいな?」
「ということでな、プル造にはディナンさんと戦ってほしいねん。俺やのうて」
「なるほど、理解した。友であるクリスのためになるというのなら、このプルルフカ、喜んでそちらの御仁の相手をさせていただく!」
栗栖は適当な話を適当に繰り広げ、プルルフカを丸め込むことに成功した。ディナンはその話を聞いているあいだ、感心したように笑っていた。




