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恋愛不信  作者: あきら
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最後の話

ある日の昼休み前川が話しかけてきた。

「柴田、お前美術に興味はないのか。有名画家の絵なんか見ないか」

「興味がないわけじゃないが・・・」正直そんな興味を感じるほどいろんな絵を見てきたわけでもない。

「今度の美術館の会が展示会のチケット。貰い物なんだけど1枚余ってしまってな。欲しけりゃやるぞ」

彼の表情も貰ってくれないか。そう言わんばかりだった。

「誰の絵なんだ」

柴田は面倒くさそうに聞いた。

「ミレーやら、ゴッホ、フェルメールなんかのヨーロッパの有名画家だ。正直、俺もよくわからんのだ。俺たち理系の人間にはちょっと理解しがたい世界かも知れない」

前川はすまなそうな顔で言った。

柴田が手に受け取って、チケットを見てみると、1200円もするチケットだ。こんなものが1200円もするのか。そんなことを思いながら、とりあえず受け取った。

「ま、次の休みは特に何もないしな。2枚ありゃよかったんだけどな」

そう言ったが、特にあと一枚がそんなに必要だとも思ってはいなかった。

そしてその週の休み、柴田は本屋に行く、そう言って美術館に出かけた。「本屋に行く」そう言えば圭子は何も言はない。便利な通行証である。

彼は美術館について絵を見て回った。思ったより印象深い絵がそろっていた。柴田はただなら来て見てよかった。内心そう思っていた。

フェルメールの絵だ、柴田は、その絵の中の大きな目をした女、その女の目がまさに何もしらない処女そのものの女の目に見えた。その目が、好奇にあふれた、狡猾な女の目に見えた。どこかで見た、そうだあの喫茶店、あの絵。柴田は何かを思い起こした気がしていた。

彼は何が自分を錯覚した想に導き、自分で自分の本当に望むところを理解できなくなるような誤った人生に僕を陥れたかを理解していた。

今まで彼の中の愛と言う付き添い人のない孤独な悦び、真実はどこにあったのかを理解していた。


一方、圭子は仙台から戻ってからの柴田との生活には、彼に元気が感じられず、彼女は不満に思っていたが、外に女でも作ったような乱れた生活はしていない。今までと変わらず、彼は、土日はほとんど部屋で本を読み、平日はほとんど定時に帰ってくる。

外に女がいる様子もない。


「彼が私との生活に飽きている」

そんな断末魔の様な叫びがカラスの鳴き声の様に突然耳に響いた。


彼女は我を失った、そして彼女は街をさまよった。陽が暮れて一日が終わりかけている

紫の重たい夜空から、黒く真直ぐに落ちていた雨が突然にやんだ。

腐った生ごみの様な臭いがする冷え切った風が流れている。

人気のない時間が止まった街かど、車のクラクションがいやに鮮明に鳴り響くなんとなく虚しげな空気の中、数人の古びた学生服をだらしなく着ている若者たちがバケツを囲んで俯きながらまずそうに煙草を吸っている。学生服を着ている。中学生かもしれない。

地下鉄に向かう帰宅途中の大人たちは誰も注意をしない。だからといって彼女も注意する気は全くない。

彼女は自分自身が切り裂かれるような異様な錯覚にとらわれた。

彼女はただ歩き回っていた。目的もなく、そして道端の石ころにつまずいて大の字見なって転んだ、そしてその背中からいきなり大きな足で踏んずけられた気がした。

彼女はまた自分の中に生きる理由を失いかけていた。しかしその理由はもともと嘘で固められたものだったのだ。


柴田はその美術館の帰り、久しぶりに喫茶店でコーヒーでも飲んで帰ろうと。圭子に教わったコーヒーの美味しい店に来ていた。

コーヒーを飲みながら店の絵を見ていた。彼はこの絵から気づいた。「愛」と「想い」の結合。それが彼に死というものさえ覚悟させた。

その時、まったくの偶然だった。運命という偶然だった。直美が店に入ってきたのだ。柴田は直美に気が付くと、「心にベルが鳴り想った、この人だ」こころの眼を開いていた柴田は自分の「想い」に気が付いた。

直美は黙って彼の席の前に腰を掛けた。二人は黙ったままコーヒーを飲み続けた。長い時間だった、黙ったままコーヒーを飲み続けた。その沈黙はちっともいきぐるしくなかった。その沈黙は心地よかった。いつまでもいつまでも黙ったまま座っていられた。二人とも、お代わりコーヒーを2はい注文した。

そしてこれも全くの偶然だ。何という偶然かは分からない。そこへ、初美が入ってきた。

そして離れた席で初美が妬まし気に二人を見つめていた。柴田は彼女の顔はすでに忘れていた。

彼女は、美しく澄んだ、透明な窓のガラスに映った、直美を見つめる彼の柔らかな笑顔を、少し悲し気に見つめていた。そして長い時間の後、もう耐えきれずに初美は帰ってしまっていた。そしてその時、直美が言った。

「私はあなたを愛している」

直美は静かに、力強く、柴田の眼を見つめ、彼に言った。あの時の彼の本心がどこにあったのかを直美は知っていた。彼の心の眼は直美を見ていた。直美は知っていた。二人は立ち上がった。

そして彼は彼女を抱きしめて言った。

「君を愛している。どこか遠くへ行こう」。

そして二人は旅立った。

何処かへ行った。何所へ行ったかは知らない。それが何所かは二人の問題だった。二人だけの・・・。


圭子は部屋で柴田のために料理を作って待っていた。カレーライスを作って待っていた。

一人で待っていた。

「ももたろさん、ももたろさん・・・・」大きく、元気いっぱいに、そして悲しげに。    

「ももたろさん、ももたろさん・・・・」誰も注意はしない。

「ももたろさん、ももたろさん」歌っている。

「ももたろさん、ももたろさん」・・・・・。

明日も、あさっても。彼女は待った。しかし、彼は帰ってこなかった・・・。


                                終わり


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