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第二話 犬派と猫派

「私、思ったんだけど」

 いつものように橘さんが言った。またかと思いつつ

僕は周囲を伺う。黄昏時の河川敷の公園。桜は散ってしまったが、暖かい気候のせいか、人は多い。

「犬派と猫派ってあるじゃない?」

 ああ、今日のテーマはそっちか。確かにチラホラ、犬の散歩をしている人が見受けられる。そういえば、街路樹の片隅に猫もリラックスした体勢で日向ぼっこしている。

「確かに犬や猫がいるね。もしかしたら犬派と猫派どちらが多いかってこと?」

「何、そんなどうでもいいことを話さなければならないのよ。私が言いたいのはこれって成立するのかってことよ」

 何かまたわけのわからないことを言い出しそうだ。僕は反射的に身構える。

「私が思うに犬派と猫派の選択肢は成立しないと思うのよ」

「それはつまりどちらかに一方的に票が流れて比較にならないってこと?」

 でも、そんなことはないはずだ。おそらくいい勝負になっているのではないか?

「そういうことじゃないのよ、私が言いたいのは」

 そう言うと、橘さんは手の間隔を自分の肩幅くらいに開けた。

「例えば猫ってこのくらいの大きさじゃない?」

「ええ、まあ、そのくらいの大きさですね」

「でも、犬って大きさに差がありすぎるでしょ」

 そう言って橘さんは両手を広げた。それはつまりそのくらいの大きさに差があるということだろう。

「まあ、大型犬と小型犬じゃ相当差があるってことを言いたいわけだね」

 橘さんは頷いた。

「でも、犬好きならそんなこと気にしないじゃないかな」

「そうかしら。大型犬を飼っている人なら小型犬は子犬みたいに思えてかわいいかもしれないけど、小型犬しか飼ったことがない人が大型犬を前にして、「ほら大きいけどかわいいでしょ」と言われて「はい、そうですね」と言えると思う?」

 橘さんは相変わらずだ。全然、ブレがない。

「うーん。まあ、そう言われると自信はないかな」

 これは猫は飼っているが、犬は飼ったことがない人間の意見だ。絶対ではない。そう、橘さんの発言は偏見でしかないのだ。

「大型犬と小型犬を同一に考えるなら、猫派はトラやライオンも猫と捉えないといけないと思う」

「それって猛獣じゃないか。これはまた別な話だよ」

「でも、動物園でトラやライオンを見に行くでしょ。それは好きってことじゃないの?猫科だから仕草や行動は猫っぽいところあるでしょ?」

「………」

 もうここまで来るとどう返したらいいか分からなくなる。

「じゃあ想像してみてよ。小型犬を小さな成人男性として置き換えて、大型犬と比較してみるの」

 また、無茶苦茶な例え方だ。

「人間の小さな成人男性と、大きな成人男性。差があるといっても十倍以上になることはないよね」

「まあ、確かに。背の高さは抜きにしても体重でも十倍以上はあり得ないか」

「でも、小型犬と大型犬ならどう?それくらいの差は十分あるわよね。人に置き換えたら大型犬は巨人よ。鵜飼くんの前に巨人が現れたらどう思う?」

「それは…」

 僕はふとアニメに出てくる巨人を思い浮かべて顔を顰めた。

「鵜飼くんも巨人に食べられたら嫌でしょ?」

 嫌なのは間違いないが、かなり論点が強引すぎると思う。


「そして私が言いたいことがもうひとつ。犬派と猫派は私たちを二つに分類しようという意図が伺えるわ」

 またおかしな方向に話を持っていきそうだ。

「犬派と猫派ではなく、アウトドア派とインドア派に分けようとしているのよ」

「また、話が飛躍していないかい?」

 これが橘さんだ。話が急にコロコロ変わる。そして、それは本当に言いたいことなのかもしれない。犬と猫はただのフリだ。

「まあ、犬は散歩しなければならないからアウトドア派とも言えなくはないかな?」

「そして猫は家の中で過ごすからインドア派ということ」

 まあ、そう言えなくもないが、完全に決めつけるのは良くないと思う。

「小型犬なら軽めの散歩程度でアウトドアというほどではないかもしれないけど、大型犬ならすごく力がつよいから散歩どころかスポーツでしょ」

 確かに大型犬は力が強い。だが、盲導犬などで活躍するのも大型犬が多い。アウトドア派と断定するには早いと思う。

「そしてインドア派とアウトドア派は、陰キャと陽キャに分けられるの」

 こちらが納得していないのに、橘さんはさらに暴走していた。

「それも強引過ぎるな。アウトドア派がすべて陽キャということはないだろう?」

「もちろん、例外はあるわ。アウトドアと言ってもソロキャンプは陰キャね」

 やっぱり話がおかしくなっている。ただソロキャンプと聞いてまず頭に思い浮かんだのは、ネガティブネタを売りにしていた芸人だ。ソロキャンプを一般的に認知させたのは彼じゃないだろうか?それでも橘さんの意見は偏見だ。

「インドア派でも陽キャはいるわね。バンドしているのは陽キャよ」

「それは偏見だよ。そうやって決めつけられるようなものではないはずだ」

「まあ、そうね。それですべてをカテゴライズしてしまったら、生きにくい世の中になるわね」

 橘さんはそこで微笑んだ。ああ、本当は何でもかんでも選別してしまうことをおかしく思っていたのか。

「ごめん、橘さん。本当は何でもカテゴライズしてしまいがちなことに不満を抱いていたんだね」

「何それ?別にカテゴライズを批判しているつもりはないわ。それより、何でもかんでも、区別と差別の違いも分からぬまま、等しく対等にしましょうみたいの風潮の方が変よ。人はそれぞれ違う生き物でしょ。全部同じにしようとされても上手くいくわけないじゃない」

 何故か、全く違う方向に行ってしまったようだ。最初は何の話だったんだっけ?ああ、そうだ、犬派か猫派の話だった。

「ところで、橘さん、話し戻すけど…」

 僕はこのとき、ところで、っていい言葉だなと思った。わけの分からない橘さんとの会話を戻してくれる。でも、結局、そこからどうどう巡りの無限ループに陥ることもあるのだ。

「橘さんは、犬派、猫派、どっちなんです?」

 僕の唐突な問いに橘さんは呆気に取られた表情をした。ただすぐにいつも通りの意地悪そうな表情に戻った。

「そうねえ、私は犬も猫も好きだけど、どちらかというと…、鵜飼派かな」

「え?な、なんて…?」

 僕は想定外の返答に顔が急に熱くなった。

「うわ、キモ、私はペットの事を話していたのに、何を考えていたのかな?顔を真っ赤にして」

 橘さんは腹を抱えて笑い出した。

「いや、それは別に関係ないから。顔が赤くなったのは夕日が赤いからだよ…」

 僕は空を見た。いつの間にか夕日が赤く染まっていた。犬を散歩していた人も、河川敷を徘徊していた猫も帰っていく。

「まあ、鵜飼くんは犬派か猫派というより、従順な犬そのものだけどね」

 その時の橘さんは笑っていたが、表情は黄昏時で分からなかった。



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