【第2話】図書館で戦争について調べる子どもたち
大和と蓮弥は、図書館の一番奥にある閲覧机を陣取り、分厚い戦史図鑑を開いている。
ページいっぱいに広がる零戦や戦艦の写真に、二人の目は輝く。
「見ろよ蓮弥! この機体、最高時速600キロだって!」
「凄いな。それに機体ごとに武装も違う。こっちの爆撃機は機銃の数が多い」
「大和は、もし太平洋戦争時の日本の戦艦に乗れるとしたら何に乗ってみたい?」
「オレは"武蔵"に乗ってみたいぜ!」
「そうか、そこは戦艦"大和"って言わないんだな」
二人は身を乗り出し、指さし合いながら夢中になっている。
その隣で真澄と咲良は、メモ用紙を広げ"戦争によって失われた生活"や"当時の子どもの暮らし"について黙々と書き写していたわけだが。
真澄は次第に眉間に皺を寄せる。
「ちょっと男子~、ちゃんとやってよね?」
真澄が小声でたしなめる。
「調べるって言ったのは"戦争のこと"でしょ? 武器ばっかり眺めてどうするの?ちゃんと記録残さなきゃ自由研究にならないでしょ!」
しかし大和は口を尖らせ、蓮弥もすぐさま応戦した。
「だって戦争といえば兵器だろ!」
「そうさ!武器があるから戦争になるんだよ」
「そういうのばっかりじゃ意味ないの!」
「だーかーら、ちゃんと調べてるっての!ラスボスのアメリカにボコボコにされたのが日本が滅びかけた原因なんだろ?」
「も~う!戦争ってそれだけじゃないでしょ!?」
声がだんだん大きくなり、周囲に響き渡る子どもたちの言い合う声。
「お静かに」
鋭い一声とともに、カウンターからやってきた司書が腕を組んで子供たちの前に立っていた。
大和、蓮弥、真澄はビクリと肩をすくめ、慌てて口を閉じる。
「……すみません」
真澄はしゅんとして謝ったが、大和と蓮弥はすぐにどこ吹く風だ。
咲良だけは淡々と本から得る戦争の情報をメモ用紙に書き続けている。
大和と蓮弥は戦史図鑑を閉じると、別の棚から厚い戦争記録の本を取り出した。
モノクロの写真がずらりと並び、どのページにも焼け跡や避難民の姿が写っている。
「おい大和、このページの写真を見てみろよ! 死体が写ってるぞ」
「うわぁ!黒焦げだ。本物かよ? オバケみたいで怖ぇ~!」
「こらっ大和!なんてこと言うの!?そんなこと言っちゃ駄目よ!ねぇ咲良?」
「うん…」
「なんでだよ~!"思ったことを正直に言った"だけだぜ」
「戦争で亡くなった人に対して失礼よ!」
「そんなこと言ったって。じゃあ女子もこの写真よく見てみろよ~!」
大和から突きつけられた、遺体の写った写真のページをまじまじと見る真澄と咲良。
「うぅ、気分悪くなってきた…」
「咲良大丈夫か? 気持ちは分かるぜ、死体って不気味だよな~!」
「大和、あんたねぇ! そんなこと言ってると、いつか"罰"が当たるんだから!」
「何だよまったく。女子もさ、オレたちのこと言えないじゃん!ちゃんと兵器だけじゃなくて戦争のこと調べてるんだから。なぁ?蓮弥」
「そ、そうだな」
(咲良と同じく、ボクも遺体の写真を見てたら気分が悪くなってきた……。大和には言えないな)
「あなたたち、図書館は静かにしなさい!」
大和たちの言い合いはまた知らず知らずのうちに声が大きくなっていたようだ。
二度目の司書からの注意。
周囲の閲覧席からも図書館利用者からチラチラと視線が集まっている。
「……ごめんなさい」
またしても怒られて謝罪し、うなだれる真澄。
「また怒られちゃった」
「真澄ドンマイ! "大人に怒られたくらい"であんまり気にすんなよ?」
「あんたのせいよ!!」
調べ直しを始めた大和たちは、それぞれに戦争の資料をめくっていた。
大和は本土空襲時の状況、蓮弥は日本軍の中国侵攻のページを。
そして真澄は太平洋戦争開戦時について、咲良は占領されてしまった日本領だった南の島の人々の暮らしについて書き写す。
「図書館ってクーラーも効いてて空気ヒヤヒヤしてるけど、本ばっかり読んでると脳ミソがアツアツになるな」
「あんた調べてる途中、3回以上はあくびしたわよね?」
ふと、蓮弥がページの端に小さな写真を見つけた。
「なぁ、ここに"遊就館"ってのが載ってるぞ」
大和が身を乗り出す。
「ホントだ! 靖国神社の中にある資料館だって。戦争の遺品とか展示されてるのか!」
「戦争の遺品?」
真澄は手を止め、興味深そうに本を覗き込む。
「戦時中に実際に使われた道具とか本には載ってない記録があるってことかしら?」
咲良もページを指でなぞりながら頷いた。
「飛行機の実物展示もあるみたい。零戦とか。大和と蓮弥にはピッタリだね…」
「うっひょ~! 本物が見られるのか!」
大和の目が輝き、蓮弥も興奮気味に身を乗り出す。
真澄は少し考え込んだあと、メモ用紙に"遊就館"と書き記す。
「写真や文字だけじゃ分からないことも多いし。実際に見てみたら、もっとリアルに戦争当時の事が分かるかもね!」
「自由研究にピッタリじゃねーか! じゃあ、みんなで行ってみようぜ!」
「ふっ、まさに実地調査というやつだな!」
「よっしゃ!決まり! じゃあ行き方調べて、次のみんなの予定の合う日に遊就館へ遠足だ~!」
「おーっ!!」
大和、蓮弥、真澄の決起のかけ声。
遠くのカウンターから司書の視線がピシリと飛んできたのを咲良は察知し、焦って両手を振る。
「しーっ!もう怒られないようにね…」
司書が遠くからこちらを見ているのに気づいた三人は、慌てて声をひそめ、顔を見合わせて笑った。