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婚約後の甘々な日常

 アリシアとレオンが正式に婚約を発表してから、すでに数か月の月日が流れていた。


 王都の空気は依然としてその余韻に包まれている。あの日の婚約披露の華やかさは今なお語り草となり、社交界では「栄光の令嬢と氷の魔導士の恋物語」として、羨望を込めて囁かれていた。


 アリシア自身はまだその中心にいる自覚を持ちきれずにいたが、国中が二人を公認の婚約者と認めていることは否応なく伝わってくる。


 アリシアはこれまでと変わらず塔での魔法研究を続けながら、王宮や社交の場に顔を出すことも増えた。そこでは「未来の公爵夫人」として礼を尽くされ、令嬢たちの憧れの視線を集める。


 だが本人は、注目されることよりも、ひとりの女性としての悩みに胸を焼かされる日々を送っていた。


 ――レオンの溺愛に、どうしても慣れることができないのだ。


 冷徹無比と恐れられ、王宮の最高位魔導士として「鉄壁の男」と称されてきた彼は、まるで別人のようだった。


◇ ◇ ◇


 朝の食卓。


 まだ瞼に眠気を残して椅子に座るアリシアの前に、彼は自らの手で香り高いコーヒーを淹れて置く。


「君の瞳の色には、これくらい澄んだ苦味が似合う」


 さらりとそんなことを言いながら微笑む彼に、アリシアはカップを取り落としそうになった。


「れ、レオン様……! あの、普通に『おはよう』で良いのでは……?」


「いや。俺の妻になる人間が、眠たげな顔で一日を始めるなど、許せない」


 真剣そのものの声音で言うからこそ、返す言葉をなくしてしまう。顔が熱を帯び、心臓が痛いほどに跳ねる。


 朝の食卓は、彼にとってはただの習慣なのかもしれないが、アリシアにとっては毎日が命懸けだった。


◇ ◇ ◇


 日中、塔での魔法の練習に励んでいるときも、彼は必ずそばにいた。


「その詠唱は滑らかだ。けれど魔力の流れが肩に溜まっている。……俺が導こう」


 そう言って背後からそっと両手で彼女の手を包み込む。指先から伝わる温もりと力強さに、アリシアの集中は簡単に乱される。


「ちょ、ちょっと……! これでは練習になりませんわ」


「いいや、君の手を取っているだけで、研究の成果などどうでもよくなる」


「……っ! もう……!」


 口では抗議しても、彼が決して離そうとしない手の温もりを、心の底では嬉しく思っている自分がいる。その矛盾に胸をかき乱されながらも、アリシアは幸せを噛みしめる。


◇ ◇ ◇


 ある夜会では、アリシアの周囲を取り囲んだ令嬢たちが口々に囁いた。


「まぁ……あの冷徹と呼ばれたレオン殿下が、あんなに優しい眼差しを……」

「アリシア様、本当に世界一幸せそうですわ」


 レオンは堂々と彼女の腰に手を添え、舞踏の場では一曲たりとも彼女を離そうとしない。


 ほかの男性がアリシアに近づく気配を見せれば、鋭い視線で追い払う。氷の魔導士は、社交界で「氷壁」と呼ばれるようになったが、その氷壁の内側にいるのはアリシアただ一人。


 その事実が、周囲の誰もをうらやましく、そして憧れさせた。


◇ ◇ ◇


 王宮の重臣たちもまた、驚きを隠せずにいた。

「レオン殿が会議中に笑みを浮かべるなど……」

「それも、アリシア嬢の話題のときだけだ」


 彼は冷酷な判断で知られていたが、いまではアリシアの意見に熱心に耳を傾け、時には彼女を庇うように発言する。臣下たちが目を丸くするのも無理はなかった。


◇ ◇ ◇


 そして夜。二人は塔の高窓から、よく星空を眺めて過ごした。澄み切った蒼穹に散りばめられた光の粒が、まるで彼女の持つ「星光」の魔力に呼応して瞬いているかのように見える。


「綺麗ですね……。まるで、世界が眠りに落ちる前に語りかけてくるよう」


「君の瞳に映る光の方が、俺にはよほど綺麗に見える」


 またしてもためらいなく甘い言葉を重ねられ、アリシアは頬を覆った。


「レオン様は……どうしてそんなに平然と……」


「平然などしていない。君が笑っているだけで、胸がいっぱいになる。未来のことを語れるのは、君と共にあるからだ」


 彼の視線は、夜空を越えて、未来の遠い地平を見ているようだった。


 アリシアは胸の奥から温かさが溢れてくるのを感じた。幸福でいっぱいでありながら、なおも慣れることができない。


 けれど確かに「共に歩む」と決めた誇らしさがある。


 彼の隣にいる未来を選び取った自分は、もうかつての孤独な令嬢ではない。


 その実感が、日ごとに彼女を強く、そして優しくしていくのだった。

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