戦闘
それから私とレオン、そしてエドさんは日を跨いだり別の依頼をこなしたりしながら、ひたすら特訓に時間を費やした。
その鍛錬はクライドのような天才やアン・ボニーたちのように特殊な立場にある人間からしたら、地味で大した工夫のないものかもしれない。だけど私とレオン、それからエドさんはは必死にやり抜いた。『方舟に曳かれて』という家族を守るために。
そうしてなんとかエドさんを木から引きずり下ろすことができるようになり、エドさんの反撃にもなんとか耐えられるようになり、私たちは少しずつデュラハン討伐に向けて力をつけていった。
そして――いよいよ本番、デュラハン討伐の予定日。
デュラハンは夜に現れる。ランプの明かりを頼りに私たちはデュラハンが現れる村に到着した。村人たちは全員、デュラハンを恐れてしっかりと戸締りをして家に隠れているから私たちを出迎えてくれる者は誰もいない。その不気味なほどの静寂に、自ずと緊張感が高ぶってくる。
「レオン、大丈夫?」
私の問いかけに、レオンは緊迫した面持ちでそれでも力強く頷く。
……いつもならこういうことを聞くのはレオンの方だ。それだけレオンもデュラハン討伐に緊張しているのか、あるいは――私の方に、レオンを気遣うことができるだけの余裕があるからなのだろうか。どちらでも構わないが、今の私はクライドや両親とのそれより確かな信頼をレオンに感じている。血が繋がっていないはずの彼だが、私にとっては実の兄であるクライド以上に信頼できる存在なのだ。レオンと一緒なら、どんな困難が待ち受けていても戦える。一緒に悩み、苦しみ、それでも前を向いていこうと思える。「パーティーは家族」という言葉は本当だったのだ……そう感じながら、私はかつてのエドさんの言葉を思い出す。
「『パーティーは家族』って言うけれど、だからって何をしても許されるわけじゃない。家族はお互い強い絆で結ばれているものだ、けれどその家族でも許せない行いはある。時には見放し、離れる決断も必要なんだ」
クライドを追放した、私たちの『方舟に曳かれて』。その判断が正しかったのか、そしてこれからも私たちが冒険者パーティーとして活動できるかどうかが今回の依頼で証明される。改めてそれを認識した私は一度、大きく深呼吸をして目を閉じる。それから、闇から聞こえてくる音に耳を澄ませた。
デュラハンが現れる時は世界中の金属をばらまいたような、凄まじい音が聞こえてくる。それに気を取られて、怯んでしまったらこちらの負けだ。大丈夫、落ち着け。私は自分にそう言い聞かせながら、神経を集中させる。そうしてくると、闇の帳からこちらに近づく音が聞こえてきた。
目を開き、レオンと互いに視線を合わせる。「行くぞ」「来たぞ」、そんな言葉は不要だった。そのまま目を凝らすと、こちらに向けて首のない馬が駆け寄ってくる。先に攻撃を仕掛けたのはレオンだった。
レオンはデュラハンに向かって間合いを詰めると、卵ほどの大きさの物体を投げつけ自分は横に飛ぶ。途端に小さな破裂音とともに、硫黄の匂いが漂ってくる。エドさんのアドバイスを受けて取り入れた、小型の手榴弾だ。「水曜日の悪魔」と名付けられたそれは魔物相手でも効果を発揮し、一時的に動きを鈍らせることができる。デュラハンが動くのを一時的にやめたところで、私もデュラハンに向かって突撃しレオンとは別方向から剣を振るう。
――一撃で仕留められるなんて甘い考えは抱いていなかったが、それでもデュラハンの対応は早かった。
体を捻り、私とレオンの攻撃を躱したかと思うとすかさず自分の剣を取り出す。この世界のどこにも所属していない兵隊の紋章と禍々しい紫色の装飾が入ったそれは、鎧の上からでもその切れ味を発するだろう。私とレオンを薙ぎ払うように、水平へと振り回されたそれを私は冷や汗をかきながら避ける。目前まで迫ったその切先にはデュラハンの魔物としての力強さ、そして騎士としての圧倒的な剣の腕が垣間見える。
……だけど私の今の武器は、剣術だけではない。
私は瞬間移動を使うとデュラハンの背中に回り込み、再び剣を振るおうとする。だがデュラハンを乗せた馬は真っ先に、その殺気を感じ取ったのだろう。前足を高く上げ、無いはずの口で大きくいなないたかと思うと私に向けて後ろ足を蹴り上げる。
「馬の脚力は人間よりはるかに強力だ。乗馬をする人間はまず馬の後ろに立たない。デュラハンの死角を狙うのはいいが、その時は馬の反撃にも備えておくことだ」
エドさんのアドバイスを思い出しながら、私は再び移動魔法を使って距離を取る。デュラハンにとっては想定内の動きでしかないだろうが、馬の方は驚いたらしい。混乱し、パニックに陥る馬の手綱をデュラハンは強引に引っ張る。馬に乗っていることは戦闘面におけるデュラハンの優位性の一つだが、今はそれが仇となったようだ。馬に気を取られ、隙を見せたデュラハンにレオンがさっと近づいた。その手に握られているのは剣ではなく棍棒だ。デュラハンがまだ馬上にいる以上、向こうが優位にあることに変わりはない。下手なことをして反撃されるより、確実に馬から引き離すべき。レオンはそう判断したのだろう、だがデュラハンはそんなレオンに容赦なく剣を向ける。
「レオン!」
私の声は、咄嗟にデュラハンの剣撃を防いだレオンの盾によって掻き消される。
エドさんの助言で強化した盾だが、それでも凄まじい衝撃だったのだろう。レオンの肺から漏れ出た鈍い呻き声と、みしりという嫌な音。それでもなお、レオンに攻撃を加えようとしたデュラハンの前に私は魔法で割って入る。それからさらにデュラハンの急所、左胸に向かって真っすぐ剣を突き立てようとすればデュラハンは咄嗟に自分の剣でそれを受け止めた。それでも一瞬、たった一瞬だがデュラハンが丸腰になったのを確認し私は「今よ!」と叫ぶ。
レオンは先ほどのダメージを懸命に堪え、立ち上がるとデュラハンに向けて針を突き刺した。その先端には魔物にも効く、「アスタロトの吐息」という毒薬を塗り込んである。デュラハンのような高レベルの魔物にはもって数分といったところだろうが、動きが鈍ればそれだけで十分価値がある。レオンがデュラハンの反撃から逃れるため距離を取り、後ろに向かってジャンプしたのを見ると私はデュラハンの間合いに入った。一瞬で魔力を固めると、私はそれを一斉に放つ。すると予め任意の場所――この戦いが始まる前に仕込んでいた短剣がデュラハンの方へと向かっていった。
単純な移動魔法の応用とはいえ実質、飛び道具の攻撃。できれば多方面から飛ばすことによってデュラハンの視線と意識を逸らしたいが、それは自ずと高度の魔法の実力が要求される。はっきり言って、私程度の魔法でそこまで複雑なことはできない。代わりにデュラハンの馬を手負いにできれば、それで十分だ。デュラハンは短剣を数本ほど剣で叩き落すが、馬はそんな主人を守るかのごとく無茶苦茶に暴れて短剣に刺される。
……馬なのに自分が従うべき主の危機を感じ、それを回避しようと必死に行動するのだ。デュラハンと必死に戦っているこの状況で、私はそう考え妙な感心をしてしまった。
同じパーティーの一員なら、助け合うのが当たり前。なぜなら「パーティーは家族」なのだから。家族なら、その構成体の一員に危険が迫ったらそれをすぐに察知し忌避しようとする。
だがクライドや、私の両親がそれをしてくれたことはあっただろうか? 『鏡の操り人形』の一員と共に出向いたユニコーン討伐の時や、『失われた風景』のリーダーになった彼がサイクロプスを倒した時。クライドは私がいても、構わず戦闘を続けた。私のことを心配している素振りを見せても、実際に行動を起こそうとは思わないのだ。
クライドにとっての私は、この馬にとってのデュラハンよりよほど軽い……だが今は、そんなことを考えている場合ではない。咄嗟の現実逃避を振り払い、刮目する私の前で馬ががくんと崩れ落ちる。自分の足でもある馬が傾くと、その上にいるデュラハンも重心が傾いた。そこに、レオンが盾で自分自身を守りながら勢いよく体当たりをする。私はその瞬間を逃さず、デュラハンの腕を掴んだ。
純粋な腕力だけでは、デュラハンを引きずり下ろすことなど到底できない。だから私はデュラハンの腕を自分の胸元に引き寄せると、そのまま自分の体重を利用し崩れ落ちるように着地する。受け身を取り、すかさず攻撃の姿勢へ転じる私へデュラハンは容赦なく剣を向けた。
私も剣士だ、多少の斬撃は受け流すことができるがデュラハンのそれはやはり桁違いだった。腕力、剣そのものの強さ、それを全て操る圧倒的なセンス……どれも私とは比べ物にならず、私はもはや頭を使わず直感だけで戦っているような状況に追い込まれていた。以前、クライドが『鏡の操り人形』の一団に「きちんと考えて動け」と説教していたが、今の私はまさしくそうだ。ゆっくり考えている余裕などない、自分の体に必死に鞭打って動くことしかできない……そんなギリギリの状況で生まれた隙に、デュラハンが剣を振りかぶる。
――あぁ、もう駄目だ。
頭を使うどころではなかったはずなのに、なぜかそんな事実だけは察することができた。
今までの、私の人生。クライドと比べられ、両親に冷遇された幼少期。それでもクライド自身との兄妹仲は悪くなく、成長してクライドとともにパーティー結成を決めた。『方舟に曳かれて』、クライドがいたからその活躍は他のパーティーと比べてもかなり凄まじいものだったと思う。クライドを追放して、それは一気に衰えてしまったが……今まで冒険者稼業を続けていく中で出会った人々。『太陽の天使』の末路を語ってくれた剣士・エドワードさん。様々な思惑があって、クライドの新たな仲間となったアンとボニー。そして――クライドと共に、パーティーを組んで戦った勇者のレオン。
「イヴ!」
――そんなレオンの叫び声に、私は手放していた自分の意識を取り戻す。
私に襲い掛かろうとするデュラハンを、レオンが懸命にロープや棍棒で攻撃している。デュラハンにとってそれは、ただ羽虫がうろちょろしているぐらいに過ぎないのだろう。剣の切っ先は私に向けたまま、しかしその殺意は確かに分散され私の命を救っていた。勇者として、泥臭い姿をさらしながら。それでもレオンが、私を助けているのだ。
あぁ、そうだ。だってレオンは家族だから。同じ『方舟に曳かれて』のメンバーだから。「パーティーは家族だ」、その教えを一番体現してくれたのは血の繋がったクライドではなく、パーティーのリーダーとして常にメンバーのことを考えてくれているレオンだった。
そのレオンが今、私を助けるために自分の命を懸けている。なら、それを黙って見ているわけにはいかない。私は自分の足に力を込め、デュラハンから距離を取ると体制を立て直す。
レオンと向かい合う形で、デュラハンにとっては左右両方から攻撃される状況を作る。落馬しただけで大きく戦力を削がれたデュラハンだ。また馬に乗られる前に、今こそ止めを刺す時だと私は剣を強く握る。
――勝負は、一瞬だった。
レオンに向けてデュラハンが剣を振るい、レオンもそれを受け止めようとした瞬間。デュラハンの右脇が空いた隙に、私は全身で突き抜けるようなイメージでそこに剣を突き刺した。心臓の反対、右側からの攻撃は成功率が低く次の瞬間には反撃される可能性も高い。ゆえに、避けるべき攻撃方法だったが――
幸運、偶然、奇跡、そんなありふれた言葉でしか表現できないほどの幸運を、受け入れるのは当の私ですら時間がかかった。
デュラハンは一度、全身を痙攣させるとその重い体をばったりと横たえる。その肢体を支えていた馬も、主を失ったと同時にその転落に巻き込まれ地面へと吸い込まれるように倒れ込んだ。咄嗟に後ろへ退けば、安堵の溜め息が零れ落ちる。
「やった……!」
思わず口にしたその呟きと共に、デュラハンに突き刺した剣を手放すと私はその場にへたり込む。すかさずレオンが私に駆け寄ってきて回復せずに大丈夫か、どこか大きな怪我はしていないかと質問攻めにした。
「大丈夫。大丈夫だから」
言いながら、私は彼を安心させるためにも立ち上がる。私の家族よりよほど、私のことを心配してくれるレオンのためだ。疲労困憊だが、それでもまだ立ち上がる気力が湧いてくる。
デュラハンを倒した。これで『方舟に曳かれて』はランクダウンを免れるし、クライドも少しは私たちのことを見直すだろう。エドさんだって、きっと喜んでくれるに違いない。他にも色々……ギルドで私たち二人と『失われた風景』が対立したあの現場にいた人や、かつてクライドによって傷つけられた人たちも何かしら思うところはあるかもしれない。
だけど、とりあえず今は。
「やったね、レオン」
「そうだな、デュラハン討伐達成だ」
私とレオンはお互いそう口にし、どちらからともなく右手を上げるとぱしっ、と軽い音を響かせ叩き合うのだった。




