第8話
フェーデ達が準備をしている最中、サロモンのいるトレア城でも動きがあった。
「なるほど、それでわざわざ俺のもとに知らせに来てくれたわけか」
トレア城では草木の一本も無い庭でサロモンが剣の素振りや木を加工して作った的を使って鍛錬をしている最中であった。
上の服を脱いで、柄や鍔に豪華な装飾を施した剣を振るうサロモンの姿はとても様になっている。
そしてサロモンの前に跪いているのは痩せぎすの騎士……セルバ騎士団の団員であるセシリオだ。
控えるダニエルはそんなセシリオの姿に不快さを隠そうともしない、顔を顰めセシリオを睨む。
「自分の主であるフレデリーコが反乱を起こす、それも今日の夜か。ふむ……」
セシリオの言葉にきっとサロモンは怒り狂うであろう、そう思っていた。
だがセシリオが恐る恐る顔を上げるとサロモンの表情を見て驚いた。
てっきり烈火の如く怒り狂っているかと思いきや満面の笑みがセシリオの目に入ってきたからだ。
「やっとか。全く待たせてくれる」
含みのある口調だった。
「それで貴様はどうする? セシリオとやら」
何を考えているのか全く分からないサロモンだったがようやくセシリオの方へと向き直った。
「どうする……とは?」
剣を地面に突き立て、とても嬉しそうにセシリオに問いかけた。
「その情報を持ってきたからといってこの俺がお前を生かしておくと思ったか?」
「ッ!」
「他に何かないのか?」
恐らくだが、サロモンは何を差し出そうとも満足することは無いだろう。
自分の財産、娘、そして自分の身を差し出そうとも。
「わ、私はセルバ騎士団の作戦や戦略を熟知しています。それをお伝え──」
「それを俺に伝えるのは当然だ。そんなものは対価にならん」
焦燥感に駆られながら必死に回らない頭を動かす。
自分には何が出せる?
自分には何が出来る?
そして必死に考え、出した結論は……
「私はフェーデを殺せます」
「ほう? お前が? どうやって?」
決して笑顔を崩さないサロモンに怯えながらも、セシリオは続けた。
「私はセルバ騎士団の中でも信用されています。私が直接フェーデのもとに赴き、油断しているところを斬るのです」
「ほう」
──これなら乗ってくれるか?
ゆるく波打った濃褐色の髪に触れながら、サロモンは少しの間思考する。
「いいだろうセシリオよ。では俺にフェーデの手の内を伝えたうえで速やかに行け。そして奴の首を見事持って帰ってきたならばお前の身の安全は保障してやる。ああ、褒美もくれてやろう。土地に女、それに金もな」
その言葉に、セシリオは目を輝かせた。
「寛大なご配慮感謝いたします! 必ずやフェーデの首をサロモン王に捧げることを誓いましょう」
「期待しているぞ」
それから時間は過ぎ、夕暮れ時。
「奴が出ていきます。本当に信用するのですか?」
サロモンとダニエルは城の中で葡萄酒の入った杯を持ちながら窓越しに馬に乗ったセシリオが出ていくのを見ていた。
そしてダニエルは全くと言っていいほどセシリオを信用していない。
「あの男、フェーデの下についているのは間違いないのだろう? もしかすれば信頼している人間が突如裏切り、その果てに殺される間抜けなフェーデの姿を見られるかもしれん。それが叶わなくても仲間同士で殺し合う姿を見られる。余興には良い」
「余興ですか……」
正直理解しがたい。
ダニエルからしてみればそもそもセシリオの話は最初から嘘だったのではないかとすら考えている。
フェーデはセシリオをあえて裏切者のように見せかけてこちらに不利になるようゆさぶりをかけているともとれる。
「サロモン王! ティント騎士団120名ただいま参上いたしました!」
そんなダニエルの不安をかき消す……いや増幅させる野太い声が部屋の中に響く。
「来たかマヌエル。ほれ駆けつけ一杯」
「頂きます。ほほうこれは美味! さすがはサロモン王、良い酒をお持ちだ」
現れた瞬間、飲みかけの杯を渡されたのは赤い外套に身を包んだ鎧姿の大男マヌエル。
身の丈はサロモンを見下ろす程で、赤毛と黒い瞳が特徴。
同じ部屋に居るダニエルの兄だ。
「マヌエル、120とはどういうことだ? 少なすぎるではないか」
「俺が指示したんだダニエル。たかだか200相手に大量の兵士を使うこともあるまい」
「そうだぞダニエル。お前は相変わらず慎重すぎるのだ。老いぼれのフェーデなど、この俺の斧で兜諸共叩き割ってやるわ! ふははははは!」
そう言いながら背中に背負っていた大きな両手斧を取り出したマヌエル。
自信満々なその表情からは不安や恐怖とは全くの無縁だ。
「期待しているぞマヌエル。さて作戦会議とでもいこう。ダニエル、葡萄酒を持ってこい。それとチーズもな」
「はっはっは! 前祝ですな」
「何を言っているんだマヌエル。立派な『作戦会議』だぞ」
とぼけた表情のサロモンと快活に笑うマヌエルを見て、ダニエルは胃に穴が開く思いだった。