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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[36]成長と壁

 モモ達四人と扉一枚で(へだ)てられた社長室内部。外からのノックの音に、桜社長は(いぶか)しげな眼差しを注いで(つぶや)いた。


「こんな時間に何だ……? 誰も通さないようにと通告しておいたのだが」


 それでも一旦話し合いを中断し、「どうぞ」と低い声で一言答えた。


 ゆっくりと外側に扉が開き、口元をキリリと引き締めたモモが入室して一礼をする。


「モモちゃん……」

「……モモ!?」


 杏奈の喜びを含んだ声と、凪徒の驚きの声が重なった。


「早野 桃瀬と申します。会議中に失礼致します」


 モモは閉じた扉を背にしたまま、正面の一人掛けソファに腰かける桜社長に挨拶をした。生きていれば二十五歳の息子がいる筈の父親だが、まだ五十に満たない面立ちに見える。若くして結婚したのだろう。細身だが頼りない感じは皆無で、以前聞いた声の通り威厳に満ちていた。が、凪徒は母親似なのか、血の繋がりは微かにしか感じられない。


 右隣の二人掛けソファには杏奈、相対するように左側には凪徒が座っているが、スーツを着込んだ彼はもはや別人のようにしか思えなかった。


「良いお返事を持ってきてくれたのね? さ、座って」


 杏奈が笑顔で立ち上がりモモに近付く。その言葉に凪徒は焦りの表情を見せたが、腰は上げなかった。


「杏奈、どういうことだ? モモに何を持ち掛けた!?」

「この一件とは別のことよ。悪い話じゃないわ」


 歩み寄りながら、凪徒に振り向いて嬉しそうに話す杏奈。しかし、


「杏奈さん……すみません。あのお話はお断りさせてください。とても有難いお申し出だとは思いましたが……やっぱりサーカスに残ります」

「え?」


 しっかりとしたモモの口振りに、杏奈は目線を引き戻して足取りを止めた。


「……井の中の(かわず)でいたいと言うの?」


 ややトーンダウンした杏奈の口調は、低く押し殺されていた。


「あたしは、井の中の蛙ではありません」


 モモは一度凪徒に目を向け、そして杏奈と正対する。モモの瞳はもう揺らいだりなどすることはなかった。もうあの時の、答えられない自分ではなかったから。


「あたしは……全国を回って、沢山の街やお客様から、沢山の知識と愛情を頂きました。それに団員の皆からも……だからカエルなんかじゃありません」

「十年後にはどうするの? その間だって……怪我でもしたら」

「例え十年だとしても、精一杯空中ブランコをやりたいんです。いえ、十年以上続けてみせます! その間にちゃんと貯金して、怪我をしたり引退した後、何も出来ない人間のままであったとしたら……また一から勉強します。勉強は何歳になっても出来る筈です」

「あら……ん」


 杏奈は呆然と呟き、口を閉じた。


「ふ……ん。杏奈君、君の負けだな。どうも君の質問は彼女を成長させたようだ」


 ソファの肘掛けに頬杖を突いた桜社長は、杏奈とモモを見上げ、左の口角を(たの)しそうに上げてみせた。


「そのようですわね。でも……益々気に入ったわ」


 杏奈は再びいつもの自信に満ちた(おもて)に戻り、元の席に着いた。桜社長と同じように遠目からモモを望む。


「杏奈さん、感謝しています。自分の将来を考えさせてくださったのは杏奈さんです」

「そんなこと……」


 深く一礼をしたモモに、杏奈はそれでも嬉しそうに言葉を投げた。そして次に、


「モモ」


 姿勢を戻したモモに声をかけたのは凪徒だった。


「杏奈が何に誘ったのかは知らないが、断りに来たんだったらもう用は済んだな? だったら早く帰れ。ここはお前の来る所じゃない」

「そして先輩のいる場所でもないです」


 ──!?


 杏奈が初めて現れた時と同様のやり取りがモモの口から現れて、凪徒は一瞬言葉すら出ないほど驚いた。


「先輩……帰ってきてください。サーカスへ……自分の居場所へ!」


 モモはソファの手前まで進んで、凪徒に向けて手を差し伸べた。広げられた掌の先の真剣な表情に凪徒は身動き出来なくなる。


「……俺が……いなくても、もうお前は飛べる筈だ……」


 何とか繋いだ言葉と共に、モモを見つめていた凪徒の瞳は目の前のテーブルに落とされた。それでもモモはピンと差し出した手を戻さなかった。


「あたしは、飛べます。でもまだ十分じゃない。それは先輩だって、きっと思ってるでしょ?」

「モモ……」


 顔はそのまま正面を向きながら、弱々しい横目がモモの指先を微かに捉えた。


「先輩はあたしの目標なんです! だからまだあたしの前に立っていてください。どうしてもいなくなりたいと言うのなら、あたしが先輩を越えてからにしてください!!」

「──」




 ──お願い……先輩。あたしの手を、伸ばした手を(つか)まえて!




 モモは泣き出したい気持ちをどうにか抑えて、凪徒の横顔に溢れる想いをぶつけていた──。




★続けて次話を投稿致します。

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