[34]メカとムク
翌朝は快晴だった。引き締められた心を添えて車に乗り込む。先日と同様運転手は暮、モモは助手席、秀成は後部座席。昨日と同様集まってくれた団員達の見送りに、三人は力強く手を振った。
後方へ去りゆく淡い景色は、杏奈と共に向かった時とは違って見えた。顔色を窺い、おどおどしていた自分。今はそんな弱々しさなどまったくの不要だ。
秀成は向かう道中も、イヤホンから桜家の様子を耳に入れようと集中した。途中で家政婦の見送る声が聞こえ、発信器の行方も確かに桜邸を離れてゆく。おそらく本社ビルの一室で話し合いは持たれるのだろうと推測された。
そうなると桜社長、もしくは凪徒へのアポイントがない三人には、受付を難なく通過する方法がないな、と暮は表情を曇らせた。そこで役立つメカオタクの秀成が、自信満々な様子で鞄から取り出して見せた物とは──?
「え、煙幕……発生装置?」
掌に乗るほどの白い球体に、すっとんきょうな声を出して目を丸くするモモ。
「そう! 名前は白珠三号君。サーカスの演出でもたまに使ってるよ。こんなこともあろうかと改良を試みたんだ。このボタンを押して十秒後に、白い煙と紙の燃えた匂いが発生する。でも火器は一切使ってないから安心して。ボヤ騒ぎでも起きれば、受付のお姉さん達の目も攪乱出来るだろ? その間に……」
──それって後でバレたらヤバくない?
モモは心の中ではそう思いながらも、俄然やる気を出して奮起する秀成に制止の言葉は掛けられなかった。──まぁ……とにかく使わずに突破出来ることを祈りましょう……。
「しっかし、モモは色んな輩に気に入られるもんだな。春にはあの高岡氏にメイドの双子、今回は旧財閥の一人娘。あの姉ちゃんも何を考えてるんだか」
暮は真っ直ぐ前方を凝視し、順調に高速を進みながら自分の呟きに自身で笑ってしまった。
「あ、あの……暮さんはどう思いますか? その……杏奈さんが、どうしてあたしを気に入ったのか……原因とか、理由とか……?」
モモはそれに便乗するようにすかさず質問をした。やはりどうしても杏奈が自分に拘るワケが見えないのだ。
「あー? うーん……そうだな。もしかして“両刀使い”だとか!?」
「暮さ~ん……」
明らかにウケを狙って飛び出させた適当な回答に、真後ろの秀成から呆れた声が上がる。
「冗談だよ、冗談! さすがにそれはないだろ~? ああ、でも、モモ、まさか拉致されて変なことされてないよな?」
「いえ……でも実は、分かっているだけで三度も頬に触れられていて……」
「「三度もっ!?」」
モモの微妙に恐怖らしき雰囲気を含んだ返事で、同時に叫び驚愕する二人。
──本当に両刀使いかもしれないな……?
──こんな近くにそんな器用な人がいたんだ……?
暮と秀成はそれぞれ胸の内で戸惑いながら、やや肯定する方向へ考えを巡らせた、その時。
「それで、何なんですか? その“リョウトウヅカイ”って?」
「「ええ──っっ!?」」
モモの真っ白でまっさらな今更ながらの問いかけに、二人は本日一番の驚愕な雄叫びを上げていた──。
☆ ☆ ☆
「着いたぞ、モモ」
本社ビル裏手の来客駐車場に車を停めた暮は、颯爽と降り立ちモモを振り返った。同じくすっくと立ち上がったモモも、暮と秀成の微笑みに一つしっかりと頷いてみせる。
「それじゃ、行きます」
モモはギュッと両拳を握り締めて歩き出した。二人もその後に続く。
──先輩を、取り戻す!
ビルに降り注がれる陽差しは強く、その反射光が行く先を鋭く突いた。それでもモモは瞳を逸らすことなく、凪徒を囲う巨大な要塞にキビキビと足を進めていった──。
★続けて次話を投稿致します。




