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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[18]噂と嘘

 暗闇の中、只ぼんやりと目を開いていた。


 どこを見るでもなく、何をするでもなく。が、脳裏に浮かんだのは、あの不敵な微笑み。その(つや)やかな唇から現れた五文字の言葉──『いいなずけ』。


「モモたん……大丈夫?」


 帰りのシャトルバスは案の定かなりの混雑振りで、先に戻った凪徒を除いた一行は、徒歩で帰宅を余儀なくされた。行きと同じように走っても構わなかったが、そんな余力は誰にも有り得ず、どれほどの時間を掛けて戻ってきたのか、もうモモには分からない。


「え? あ、やだなぁ~リンちゃん、何でそんなこと()くの? あんなに美人さんなんだよ。先輩にお似合いだよねー」

「モモたん……」


 トボトボと歩きながら、そんなやり取りをしたようなしなかったような……帰宅後すぐ自分の布団に潜り込んだモモの穏やかでない心の内は、もはや全てが(おぼろ)げで、夢と現実の境い目もはっきりしなかった。


 ──親同士が決めたって、ずーっと昔のことなんだろうか……だから東京のカフェで杏奈さんはああ言ったの? 『貴女には手の届かない相手になることだし……いえ、元々そうなのかも』──の『元々』。


「あ~また眠れなくなっちゃう!」


 思わず声を上げてしまい、コソコソと布団の隙間から周りを見渡したが、幸い誰も目を覚ましてはいなかった。再び身を丸めて眠りにつこうと試みるが、どうしても(まぶた)が閉じてはくれない。


 ──でもどうして杏奈さんは、先輩があれほど嫌がる素振りをしても平気でいられるんだろう……それくらい先輩のお父さんの権力ってすごいんだろうか。だとしてもあの状態で結婚して、二人幸せになれるの……?


 『結婚』……自分で考えたこの漢字二文字が、自分自身をたじろがせていた。それこそ手が届かないどころか、それを機に会社へ戻られたら、もう二度と会うことも叶わなくなってしまう。




 『養女にならない?』




 ──杏奈さんがあたしに(こだわ)る理由って……? ……も、もしかしたらお父さんの新事業ってサーカスなのかな!? だから先輩を引き抜いて、更にあたしも……なんて……そんなこと、ある訳ないか……。


 考え出したらキリがなかった。──いや、考えている場合ではない。まだ休み前に二日残っている。あの夜のように無になって眠らなくちゃ。これであたしが失敗したら、今度こそ先輩に怒られる──。


 ──叱ってくれる先輩が、目の前からいなくなるなんてこと、あるんだろうか……?


 胸の奥から湧き出る疑問は止め()なく、モモはそこから(あらが)うように身体の向きを右へ左へと回転させた。そうしながらいつの間にか眠りの誘惑に身を(ゆだ)ねていた──。




 ☆ ☆ ☆




 翌朝は案の定寝覚めが悪かった。まだ眠気(ねむけ)(まなこ)のまま一番遅れで食堂プレハブの扉を開く。するとスタッフ達のお喋りでザワついていた室内が一気に沈黙し、戸口のモモに向かって全員の視線が一斉になびいた。いや、実際には一人を除いてだ。── 一番奥の角で黙々と食事を進める凪徒を除いて。


「お、おはようございます……」


 凪徒の右隣一席は空いていて、そのまた右に暮が座っていた。暮の向かい側の席に手の付けていない食事がモモを待っていたので、遠慮がちに挨拶しながら腰を掛ける。と同時に「ごちそうさん」と斜め左から凪徒の声が降ってきた。モモの視線に合わせることもなく立ち上がり、トレイを片付け出ていってしまった。


「あの……」

「まぁ、先に召し上がれ」


 暮も(ほとん)ど食事を終えていたが退室はせず、優しい眼差しでモモに朝食を勧めてくれた。周りも席を立ち出したので、慌てて料理を口に運ぶ。モモが食事を終える頃には自分達二人となり、空になった食器を返して再びプレハブへ戻った時には、暮が食後のお茶を()れて待っていてくれた。


「どうもねぇ……」

「はい?」


 差し出された湯呑を両手で受け取り、渋い声を出した暮の顔を見上げる。


「元凶は、どうもリンらしい……」

「リン……ちゃん?」


 ──何の元凶がリンちゃんだというのだろう?


「元々おれも……あの姉ちゃんが凪徒を訪ねてきたっていうのも、モモがお洒落して帰ってきたっていうのも、リンから聞いたんだ」

「はぁ……」


 ──確かにリンちゃんはどちらの目撃者であるけれど……。


「でさ? 昨夜もあいつはあの修羅場にいただろ? で、もうその時の話が全員に流れちまってる……それも随分大袈裟なことになって」

「えっ!?」


 ──そ、それがリンちゃんの仕業(しわざ)ってこと……?


「何か知らんが、モモと凪徒は前から付き合っていて、そこへ昔の彼女が邪魔をしに来たって設定になってるぞ」

「え? ……えーっ!?」


 モモは驚いてテーブルに手を突き立ち上がった。慌てて外へ飛び出そうと背を向けたが、暮はいつもの調子を崩さずその後ろ姿を引き()める。


「やめとけよ~モモ。今みんなに何か言っても逆に尾ひれが付くだけだ」

「で、でもっ」

「まぁま、『人の噂も七十五日』と言うからさー」


 ──七十五日も待てないんですが……。


 暮の手前までふらふらと戻ってきたモモは、困ったように眉を下げて再び腰かけた。


 ──それに『嘘から出た(まこと)』ってことわざもあるしな~。


 そんなモモを真正面に見つめて、暮は自分の思いついた言葉にこっそり笑ってみせた──。




★こちらでお分かりの通り、リンはとっても噂好き・お喋り好きなのでした。ですのでPart.1にて秀成が頑張って内緒にしていた二人の仲も、リン本人がバラしておりました。




★続けて次話を投稿致します。

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