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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[19]別れとアイスティ

★少し前に投稿しました前話からご覧ください。

 それから月曜火曜の貸切公演を含む計七回の興行は華々しく幕を閉じた。一週間振りの休演日を迎えようという前夜、モモは中国雑技団のメンバーからカードゲームに誘われて、彼女達のプレハブに向かっていた。


「あ……」

「お、おう」


 手前の寝台車から現れた黒い影につい声を上げたが、凪徒自身は何だか決まりが悪そうだ。それもいつものジャージ姿ではなく、綿シャツ・ジーパンに大きなボストンバッグを抱えている。


「先輩、どこか行くんですか?」


 モモもさすがに尋ねたが、凪徒は一度宙を仰ぎ、


「んー、風呂な」


 適当にごまかそうとした感ありありだった。


「そ、そうですか。それじゃ……」


 モモはその嘘を問い(ただ)すことはやめにした。あの噂が流れてからブランコ以外での会話のない二人には、こんな立ち話でさえも気まずい空気が流れてしまう。もし誰かに見られたら、また噂が噂を呼ぶに違いないと恐れすらも感じていた。


「……モモ」


 ぎこちない笑みを浮かべて目的地に歩を進めようとした時、遠慮がちに声をかけられた。すぐに振り向いたが凪徒はいつの間にか寸前に(たたず)んでいて、モモは一瞬ビクついてしまった。


「あのさ……」

「は、い」


 お互い言葉も態度もいつになく堅苦しく、周りの空気も重苦しく感じられる。


「色々……悪かったな。こっちのトラブルに巻き込んじまって……」

「い、いえ」


 モモは凪徒の顔を見られなかった。こうなったのも元はと言えば、自分が杏奈について行ったことから始まってしまったのかもしれない、そう思えて仕方なかったからだ。


「……お前の方がよっぽど大人だったなー」


 ──え?


 その声は空に向かって放たれていて、モモは足元に向けていた視線を上げようとしたが、


「じゃあな」


 更にそう一言、凪徒はモモの頭に手を置いてクシャクシャっとかき混ぜた──時々現れる凪徒の癖。


 ──先輩……?


 その手が離れてモモが見上げた時には、もう凪徒は出口へ向かって歩き出していた。闇に(まぎ)れていく背中をしばし見送ったが、その姿が見えなくなるにつれ、自分の鼓動が速くなっていることに気付いた。胸元を拳で押さえて目を(つむ)る。


 ──何だろう、これ。苦しい……。何だか……もう二度と先輩に会えない気がする──。


 ハッと目を見開いた。あの花火の下で凪徒が言った言葉を思い出す。そう……『俺はもう動くことに決めたんだ』──それって、動くって……サーカス(ここ)を辞めるってこと……?


「せ、先輩っ!」


 初めて感じた物凄い不安が心の奥底を押し潰し、モモは慌てて走り出した。前を向けば必ず立ちはだかっていた高い壁──目標。それが今この一瞬で消えるなんて──。


「先輩っっ!!」


 敷地の出口まで走り抜けたが、凪徒はもういなかった。──行くとしたら駅だろうか。それとも高速バス乗り場? レンタカーかもしれない?


「モモちゃん?」


 右へ左へと首を振りながら、どちらに足を向けようか迷っていると、見覚えのある赤い車体が行き先を(ふさ)ぐように停まった。ウィンドウが降りて、あの目鼻立ちの良い横顔が(のぞ)く──杏奈。


「あ、杏奈さん……」


 これで凪徒が杏奈と一緒ではないことは証明されたが、再びの遭遇にモモは戸惑ってしまった。凪徒が行ってしまったことを杏奈には話したくない、が、きっと杏奈は凪徒の目的の場所を知っている。


「……ナギが、動いたのね?」

「……」


 焦燥が浮かぶモモの表情を察して杏奈は答えを導いたが、モモは返事をしかねた。また関われば凪徒に迷惑を掛けるかもしれない。でも杏奈こそがこの失踪の鍵を握っている。


 杏奈も少女が口を閉ざした理由に気付き、扉を開いて車を降りた。


「ちょっと意地悪し過ぎちゃったみたいね……少しでいいわ。落ち着いて話しましょ」


 出口の傍に置かれたベンチへモモを促し、隣の自販機からアイスティを二缶買った。栓を開けて眼前に差し出すが、受け取る気配がないので優しくその手に握らせた。


「飲んで、落ち着いて。悪いようにはしないから」


 杏奈が隣で缶を口元へ寄せるのが横目に入り、モモも心の平穏を求めるように一気に半分を飲み干した。


「……ナギはおじ様の元へ向かったのだと思うわ」


 依然無言のまま、杏奈が向けた(おもて)に対峙する。


「自分の未来と、貴女の自由を求めるために」

「え?」


 ──あたしの……自由?


 一瞬理解不能で視線が泳いだ。どうして今でも自分が関わっているのか。


「それだけ焦っていたということは、彼、大きな荷物でも抱えてた? それでもう帰ってこないのだろうと悟ったのね?」


 図星の質問に何と答えて良いのか分からず、今度は視界が揺れ動く。


「どうして自分が巻き込まれているのか、どうしてナギは戻ってこないのか……貴女には不思議よね。ナギが動き出したのだからもう言うわ。それはね──」

「は、い……──?」


 ぐるりと天地がひっくり返って、手にした缶は地面に茶色い()みを作り、コロコロと転がった。


 ──えっと……あれ……れ?


「ごめんね、モモちゃん」


 杏奈らしき女性の細腕に抱き締められ、モモは意識を失った──。




★次回更新予定は八月十七日です。

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