[24]手料理とドライブと・・・
誘拐三日目の朝は昨夜と同じように食事を楽しみ、会話も既にスムーズになり始めていた。
高岡紳士は自分の経営する会社に少しばかり顔を出してくると支度をし、午前は自由にしてくれと言われたので、モモは早速メイドの二人から簡単豪華な料理を習うことになった。
「わぁ、さすが手際がいいですね! こんな風に出来たらいいのに~」
「お嬢様も素晴らしいです。どこかでお勉強されたのですか?」
驚くほど広く清潔なキッチンにて。女子三人での会話も弾みながらの調理は、モモにとっては久し振りの楽しい時間となった。施設にいた時もサーカス同様手伝いの順は回ってきたが、仲の良い女子だけでまとめられていたし、学校での実習も女子と男子に分かれての授業だった。反面サーカスでの生活は、思えばむさ苦しい大人の男性とばかりの作業が多い。特に今まで考えたこともなかったが、改めて現状の異質さに苦笑いが浮かんでしまう心境だった。
「今もサーカスで調理当番が回ってくるんですけど、以前もお世話になった施設で補助的なことはやっていたんです。でもなかなか定番料理以外は見たことなくて……あ、これ、いちょう切りにすればいいんですね?」
モモは洗ってザルに上げたニンジンを手に、まな板の前へ移動した。
「そうでございましたか。手慣れていらっしゃると思いました。……あの、お嬢様? サーカスにお戻りになられても、またこの辺りで巡演される時にはいつでもいらしてくださいましね。他にも沢山レシピはございますし、えっと、その……」
笑顔で返答していた筈の桔梗の手が止まり、言葉も小さくくぐもって消えてしまった。それを見つめる花純も口元を歪めて立ち尽くしてしまう。明日葉と共に過ごした懐かしい時間がクロスし、三日先に見える再びの寂しい未来を思い出したのだろう。
「や、やだなぁ、花純さんたら、もちろん休演日には遊びに来ますから!」
「お嬢様、泣いたのは桔梗でございますよ」
「あ……あれ?」
モモは隣に立つ桔梗の左の耳たぶを凝視する。確かに小さなほくろが一つ……目を丸くして謝るモモに、二人はいつもの笑顔を取り戻した。
ある程度の下ごしらえを終えた三人は、あの可憐な椅子に腰かけてお茶を楽しんだ。けれど昇った太陽は雲間から時々顔を出す程度で、朝方静かな庭園を漂っていた靄もまだうっすらと気配を残していた。
「雨が降るかもしれませんわね……」
ティーカップを両手で包み込み、空を見上げる花純。
「ちょっと森にお出掛けになるような天候ではございませんね、お嬢様」
「え? 森?」
桔梗にそう諭され疑問を投げるが、途端昨夜の会話が思い出された。──あの話、確かに否定すら出来ないほど驚いてしまったけれど、まだ続いていたんだ──あのエアガンでのサバイバルゲーム……!
「それともああいう遊びは雨の中でもされるものなのでしょうか?」
「さ、さぁ……?」
更なる質問に言葉を濁して顔を引きつらせるが、あれは自分の物ではないと今更言い出せる雰囲気ではなく、ただひたすら笑って済ませるモモであった。
しばらくそうして他愛もない話に盛り上がり、再び調理を始めた頃には高岡も戻ったので少し早目の昼食となった。けれど娘(?)の手料理とあって昨夜以上の感涙が彼を襲い、やはりお預けを食らう食事となった。
特にこれといってあてもなかったが、高岡からの午後の予定の質問に、モモはドライブを提案した。余り天気が良いとは言えないものの、風もなく寒くもなく、出掛けるにはちょうど良い物静かな陽気だ。高岡も賛同し、運転手兼ボディガードのあの手刀の男性ではなく直々の運転を買って出て、しばしの父娘の時間を味わうこととなった。
「あの……お父様に運転させてしまって大丈夫でしたでしょうか?」
「ん? ああ、そんなこと気にしなくていいよ。遠くへ行くことも多いから雇っているだけで、本来はドライブ好きなんだ」
薄曇りの街を走り抜け、やがてハイウェイの入口が見える。
「右へ行けば山、左へ行けば海が見えるよ」
「それなら海がいいです。しばらく海沿いの町での公演はなかったですし」
「そうかい? てっきり森に行きたいのだと思って、あのエアガンも持ってきたのだけど……」
「うっ、海がいいです! 断然海です!! お父様っ」
──やっぱりちゃんと説明しなくちゃ……。
いつまでも付きまとわれるエアガンに、我が身を憂うモモであった──。
★次回更新予定は五月十四日です。




