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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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29.家出王子と家出令嬢

 二度とこの世界には戻らないと思っていた。

 あれからどれだけの日々が経っただろう。

 いつの間にか、魔法博物館はオルテンシアの大切な居場所になり、大好きな人とも巡り会えた。


「おはよう、オルテンシア」

「おはようございます、シグルズさん」


 いつも通り、二人で魔法博物館へ出勤する。

 今日も変わらない日常だが、このところどたばたした毎日を過ごしていたため、平凡な日々ほど素敵なものはないだろうとオルテンシアはよく理解していた。

 

 あれから、何度か再び父と二人で会う日があった。

 

 食事をしたり他愛もない会話をしたり、離れてからようやく親子らしくなれたような気がしていた。

 

 オルテンシアがいなくなってから、すっかり意気消沈してしまい毎日沈んでいた父だったが、ようやく元気になったことで屋敷も活気を取り戻すようになっていた。

 

 それから、ずっと気になっていたグレイナーシャという偽名の意味を聞いてみたのだが、答えは『昔飼っていた猫の名前』だった。

 

 変わった名前だとは思っていたが、人の名前ですらなかったとは。

 ただ、オルテンシアの偽名であるリオーネという苗字も童話のお姫様の名前から取ったものだから、これもある意味似た者同士なのかもしれないと納得してしまった。



「……それで、次の企画展に合わせたスイーツの試供品を用意したから今日の閉館後に来て欲しいそうだけど、いいかな?」

「ええ、もちろんですよ。でも、とっても仕事が早いですね。ついこの間お話したばかりなのに」

「ああ見えて、お菓子作りにはいつも本気だからな。根が真面目なんだ」


 いつもシグルズと訪れるカフェの青年は、新しい企画展にも乗り気だった。

 くだけた言葉遣いだったり親しみやすい性格の方がイメージとして先行しがちだが、お菓子作りの腕は間違いない。


「そういえば私、もう何度もお世話になっているのにあの方のお名前を知りませんね……」

「ああ、あいつ普段から名乗らないから。今度聞いてみるといい。オルテンシアになら教えてくれるだろう」


 そう言ってからシグルズは、オルテンシアの耳元に顔を寄せて囁く。

 

「あいつに興味津々みたいだけど、妬けてしまうな。俺のお嬢さんなのに」

「シグルズさん……!」


 驚いて飛び退くとシグルズは笑う。

 お嬢さんと呼ばれるのは久々だったが、そこに『俺の』が追加されるのは初めてだった。

 

「驚かさないでくださいよ!」

「だって、もう依頼人の娘じゃないからな。遠慮しなくていいだろう。それとも、オルテンシアは、こういうのは好きじゃない?」

「えっと……」


 父との和解後、エドアルドたちの依頼は無事終了したとの事で、このところシグルズはずっとこの調子だった。

 当然、オルテンシアは甘い態度に押されっぱなしである。

 このまま流されてなるものかと、オルテンシアは思い切ってやり返しを試みる。


「嫌いじゃない、とは言ったらどうするんですか?」

「……!」


 オルテンシアが赤面して慌てるのを想定していたのだろう。シグルズは思わぬ返しに驚いていた。


「私だって、もうあなたに隠し事はありませんから。遠慮しなくていいのは、私もです」

「おやおや、そう来るか」


 その時だ。


「あの」


 背後から声をかけられて、オルテンシアは飛び上がる。

 オルテンシアたち以外通行人がいなかったとはいえ、朝から公道で堂々と何をしているのだと我に返った。


「君、前に来てくれた魔法学院の子か」


 制服姿の少年は、以前魔法博物館で働きたいと声をかけてくれた学生だった。


「すいません、イチャイチャしてるところに声かけちゃって」

「いや、こちらこそ申し訳ない。子どもたちに見せるものではなかったね」


 包み隠さず言われて、二人して咳払いをしたり居住まいを正そうとしてしまう。


「学院の方はどうですか? 皆さん、お元気でしょうか」

「はい。でも、先生が急にいなくなったのに、何が起きたのか俺たちには教えて貰えなくて。世間じゃ殺人事件があったとか噂されてるし、正直何にも理解できないっていうか……」


 ちょうど目の前にいるのがまさしく事件の被害者二名なのだが、口が裂けても言えなかった。

 恐らく学院側が学生に配慮しているのだろう。急に自分たちの教師が殺人未遂事件を起こした上に違法な研究を行っていたなんて言われても、ショックを受けるだけだ。

 まだ裁判も開かれていないのだから、学生たちを無闇に不安にさせない為にも、伝えるべき時期を決めかねているのだろう。

 

「辛いことがあった時や相談ごとがしたい時は、いつでも博物館に来てください。私たちはあなたたち若い魔法使いを応援していますから」


 オルテンシアがはぐらかそうとしたのは彼にも伝わったのだろう。

 それでも、彼はホッとしたように笑ってくれた。

 

「……ありがとうございます、館長さん」


 

 学生と別れ、ようやく博物館にたどり着く。

 なんだか、距離は変わるはずがないのに通勤時間がどんだん長くなっているような気がしてしまった。

 

「あら、皆さん集まってどうされたのですか?」


 エントランスにはリーナとイヴェッタ、それにエドアルドの三人が集まっていた。

 なにやら三人とも集まって紙を読んでいる。

 

「これこれ、見てちょうだい」


 イヴェッタに渡されて読んでみれば、それは便箋だった。

 しかも、リーナに対する謝罪の手紙である。


「前回の展示会を以前の職場の皆さんが知ってくださったようでして、私に謝りたいとのお手紙なのです……」


 差出人はどうやら以前リーナを糾弾していた、リーナの元同僚の女性だ。

 どうやら人づてに展示会の話を耳にしたようで、自分が間違っていたと思い直してくれたそう。

 職場の面々とも話し合い、最終的に皆でリーナに謝りたいということになったようだ。


「良かったじゃないか!」

「ええ! リーナさんのことを皆さんがちゃんと考えてくださって、本当に良かったです」


 リーナはこれ以上触れるつもりはなかったようだが、実の所、あのまま謝罪もなしの終わらせるのは違うような気がしていたのだ。


「ええ、あなたたちの思いはちゃんと届いたみたいよ」


 オルテンシアたちが企画展に込めたメッセージは、ちゃんと響いてくれた。

 なんと喜ばしいことだろうか。


「あの……お返事を書いてきても良いでしょうか?」


 リーナは、喜んでいるような緊張したような、複雑そうな様子だった。


「もちろんです」


 オルテンシアが頷くと、リーナはイヴェッタに背中を押されながら事務室へ向かう。

 

「せっかくだし、良い便箋を使っちゃいましょ! 私、雑貨屋さんでたくさん買っちゃったのよ。リーナ、使ってくれない?」

「ミス・イヴェッタ、また浪費ですか?」


 笑い合いながら楽しそうにしているその後ろ姿は、仲良しの姉妹のようにも見えて微笑ましかった。

 二人を見送った後、シグルズには気づかれないようにこっそりエドアルドに近づいて小声で話す。


「それはそうと、エドアルドさん。例のお話なんですけど……」

「アレですか? 無理ですよ、諦めてください」

「ええっ、そんな」


 オルテンシアと対照的に、エドアルドは一切ためらうことなく大声で笑う。


「ははは! こまったお嬢様だ。王家の秘宝なんてどうやって入手しろって言うんです? 信頼してくれるのは嬉しいですけど、僕にも出来ないことっていうのはあるんですよ」

「え?」


 全く身に覚えのない単語に、オルテンシアは首を傾げた。


「王家の秘宝?」

「何の話かな」


 当然、シグルズが間に割って入ってくる。

 オルテンシアは誤魔化そうとするも、逃げられないよう肩を抱き寄せられてしまった。


「内緒話なんてズルいじゃないか。俺にも聞かせてくれよ、オルテンシア」

「や、それは、その……」


 オルテンシアは目を泳がせて必死に言い訳を探す。

 実の所、シグルズの魔石と同じものを用意できないか相談していたのだ。

 シグルズに知られるときっと彼は遠慮するだろうと思い、内緒で相談したつもりだったが、エドアルドは全く気遣うことすらしなかった。

 その上、魔石を用意するどころか、王家の秘宝だとかなんだとかでさっぱり分からないまま断られてしまったばかりだ。

 

「ああ、うるさい王子がもう割り込んできた。そんなにぴったりくっついてるくせに、まだ黙ってたんですか」

「まだって、まさかシグルズさん、まだ他に隠し事が?」

「いや、それはだな。違うんだオルテンシア」


 今度はシグルズが目を泳がせる番だった。

 オルテンシア同様に言い訳を考えているようだが、そうはさせない。

 肩を抱き寄せられていたのをいいことに、オルテンシアはぐいぐいと迫り、腰に腕を回して離れられないようにする。シグルズは天を仰いで変な声を上げていた。


「全くこれだから小心者は。ルゥス王国第二王子シグルズ・ヴィルヘルム・ファールクランツ・ルゥスさん、何か言ってあげたらどうなんですか?」

「お前!」


 シグルズがエドアルドに対して怒りの声を上げる。

 

「今、なんて……」


 エドアルドがなんと言ったのか、あまりに長くて上手く聞き取れなかった。

 聞き返そうとすると、当然シグルズに拒まれる。


「聞かなかったことにしてくれ。あいつはオルテンシアをからかってるんだ」

「はは、家出王子と家出令嬢でお似合いですね」


 盛大に笑っているエドアルドを見るに、からかわれているというのは本当なのかもしれない。

 家出令嬢という呼ばれ方は不服なので、そのうち代替案を考えて訂正させなければ。

 油断するとすぐエドアルドは変な呼び方をしてくるものだから、人前でされてはたまらない。思わず笑ってしまいそうになるからだ。


「またいつか語って聞かせてあげよう。面白くはないけれど、眠たくなる程じゃないさ」

「本当ですか? じゃあ、楽しみにしてますね」


 シグルズの話を聞いていて、つまらないなんてことは一度もなかった。

 どうやら彼はまだ何か隠しているようだけれど、今の自分たちならば、どんな事があってもきっと大丈夫だとオルテンシアは信じている。

 

「それよりあなたたち、いつまでくっついてるつもりなんですか」


 エドアルドに指摘され、ようやく自分たちが密着したままなのに気づいた。

 慌てて離れるが、かえって意識してしまい余計に恥ずかしくなる。

 なんとか平常心を取り戻しつつ、オルテンシアは時計に目を向ける。

 仕切り直しには調度良い時間だった。

 

「さあ、それでは開館しましょう」


 オルテンシアがそう言った時、早くも、遠慮がちにゆっくりとエントランスの扉が開いた。

 オルテンシアは笑顔で視線を向け、来館者を出迎える。

 

 ようこそ、魔法博物館へ――――。

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