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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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28.紫陽花の庭(2)

「確かにその人は私の親かもしれないけど、私は顔も知らない。私にとって、この家の中で親と呼べるのはあなただけだったのに、あなたは私と親子になろうとしたことなんてなかった! 私は、あなたに認めてもらいたかっただけなのに、今だって全部他人事みたいな言い方して!」


 産んでくれた両親のことは本当に大切に思っている。忘れたことなんて一日もない。

 けれど、オルテンシアが頼れる生きている人間は、目の前にいる当主しかいなかった。

 それなのに彼は、オルテンシアの亡き両親こそがオルテンシアの隣にいるべきであったとばかり言っていて、まるで自分とオルテンシアは家族ではなく、ただ義務で預かっただけの関係とでも言うかのような振る舞いだった。

 本人にはその気がなかったとしても、オルテンシアは常に線引きされていると感じていた。


「オルテンシア……」


 アルクメオン家に相応しくなれば何かが変わるはず、そう信じてきた結果、周りが見えなくなってアルバを傷付け、その報いを受けた。

 エドアルドの言う通り、オルテンシアに足りないのは対話だった。


「あなたなんて……お父さんなんて!」


 大嫌い、その一言の代わりに、オルテンシアの頬を涙が伝う。

 

「そうか……私は最初から、何もかも間違えていたようだ……」


 悔やみながらも、その声は優しいものだった。


「いつからだろうな。お前がお父さんと呼んでくれなくなったのは。家庭教師が余計なことを吹き込んだのは分かっていたが、それで良い気がしてしまったんだ。私はお前の本当の親ではないのだから」


 オルテンシアの両親を知っているからこそ、立場を取って代わるようなことはしたくなかった。

 けれど、オルテンシアにとっては当主であろうが血の繋がりがなかろうが、父であることに変わりはなかった。


「血の繋がりだけが家族じゃないと、俺は思いますよ」


 シグルズが二人にそう言う。

 シグルズの場合は、彼の祖母こそが大切な家族であったのだ。

 

「ああ……君の言う通りだったな」


 当主は――――オルテンシアの父は力なく笑う。


「だが、私にとっては大切な親友の娘でもあるんだ。立派に育てなければ二人に顔向けができないと思い、お前には勉強ばかりさせてしまった。子どもらしく遊ぶこともさせず、くだらない経済学の本なんか与えて……私は嫌な大人だったな」

「そうです。すごく嫌でした。変な学術書をくれるより、一緒にご飯を食べた方がよっぽど嬉しかったです」


 過去は変えられないが、もしあの頃親子としてちゃんと向き合えていれば、違う今はあったのかもしれない。

 少なくとも、十年以上お互い誤解したままでいるようなこともなかっただろう。


「オルテンシア、こんな父を許してくれとは言わない。すまなかった、本当に……」

「ええ、許しません。だから、私のことも許してくれなくて結構です」

「ああ……」


 あえてきつい言葉を投げかけても、落ち込むどころか当然のように受け入れられた。

 それどころか、満足そうにさえ見える。まるで、オルテンシアと話せるだけで十分とでも言うかのようだ。


「一つ聞いていいですか。どうして、博物館にしたんですか」


 ずっと気になっていた質問を、これで最後にするつもりで聞いてみた。

 ただ遺産を渡すだけなら、いくらでもやり方はあった。

 それなのに、わざわざ博物館を建てた理由だけが分からない。

 父にしては珍しい、非効率的な手段だと思ったからだ。

 けれど、その答えはオルテンシアの予想をはるかに超えていた。


「だってお前は、博物館が好きだっただろう」


 穏やかな声で、父は優しく語る。

 オルテンシアは思わず息を飲んだ。

 まだ幼かった頃、父に国立博物館へ連れて行ってもらった覚えがある。

 正直、子どもで難しいことは分からなかったから、展示品より父と一緒にいられることを喜んでいたという方が正しい。

 けれど、あれは二人だけで出かけた初めての思い出だった。

 オルテンシアが成長して、博物館や美術館へ通うようになったきっかけでもある。

 オルテンシアの頬を再び涙が伝う。今度の涙は怒りではなかった。


 


 帰り際、オルテンシアはもう一度屋敷の姿を眺めてみる。

 父がずっと眺めていた庭では、美しい紫陽花(オルテンシア)が咲いていた。

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