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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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24.愛憎の果てに

 こんなに都合のいいことがあるだろうか。夢でも見ているようだった。


「お前、どこから……!」

「鍵開けなんかいくらでもやり方はあるんだよ。諦めろ」


 アルバの怒りの声が無ければ、幻覚だと思っていたかもしれない。

 絶体絶命のところを、シグルズが助けに来てくれたなんて。


 最後に博物館で別れた時、シグルズには何も言わなかった。それなのに、一体どうしてここが分かったのだろう。

 

「じきに警備や他の教員が来る。逃れられると思うなよ」


 シグルズはオルテンシアを助け起こしながら、アルバにそう言う。

 アルバからの返答はなかった。彼は黙って二人を見ている。


 学院内では逃亡することもできない。いくらアルバでも、諦めざるを得ないはずだ。

 アルバとは違う安心出来るシグルズの腕の中で、オルテンシアは呼吸を整える。


「――――ガルドル・ヴィタドール」


 素早く治癒魔法をかけてくれたことで、やっと痺れが収まった。手足の違和感も薄れていく。

 オルテンシアを寝台に降ろし、怪我が無いか確認してくれる。


(私、助かったの……?)

 

 視界がはっきりしたことで、ようやくシグルズの表情が見えた。

 そして、その後ろにいるアルバの姿も。

 

「歩けるか? 無理はするな、すぐ病院に連れていく」

「逃げて!」

 

 ――――バンッ!

 

 オルテンシアの叫びと、発砲音が響くのは同時のことだった。

 耳をつんざくような音の正体は、そのままシグルズの体を貫いていた。


「っ、は…………」


 シグルズの左胸から血が滲み、彼の服を赤黒く染めていく。

 防御する間もなく撃たれたのは間違いなかった。


「魔法使いを殺すなら、魔法で対抗するより鉛玉でぶち抜いた方が早いんだよ」


 拳銃を手にしたアルバが吐き捨てる。

 シグルズは力なく倒れてしまった。


「あ、ああ……!」

 

 こんなものを隠し持っていたとは知らなかった。

 シグルズが現れた時、アルバが逃亡しなかったのは、諦めたのではなくこの為だったのだ。


 傷口からは血が止まらず、シグルズの目はうつろで言葉も発していない。


「いや、いやだ、シグルズさん……!」


 治癒魔法をかけなければ。


 今ならまだ間に合う、でも、失敗したら?

 どうすれば、どうしたら。


 分からない、どうしてこんなことになってしまったのか。


 衝撃のあまりオルテンシアの頭の中は真っ白になって何も考えられなくなり、ただシグルズに縋り付く。


「そんな男のために泣くなんて、君は本当に馬鹿だね」

「あなたに何が分かるの……!」


 取り乱したまま、オルテンシアは叫ぶ。

 

「分かるさ。僕は君の知らないことだって全部知ってる。この男が、最初から君の正体を知って近づいて来たことだって知ってるよ」


 アルバは笑いながらそう言った。


「……は」


 嘘だ。

 アルバがオルテンシアを動揺させるために嘘をついているのだ。

 そうに決まっている。

 

「なに、いって」

「この男は君がアルクメオンの娘だと知ってたんだ。こいつも僕と変わらないんだよ」

「違う……それは、絶対に違う!」


 だが、オルテンシアは否定しながら、ある心当たりがあった。


 『依頼人の娘』――――エドアルドとシグルズの会話の内容だ。


 二人がオルテンシアの知らない秘密を共有しているのは分かっていた。

 それがどんな内容かは、考えないようにしていた。


 人には知られたくないことがあるからだ。オルテンシア自身もそうであった。

 けれども、彼らの知られたくないことがもしオルテンシアに関することであったとしたら。


「違う! シグルズさんはそんな人じゃない!」


 嫌な考えを必死にかき消そうとする。

 

「何も違わないさ。こんなに喚くなんて、よほどこいつに夢を見ていたようだ。結局、君はアルクメオンの名からは逃げられないんだよ」

「いいえ……例えシグルズさんが私のことを知っていたとしても、あなたみたいに私を傷つけたりしなかった!」


 オルテンシアはひたすらに怒りをぶつける。


「あなたみたいに私を支配しようとなんてしなかった。シグルズさんの前なら、いつだって私はただの『オルテンシア』でいられた。勝手に逆恨みして、こんな馬鹿げたことをするあなたなんか、何もかもが違うの……!」


 確かに、オルテンシアはアルバのことを蔑ろにしていた。


 だが結局、アルバもオルテンシアを家の名前や成績でしか見ていない。


 もし、アルバが甘い言葉でオルテンシアを意のままにしようとするのではなく、本音をぶつけて喧嘩でも出来たのなら、違う未来はあったはずだ。


「ああそう、たしかに違うみいだね。君に愛されなかった僕とこいつじゃ、違うようだ……」


 アルバは力なく低い声で笑い続ける。

 狂気じみた様子のまま、オルテンシアの首を掴むとそのまま持ち上げる。


「かはっ……!」


 抵抗してもアルバの力には叶わず、呼吸ができなくなる。

 泣きながらアルバを睨んだが、彼は一切構う事なく力を強める。


「レクス・ヴィールス」


 アルバの呪文と共に、指輪の魔石が青く光る。

 

「うぅっ……!」


 こんな状況だというのに、突然、全身から力が抜けていく。


 目の前がちかちかと点滅するようで、痛みが消える。いや、感じられなくなったのだ。

 頭がぼうっとして、酩酊感のようなものに襲われる。

 

「結局、君にとって僕は取るに足らない存在なんだろう!」


 アルバは目の前だというのに、声が遠く聞こえる。

 オルテンシアは、自分の体の中から魔力が失われていくのを感じていた。

 このままでは、数分後には全て奪われているだろう。


 レステの街に戻ってきてからの思い出が走馬灯のように頭の中で溢れ出す。

 博物館もまだまだ始まったばかりだ。やりたいこともたくさんあった。


(まだ……倒れるわけには……)


 その思いとは反対に、まぶたは下がっていく。

 暗くなる視界の端に……赤い光が見えた。


「――――ガルドル・ヴィタドール!」


 瞬間、アルバの手がオルテンシアの首から離れる。

 よろけながらも着地すると、何が起きたのか理解した。


「修復士が自分の体も治せないとでも思ったか?」

「お、前ッ……!」

 

 銃弾に倒れたはずのシグルズが、アルバを魔法で拘束している。


 床に広がる赤い紋様……いや、ルゥス古代語が魔法陣となり、現れた鎖がアルバの四肢を抑えていた。

 シグルズはしっかりと両足で立っており、つい先程撃たれていたとは思えないぐらいだ。


「シグルズさん……!」

「無事か? 時間がかかってすまない、もう大丈夫だから」

「よかった、シグルズさん、死んじゃったのかと、本当に……よかった!」


 オルテンシアは我を忘れてシグルズに抱きつき、声を上げて泣く。


 抱きつかれると思っていなかったのか、シグルズは驚きつつも、オルテンシアを抱きしめ返した。

 

「オルテンシアを置いて死ねないさ。ほら、君の服が汚れてしまう」

「そんなのどうだっていいんです……!」


 出血は止まっているようだが、服にべったりと付いた血はまだ乾いていない。


 それでもオルテンシアはシグルズから離れたくなかった。彼の鼓動をずっと感じていたかった。


「ルゥス古代語……自分の血で書いたのか」


 呆然としたまま、アルバが足元を見て呟いている。

 

「魔法で少し手を加えただけさ。撃つなら次は頭にしておくべきだったな」


 すっかり安心してしまいそうだったが、まだやるべきことは終わっていない。


「アルバさん、その指輪、返していただきますね」

「好きにすればいい」


 鎖で縛られたままのアルバからは、攻撃する意思さえ感じられなかった。

 シグルズが指輪を抜き取ると、オルテンシアに渡す。


 オルテンシアから奪い取った魔力があれば鎖を破壊するっこともできそうだが、アルバの表情からは感情が読み取れない。

 

「馬鹿だな。その男と結婚したところで、君は幸せになんかなれやしないよ」

「どうでしょう。少なくとも、それを決めるのはあなたではありません」


 オルテンシアがそう言うと、アルバはオルテンシアを嘲るように笑った。

 

「それと……ごめんなさい。自分の事ばかりで、あなたに向き合えなくて。あなたを傷つけてしまったこと、謝ります」


 仲の良い友人だった時もあった。アルバに認めてもらえることで、自尊心を満たしている時もあった。


 けれど、どうしたって、オルテンシアとアルバはいびつな関係でしかいられなかった。


 別れを告げるように、オルテンシアはアルバに謝る。

 

「本当に嫌な女だな、君は」

 

 アルバはそれきり、下を向いてオルテンシアを見ようとしなくなった。


「……ああ、でもこれで、君にとって僕は忘れられない男になったわけだ。君の心には、僕が付けた傷が一生残る。なんて素敵なことだろうね」

 

 うわ言のようにアルバが呟いている。

 

「帰ろう。エドアルドに人を連れてくるよう伝えてある。もうすぐ来るだろう」

「はい……」


 シグルズがオルテンシアの肩を抱きながら支えてくれる。

 この先、アルバの心が救われる日が来るようにと、オルテンシアはただ思うことしかできない。

 

「可愛い僕のオルテンシア……愛してるよ。僕だけが、君を愛してあげられる」


 オルテンシアは、もう振り返らなかった。

 

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