第01話:私メリーさん今大聖堂にいるの
- 失われし伝承 -
旗は燃え、城壁は崩れ、王は古き呪いに苦しむ
女神の祠は硬く閉ざされ、願いは届かない
祭壇は朽ち、果てゆき、赤き天蓋が空を覆うだろう
人々は逃げ惑う、逃げる先に厄災があるとも知らずに
忘れられた都で、黒き獣は贖罪を探し続ける
大地に毒が溢れようとも、彼女は道を違えない
希望の光を掲げよ、世界が絶望の闇に沈む前に
* * *
「これより治療師見習いメリーの裁判を行う!」
打ち鳴らされた木槌の音が、大聖堂に高く木霊した。
「この場にいる全ての者は光と癒しの女神ニトに誓い真実のみを語ること。誓う者は聖句を唱えよ」
「「「メイベル」」」
大きな吊り灯が照らす室内の奥には、ニト像が微笑みを湛えている。
しかし、像の手前に座る荘厳な典礼服を纏う教皇の目はどことなく厳しい。
その視線の先には教皇とは対照的に簡素な修道服に身を包んだ女性、メリーが立っていた。
肩まである薄桃色の髪は綺麗で艶もあるが、梳いただけで髪飾り一つ付けていない。元々の顔立ちも良いのに化粧っけもまるでない。
彼女は孤児の出だ。聖術の素質は目覚ましいものがあるが、普段は一人で本を読むか黙々と掃除に励むばかりで、他者と積極的に言葉を交わすことは無い。
だが、佇まいは美しく、このような場所にあっても背筋を伸ばし凛としている。
だが、両手に掛けられた枷は、このような場所での彼女の立場を明示していた。
「罪状を述べよ」
司祭が立ち上がり、メリーの罪状を読み上げる。
「ニト様は次のようにお言葉を残しております。『もしこの世がどうにもならんなってもうたら、聖石を手ぇに取るとええ。聖女の力を授けたる』と。
しかし、現在の世は概ね平穏であり、聖女の力など必要とされておりません」
メリーの表情が僅かに歪むが、それに気づいた人はいなかった。
「それに『癒しの力』とはいえ神の力の一端、それは人の手には余るものであることを、今までの聖女が証明しております」
「うむ」
「にもかかわらず被疑者メリーは、昨夜聖堂をこっそりと抜け出し、中庭で聖石を探していた疑惑が掛けられております」
「それは確かか?」
「証人がおります」
聖山アルナプルナは常に高い聖気に満ちており、特に濃度の高い頂上では聖気が結晶化して聖石が生じる。
聖石を媒介にニトから加護を授かったのが、聖女の始まりだ。その系譜はやがて血統へと受け継がれ、現代に続く。
しかし、血が薄れた影響か聖女へ覚醒する女性も減少しており、200年前を最後に聖女は報告されていない。それでも人々は「神の力は災いを招く」として、聖石を禁忌としている。
禁忌を犯す者への刑罰も厳しく、ライプニャーナの生まれた場所と噂される『ルーの深穴』へと永久に幽閉される。
「では証人をこれへ」
白を基調に金縁で装飾された外套を、鎧の上から纏った男性が進み出る。
整った顔立ち、金色の髪は短く綺麗に切り整えられており、立っているだけでも醸し出される気品は、名乗らずとも貴族階級の出自と分かる。
「名前と所属を述べよ」
「マヌル・レイナードと申します。聖堂騎士をしております」
聖石はアルナプルナの頂上でのみ生成される。しかし、直接取りに行くことはできない。「恩恵が過ぎれば害に転ずる」という言葉が示す通り、上域では過ぎた聖気が体に障るのだ。
聖石は子どもの掌ほどの小さな結晶で、山頂の強風に押され山肌を転がり落ちることがある。
マヌルが日々見回る大回廊『ニトの首飾り』の真の役割は、それを受け止めることだ。
「うむ。では証言を述べよ」
「はい。昨夜、俺……いえ、私は回廊の見回りをしていたのですが、中庭から物音を聞き急いで駆けつけました」
男性聖堂騎士は回廊の見回りだけでなく、聖石の回収・隔離も業務に含まれている。中庭に意識が行くのも自然といえた。
「そして目撃したのです、携灯の光の元、桃色の髪の女性が何か探し物をしていたのを! あの桃色頭はメリーに他なりません!」
「桃色頭……」
「そのような言葉遣いは慎め。ニト様の御前であるぞ」
「っ……申し訳ございません」
「では改めて問う。なぜ捕縛しなかった?」
「それが……捕縛しようとしたのですが、先に感づかれて逃げられてしまいました」
「なるほど、確かに今大聖堂にいる桃色の髪の女性はメリーしかいないな。しかし、それだけで彼女と決めつけるのは早計ではないか?」
教皇が懐疑的になるのも無理はない。大聖堂は並大抵の努力で入門できる場所ではない。
聖石を探すなど、その努力を無駄にするどころか、将来すら投げ捨てる行為に等しい。メリーがそれを理解していないはずがない。
「な、何を言うのですか! 桃色あた……髪の女性はメリーしかいないと言ったばかりではないですか!」
「マヌルよ、話を聞く限り距離もあったようだし、薄暗い携灯の元でのことだろう? 本当に桃色の髪であったと、メリーであったと断言できるのか?」
「う、ぐ……申し訳ございません……確かに断言できる証拠はありません。しかし……中庭で人影を見たのは事実です……」
「マヌルの担当区画は?」
「南東です」
「南東か……治療師見習い達の寮室の近くだな。他の南東担当の騎士はどうだ?」
「マヌルが警告したり、走って行く姿を見た者はいます。ただ、マヌルの言う怪しい人影を見た者はいないそうです」
「メリーはなんと?」
「寝ていた、とのことです」
「ふむ……」
教皇は長い髭を撫でながら考える。
マヌルの証言にはあやふやな点が多い。それに「マヌルがメリーに迫っていた」という話は何度か教皇の耳にも届いている。
迷惑をしているならば対処せねばと、神官を通してメリーに事情聴取もしてみたが、彼女は口を噤んで何も語らなかった。
メリーの性格からして、マヌルの誘いに乗るとは思えない。報復……いや、マヌルも聖堂騎士だ。そのような幼稚な理由で、聖石の件を持ち出すだろうか。
「メリーと同室の者は?」
「はい。すでに話は聞いてありますが、本人の口から直接聞きますか?」
「うむ、これへ」
歩み出たのはメリーと同じ簡素な修道服を着た女性だ。彼女の髪色は黒く、メリーの明るい薄桃色の髪とは対照的だった。
しかし、黒髪は綺麗に結わえられ、明るめの髪飾りが添えられている。顔にも自然に見える程度の化粧が施され、この点においてもメリーとは対照的だった。
「そなたはリリアーヌだったな」
「はい。2級治療師見習いのリリアーヌと申します」
リリアーヌは人好きのする笑顔を浮かべ挨拶をする。
大聖堂では能力に応じて1~5級に分けられ、最低の5級でも一人前の治療師と同等の力を持つ。
2級のリリアーヌは一人前どころか熟練の治療師と比べても遜色ない、いや、それ以上の実力を持っている。教皇から名前を覚えられるのも当然といえた。
「では証言を述べよ」
「はい、既に紹介があったとおり私はメリーと同室です。司祭様からお話を伺い、心当たりがありますので証言させていただきます。
正確な時間は分かりかねますが、昨夜何かが動く気配を感じ目を覚ましました。暗闇の中、耳を澄ませていると、足音が部屋から外へと続いて行きました。
起き上がって部屋を見渡すとメリーの姿がありませんでした。以上にございます」
「なるほど。メリーが部屋に戻った時刻は?」
「すみません、厠(トイレ)へ行かれたのだと思い、そのまま眠ってしまったようです。次に目を覚ましたのは今朝でございます」
「ふむ……」
黒色の髪は国によっては不吉とされているが、リリアーヌはその印象を吹き飛ばすかのように明るく、よく喋る。他の騎士や神官からの評判も悪くない。
明るい髪色に反して無口で何を考えているか分からないメリーとは真逆の2人だが、お互いに相手に対しての悪口を聞いたことは無い。
(何を考えているか分からない……か)
「……ジーニス司祭はいるか?」
「はい、ここにございます」
上質な司祭服を着た初老の男性が進み出る。教皇も良く知る人物であり、信頼できる人間だ。
「そなたは、昨日夜番の担当だったな」
「はい。その通りです」
「担当区画は?」
「南東でございます」
メリー達の寮室から中庭に出るためには、ジーニスの居た執務室の前を必ず通らねばならない。
「今朝、報告を受けた件について聞きたい」
「はい。執務室は知っての通り中庭に面しております。昨夜気配を感じそちらを見た所、携灯の光のようなものが見えました。
見回りの騎士にしてはおかしいと思い、窓を開け確かめたところ、ふっと消えてしまいました」
「時刻は?」
「二の刻を半分過ぎた頃です」
「侵入者の形跡はなかったのだな?」
「はい。すぐに辺りを改めましたが、形跡は認められませんでした」
「マヌルよ、今一度問おう、不審な人影を見たのはいつ頃だ?」
「三の刻を少し過ぎたあたりです」
「ジーニスに問う、その後はどうであった? マヌルの証言にある逃げた何者かがメリーであればそのまま寮室に向かうと思うが?」
「……そういえば小さな音と気配を感じました。執務室の扉を開けて確かめましたが、その時には誰もいなかったため聞き違いかと思っておりました」
ジーニスの証言は、メリーにとって不利なものだった。
しかし、メリーは眉ひとつ動かさない。
人形の方が、まだ表情があるようにすら思えてしまう。
その計り知れない沈黙が、かえって教皇の疑惑を深めていった。
「……ふむ、証言を合わせると二の刻を過ぎた頃にメリーは寮室を抜け出した。このときリリアーヌに抜け出した所を見られている。
中庭に出るときは足音に気を使いながら歩いていた。だが、ジーニスが携灯の光に気付き、窓を開けたため、その音に慌てて隠れた。
しかしその後、聖石を探している最中にマヌルに見つかり、急いで逃げ帰らなければならなくなった。このときは焦っていたため、足音をジーニスに聞かれてしまったと……
なるほど筋は通っているな。だが証言だけでは確定はできぬ、これを裏付ける証拠はあるか?」
「ございます」
短い一言が室内を貫いた。リリアーヌが神官に目配せすると、頷いた神官が薄手の着物を差し出す。
「こちらメリーの夜着でありますが、服の裾が土で汚れております。お確かめください」
若干驚いた教皇だったが、差し出された服を司祭と一緒に詳しく検分する。
「確かにメリーの名が刺繍されているな……これが土汚れか…………擦ったような跡もあるな……場所は、肩か」
「逃げる時に石壁にでもこすったのではないでしょうか?」
「なるほどな」
「これは決定的な証拠でしょう、寝てるだけではこのような汚れは付きませぬ」
「……全ての証拠を合わせると、メリーが聖石を探していた可能性は高いな。メリーよ、本当に探していたのか?」
教皇の向ける視線の厳しさが強くなる。しかし、その奥には否定して欲しいとの願いが混じっていた。
「…………」
「何故黙っている?」
「…………」
だが、教皇の願い空しくメリーは黙っている。それは諦めか、それとも肯定か……
「マヌルの証言に反証はあるか?」
「…………」
「リリアーヌの証言に反証はあるか?」
「…………」
「夜着の土汚れを説明できるか?」
「…………」
「沈黙はこれらを事実と認めることを意味する。よいのか?」
「…………」
「…………彼女の持ち物は調べたか?」
「はい。嫌疑が掛かった段階で、彼女の部屋含め周辺を調べてあります」
聖石の所持は重罪である。速やかに調べなければ、隠される可能性もある以上、嫌疑の時点で徹底的に調査される。
もし、ここで聖石が見つかっていれば、裁判など行われることもなく、即座に深穴へと連れていかれたであろう。
「結果は?」
「ございませんでした」
「彼女の衣服を改めよ」
「はっ」
「手を」
メリーが求められるまま手を差し出すと、手枷が外され自由になる。勿論、疑いが晴れたわけではなく、服を脱がせるためだ。
数人がかりで彼女の服を脱がせて調べる。着ている修道服だけでなく、下着も靴も全てだ。
当然メリーは全裸を衆目に晒すことになるが、彼女は黙って立っている。調べる神官達も彼女には目もくれていない。
色目で見ているのは、マヌルをはじめ若い騎士くらいだろう。
数分後、再び服を着せられたメリーと教皇が対峙する。
「聖石は見つかったか?」
「いえ、見つかりませんでした」
「そうか」
ここまでされても、彼女は一言も発さなかった。
(……なぜだ、なぜ何も語らぬ…………まさか!)
教皇の目が見開かれる。
「まて、口を開けよ!」
「…………」
「どうした口を開けて見せよ!」
メリーは観念したように口を開ける。
だが、そこに教皇が求めるようなものは何も無かった。いや、何もないならその方が良い。
「…………よろしい、口を閉じよ」
教皇は、ゆっくりと腰を下ろした。
「聖石の所持は重罪である。もし、判明すればルーの深穴へと幽閉であるが今のところ所持しているようには見えぬ。しかし、探そうとした疑いは極めて濃厚である」
「メリーよ、何か異議申し立てはあるか?」
「……」
「聖石を所持せずとも、探すような人間をここに置いておくわけにはいかぬのだぞ」
「……」
メリーは何も喋らない。無表情に教皇を見つめたままだ。
教皇も視線を受け止めるが決断が揺ぐことはなく、重く息を吐いて判決を告げる。
「1級治療師見習いメリー! そなたを大聖堂から追放処分とする!」
木槌の音が再び大聖堂に木霊した。
「…………お世話になりました」
次話 3/19 18:00頃 予定です




