05.剣士と治癒師のペア
三年生からは、〈実戦訓練〉の授業が始まる。
午後の授業は、クラスの皆にとっても初めての実戦形式での訓練になるらしい。
お昼休憩から戻ると、ロイクとエリシアがティニアを待っていてくれて、それを教えてくれた。
三人で演習場に向かいながら、二人は卒業までの過程を楽しそうに説明してくれる。その様子を見ているだけで、普段からどれだけ仲がいいのかが伝わってくるようだった。
もちろん、二人が親切心から話してくれることは分かっている。
けれど、二人の楽しそうな会話に、「入試前の学園の案内説明で、それくらい聞いていたわ」なんて言葉が、何度も喉元まで込み上げてしまう。
「初めて会った時から、『この人とペアを組むかも』って思ったのよ」
「それは光栄だね」
そんな会話で笑い合う、二人の思い出話なんて聞きたくはなかった。
仲のいい二人に嫉妬して、心がじわりと陰っていく。
二人が話す卒業までの過程は、これまで『二人で』過ごしてきた時間と、これから『二人で』同じ目標に向かっていく過程だ。
二人の世界に、ティニアが立つ場所はどこにも見つからなかった。
ティニアがロイクのペアに選ばれることは、絶対にないのだと、改めて思い知らされるようだった。
アストラ学園の授業は、学年が上がるほど厳しさを増していく。
ペア同士の深い絆があってこそ、乗り越えることができる試練だ。
ティニアが飛ばした一年と二年は、〈基礎課程〉と呼ばれる期間だった。
ここで学生たちは、自身の適性を見極めながら、初めてのペアを組むことになる。
ペアはまだ『仮』であり、相性の良さを見極めるための学びの期間でもある。
二年の〈基礎過程〉を終えるまでに、交代はいくらでも可能だが、進級基準を満たしたペアだけが、三年へと進級できる。
三年からは〈実戦課程〉となり、実戦を想定した訓練授業が中心となる。ペア同士の対戦型の授業だ。
三年では特に、年に数回行われる、〈訓練評価試験〉の成績が重要視され、治癒魔法や剣技といった実戦能力に加えて、ペアとしての相性も評価対象になる。
ここでの一年間の累積評価が、進級の可否を左右して、基準を満たしたペアだけが四年へと進級できる。
最終学年の四年では、卒業資格を得るための、〈現地実習〉に参加が許される。
そこで成果を出した者だけが、正式な剣士や治癒師として認められ、卒業となるのだ。
したがって、三年の授業はどれも本気で取り組まなくてはならない。
どんな訓練も、どんな一戦も、すべてが次の〈評価試験〉に繋がっている。
ロイクとエリシアは、一年の〈基礎過程〉で最初に仮ペアを組んだ時から、その相性の良さを高く評価されていたらしい。
「私たち、クラスのみんなや先生たちからも、一年の時からペアを公認されているのよ。ね、私と相性の良い剣士さん、そうでしょう?」
エリシアがいらずらっぽく微笑むと、「まあ……ね」とロイクも苦笑していた。
「私たちね、「必ず二人で四年に進級して、最短での卒業を目指そう」って、一年の時から約束しているの。だから今日からの授業も、全力で挑むつもりよ。
ティニアさんも、私とお兄さんのこと、応援してね。私たちもティニアさんに相応しいペアが見つかるように、全力で応援するつもりよ」
―――そう言ってエリシアは、眩しいほどの笑顔をティニアに向けた。
ティニアは、エリシアのその言葉を聞いても、何も言わないままでいる、ロイクの顔を見ることもできなかった。
(ロイクは、本当は私とペアを組むつもりなんてなかったんだわ。私と同じクラスになるはずがないと信じていたから、今まではあんな風に言えたのね。
この二人の間に、私が入り込める隙なんてない。私は本当に、ロイクの『妹』でしかなかったんだわ……)
エリシアを初めて見た時から、薄々感じていたことが、現実として目の前に突きつけられるようだった。
喉の奥が詰まり、息を吸うだけで涙がこぼれそうになる。
(絶対に泣かない!泣いたりしない!)
ぐっと唇を噛み締めて、そう自分に言い聞かせる。
ずっと一人で勘違いをしていた自分が恥ずかしかった。
勘違いを続けて――三年生のロイクの教室にまで追しかけてしまった自分が、どうしようもなく滑稽に思えた。
大声で泣き出したいくらい胸が痛むが、そんなことはできない。
こんなところで泣き喚いたら、それこそ子供だ。
「………そうですか」とかろうじて返した言葉は、思った以上に低く暗い声だった。
だけどお腹の底に力を込めて、溢れ出しそうになる涙を堪えてみせた。
「ティニア。休みの日はティニアの練習に付き合うよ。だから、授業の間はエリシアの動きを見て、勉強をするといいよ」
演習場に着いたとき、ロイクが優しい声をかけてくれた。
何も話さないティニアに、ロイクは気遣いの言葉をかけたつもりなのかもしれない。だけど何一つ受け入れたいものはなかった。
今までの休みに一緒に過ごしていたのは、ティニアにとってはデートのつもりだった。
だけどロイクにとっては、妹と遊んであげるような感覚だったのだろう。彼にとっては、お出かけの付き合いが、練習の付き合いに変わっただけだ。
しかもロイクは、ティニア自身のやり方を学べと話すのではなく、自分の隣にいるエリシアを見て学べと勧めている。
だけどティニアの治癒魔法は、学校で学ぶやり方と違う。
ティニアがエリシアから学べるものなんて、一つもない。
「休みの練習……は大丈夫。練習はオリオン兄さんが、いつでも付き合ってくれるもの。次の休みから、兄さんとの練習を頑張るわ。ロ……気にしないで」
「ロイク」と呼びかけた唇をかみ、ティニアは彼の顔を見ずに断った。
ロイクとは、次の休みに会う約束だって、もうしている。
それでも――今日のまま会えば、何かひどい言葉を彼に投げつけてしまうかもしれない。
(後で後悔したくないもの。だったら、会わない方がマシだわ)
ロイクに視線を向けることなく、ティニアは自分自身に言い聞かせた。
きっと今はもう、ロイクはエリシアを見ているはず。
そんなロイクの姿を見るくらいなら、いっそ目をそらしたままの方がマジだった。




