06.「可哀想」な彼
学園の中庭の奥にある演習場は、戦いのためだけに整えられたような場所だった。
草の一本も生えていない乾いた地面が、どこまでも広がっている。
ピュウッと吹いたつむじ風が、乾いた砂埃を巻き上げ、小さな渦を巻いていた。
まるで、ここだけが学園とは別世界であるかのようだ。
すでに演習場に集まっていたクラスの生徒たちは、手慣れた様子で、それぞれの準備へと取りかかっていた。
剣士たちは、足や腕をぐっと伸ばして身体を整えたり、手に持つ剣を念入りに見直していた。
治癒師たちは、自分の中の魔力を整えるように、静かに瞳を閉じている。
剣士と治癒師のペアは、それぞれの側にいて、互いの呼吸を合わせるように魔力を通わせていた。
その様子はまるで、他者の誰をも寄せ付けさせず、ペア同士の心を一つに合わせる儀式のようだった。
ロイクたちと別れたティニアは、二人の方を見ないようにして、やることもなく、ただぼんやりとクラスの皆を眺めていた。
当たり前だが、ぽつんと立ち尽くすティニアを気にかける者などいない。
ただ、周囲だけが戦いに向けて整っていく。
ティニアは、何をすればいいのかも分からず、胸の内に不安ばかりを積もらせていた。
自分だけが置いていかれている。
―――そんな気がしてならなかった。
どれほど長くそこに立っていたのか、時間の感覚さえ曖昧になりかけたころ、ようやくイザーク先生が演習場に姿を見せた。
その隣には、もう一人の教師がいる。
(あの人は確か――四年生の担任の、マリウス先生だわ)
イザーク先生と並んで歩いているのは、つい数日前の入学式で見かけた、兄のオリオンの担任だった。
(四年生のクラスと、合同練習でもあるのかしら?)
ティニアがぼんやりと二人の教師を眺めていると、イザーク先生と目が合った。
「ティニア、こっちへ」
「あ――はい!」
急に名前を呼ばれて、体が跳ねた。
ティニアは弾かれたように返事を返し、慌てて二人の教師に駆け寄った。
「ティニア。午後の授業は、こちらのマリウス先生に付いていってくれ」
「マリウス先生に……ですか?」
戸惑って聞き返したティニアに、イザーク先生が眉を下げた。
「三年の生徒は、もう全員ペアが決まっていてな。本当は俺がペアを組んで訓練に付き合おうと思っていたが……」
そこで一度言葉を止め、イザーク先生はちらりとマリウス先生に視線を送った。
マリウス先生は特に表情を変えず、ただ静かに頷いている。
「実は四年に、少し可哀想な奴がいてな。悪いが今日は、そいつをサポートする形で授業を受けてくれないか?」
「可哀想な奴―――ですか?」
ティニアは、(どういう意味かしら)と首を傾げて聞き返す。
「ああ。去年まで俺の生徒だった奴だ。今まで誰ともペアを組めないままに、四年に上がっちまった剣士がいるんだ。
このままだと、一生治癒師の存在価値を知らないままに卒業しちまいそうなんだよ。……憐れだろ?」
イザーク先生の、茶化すような軽さと、どうしようもない本気が混ざったその声色に、ティニアはゆっくりとまばたきをした。
それは、確かに可哀想だと思う。
治癒師とペアを組まなくても、四年まで進級できたなら、その剣士はきっと強い。
相当の実力者だと、ティニアにも想像できる。
けれど―――
(学生生活のこの三年間を、誰ともペアを組んでもらえなかった、なんて……!)
それはあまりに孤独な学園生活だ。
たった半日、孤独な時間を過ごしただけのティニアだって、すでに泣きそうなのだ。
こんな思いを三年も続けていたなんて、可哀想すぎる。
胸が痛くなるほどだった。
もちろん相手は、相当の剣の腕を持っている。
なんの経験もないティニアがペアになったところで、実技の上で、その剣士の役に立つことはないだろう。
だけど、その孤独くらいは埋められるかもしれない。
「私がどれだけ役に立つかは分かりませんが、よろしくお願いします。――あ」
言いながら、ティニアはふと胸に浮かんだ言葉を口にする。
「……あの、もしかしてその可哀想な方って、うちの兄のオリオンでしょうか……?兄は確かに変人ですが……兄なら、一人でも大丈夫だと思います……」
答えながら、声がどんどん小さくなっていった。
まさか兄妹揃って「可哀想な枠」なのだとしたら……と考えると、いたたまれない気持ちになる。
「オリオンではないよ」
ティニアの言葉を聞いたマリウス先生が、苦笑しながら、はっきりと首を振った。
「アイツは規格外だからな、一人で十分やっていける。というか……今朝もアイツは『妹と一緒にペアを組ませてください!』って駄々をこねて、こっちは大変だったんだ」
思い出しただけで疲れたらしく、マリウス先生はふうっと長いため息をもらした。
「また別の奴だよ。そいつも変わり者だが、ティニアの話は通して了承を取ってるから安心するといい。これも人助けだと思って、よろしく頼む」
「……あ、はい」
ティニアはただ小さく頷いた。
どうやら兄のオリオンが、お昼休憩前に話していた、
「僕の担任のマリウス先生に捕まってだんだよ〜」という言葉は、正確には――
(オリオン兄さんの方が、マリウス先生を捕まえてゴネていたのね……)
――そういうことらしい。
これ以上は何も言わない方がいいと判断して、ティニアは大人しくマリウス先生の後をついて歩き始めた。




