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妹なんてお断り!  作者: 白井夢子


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18/22

18.兄のような彼と、妹のような私


「ティニア!」


ガラッ!と勢いよく扉が開いた。

突然の声に、ティニアの肩がびくりと跳ねる。


「……びっくりした。ロイク?珍しいね、ひとりなの?エリシアさんは?訓練は終わったの?」



早口になる自分に気づきながらも止められなかった。

落ち着かない気持ちを誤魔化すように、言葉ばかりがあふれた。


教室に駆け込んできたロイクは、額にうっすらと汗を滲ませ、息を切らしている。

演習場からここまで駆けてきたようだ。


ロイクはティニアの問いに答えることなく、まっすぐに歩み寄る。そして、そっと覗き込むように、ティニアの目を見つめた。


「ティニア……泣いていたのか?試験が中止になったのも、仮想魔物生成装置が壊れたのも、ティニアのせいじゃない。気にすることはないよ」


――違う。


慰めるように、ロイクは優しい声をかけてくれた。

自分では気づかなかったが、もし涙目になっているなら、それは落ち込んでいたからではない。

責任を感じて、泣いていたわけでもない。


ヴァルドへの気持ちを自覚して、涙が滲んでしまうくらいに、どうしようもなく恥ずかしかったからだ。



「…あ、うん。ありがとう」


だけどそんなことをロイクに説明できるはずもなく、ティニアは誤魔化すように、曖昧に頷いた。



「……戻ったんだね」


「あ、うん。オリオン兄さんとヴァルドさんは、まだ学園長室なんだけどね」


続けてかけられた言葉に、ティニアも言葉を返す。



「いや、そういう意味じゃなくて……あ、いや。そんなことより、ティニア。

やっぱりヴァルドさんとのペアは解消した方がいいんじゃないか?

ヴァルドさんは元々ペアの必要がない人だし、あの人に合わせた訓練は、ティニアに危険があるよ。

もしペアを組むなら、オリオンさんの方が安全だ。オリオンさんなら、どんな危険があっても、真っ先にティニアを守ってくれるよ。だから僕が卒業するまでは―」


「ロイク!」


鋭くも、柔らかい声でロイクの名前を呼んだのは、教室の入り口に立ったエリシアだった。


彼女も息が乱れている。

ロイクを追いかけて、演習場から走ってきたのだろう。


「……もう、ダメじゃない。そんなことを言って、ティニアさんを困らせちゃダメよ」


エリシアは真っ直ぐにロイクを見つめながら、話しかける。


「ロイク。ティニアさんの、せっかくの成長の機会を奪っちゃダメよ。さっきの試験、ロイクだって見てたでしょう?

ティニアさんは、ヴァルドさんと共に、成長していくべきよ。そんな過保護じゃ、()()()()()()とは言えないわ。

ねえ?ティニアさん、()()()()あなたからも、ちゃんと言ってあげて?」


「あ、はい」


振られた言葉に、ティニアは思わず頷いた。





もう長い間、ずっと挨拶することもなかった二人だった。


こうして長く距離を置いたあとに話してみると、ずいぶん上の存在に思えた二人に、ティニアの心はもう騒つくことはなかった。


エリシアが、ロイクを『ティニアのお兄さん』として呼ぶことも、ティニアを『年下の子ども』のように扱うことも、今は全く気にならない。


(これって……ヴァルドさんのおかげかも)と、気がついた。



いつも一緒にいるヴァルドは、ティニアを『年下の妹』扱いすることはない。


4歳年下で、訓練初心者であるはずのティニアを、いつも対等な相手として見てくれる。

それは訓練の最中も、はっきりと感じられている。


休日に訓練に付き合ってくれているカーディン騎士団の騎士たちに、兄のオリオンが容赦く剣を振り下ろすたび、ハラハラするティニアの代わりに、ヴァルドはいつもほどほどのところで、兄の暴走を止めてくれる。

ティニアの立場に立って、兄を見てくれる人だ。


確かに、剣の才能があるヴァルドのペアになるということは、それだけ危険な魔物と対峙することになるかもしれない。


だけどティニアはヴァルドの剣を信じている。

それに、もしティニアに危険が迫ったとしたら、ヴァルドは迷わず駆けつけてくれるだろう。


もちろんティニアだって、ヴァルドに危険など寄せ付けるつもりはない。




ティニアは頭の中を整理するように、ゆっくりと言葉にした。


「ヴァルドさんも、真っ先に私を守ってくれると思うわ。……でも私は――。

守られるんじゃなくて、もっと強くなって、()()ヴァルドさんを守りたいの。

だから大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


話しながら恥ずかしさに耐えられなくなって、ティニアは急いで話題を変える。


「あのね、さっき学園長に言われたの。明日から、オリオン兄さんとヴァルドさんと、四年生に上がりなさいって」


ロイクの表情がわずかに揺れたような気がした。


妹だと思っていたティニアが、気づけば追い越していたのだ。

ロイクの動揺が分かる気がしたが、それは口にするべきことではない。


「魔物について勉強はしていたつもりだけど、実際に見るのは違うのね。私、これからは魔物を怖がらないための訓練をするわ。

ロイク兄さん、エリシアさん、今日は本当にごめんなさい」


『ロイク兄さん』という言葉が、自然と口から出た。


ロイクはティニアの呼びかけに、目を見開いた。

初めての呼びかけに驚いたのだろう。


ティニアは少しおかしくなって、謝りながらも笑ってしまった。





「守る、って言われるのは、すげえ嬉しい言葉だな。

……ありがとう。俺ももちろん、『真っ先に』ティニアを守るつもりだ」


「!!……ヴァルドさん!」


突然背後からかけられた低い声に、ティニアの心臓が跳ね上がる。

今の言葉は、間違いなくロイクとの会話を聞いていた。


「あ、あのっ……。あ――オリオン兄さんは?!」


慌てて話題を変えたティニアに、ヴァルドは少し遠い目をした。


「オリオンはなんか学園長にゴネてたよ。『僕も正式にティニアのペアに入れてほしい!』って。長引きそうだから、俺だけ先に抜けてきたんだ」


「兄さん……」


正式にペアを認めるも何も、兄オリオンは、そもそもティニアの仮ペアでも何でもない。

カーディン騎士団との訓練で、兄がティニア側に立っているのも、どう考えてもおかしい配置だった。


ヴァルドの顔を見て恥ずかしくなって、会話を無理矢理変えたつもりだったが、これはこれで恥ずかしい。


(本当に兄さんったら……!!)


羞恥心で言葉を失くしたティニアに、ヴァルドが半ば呆れたように言葉を続けた。


「あいつ、『剣士のペアがひとりしか認められないなら、魔法師になって三人でペアを組む!』って言ってたぞ。剣士と治癒師のこのアストラ学園で、今度は何を目指すんだか……。

学園長に怒られていたが、アイツ本当に魔法師になって、ペアに入ってきそうだな。

――そうなったら、しょうがないから入れてやるか?」



破天荒な兄オリオンに呆れながらも、兄を認めてくれるヴァルドは、やっぱりティニアにとって、最高に大切なパートナーだ。


「ありがとうございます……」


そんな事が可能なのかは分からないが、胸がいっぱいになって、ティニアはお礼の言葉を伝えた。





「じゃあな、ロイク。……と、そこのペアの女。俺たち、『今日は家に帰って反省しろ』ってイザーク先生に言われてるんで、もう帰るわ。試験を潰して悪かったな」


ロイクたちに向かって軽く手を上げるヴァルドに、悪気はないのかもしれない。


だけど、エリシアは誰から見ても、美しい人だ。

その整った顔が、悔しさで歪んでいるのが、ティニアの視界の隅に映った。


視線を移すことはできない。

だけど、空気に緊張が走ったことを感じる。


「ヴァルドさん……。あの…エリシアさんです……」


「ああ、そんな感じだったな。じゃあ、行くか」


ティニアは小さな声をヴァルドにかけたが、ヴァルドのその返事に、さらに空気がピンと張りつめて、ティニアの心臓がギュッと縮んだ。


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