17.ひとりいる教室で
どれだけのお叱りを受けるだろうと、ビクビクしながら付いて行った学園長室だが、結局ティニアが叱られることはなかった。
「学園長!妹は何も悪くないです!」
部屋に入るなり、そう声を上げた兄のオリオンだったが、怒られたのは兄だけだった。
「ティニアくんが悪くないことは分かってる。悪いのは、力を抑えられなかったヴァルドくんもそうだが……」
そこで、学園長の視線がピタリとオリオンに向く。
「一番の問題は、オリオンくん、君だろう?
仮想魔物生成装置がどれくらい高価なものか分かってるのかね?話があるから、後で残りなさい」
その言葉に、オリオンは不満げに眉をひそめた。
代わりにティニアが、ビクビクしながら「兄がすみません……」と謝っただけだった。
どうやらティニアが学園長室に呼ばれたのは、叱責のためではなく――
ティニアの今後について話し合うため らしい。
静かな室内で、学園長がゆっくりと口を開いた。
「ティニアくんは、すでに卒業するに足る能力を持っている。
だが、決定的に経験が足りない。だからこそ、しっかり学園で場数を踏むべきだと私は考えている。
――しかし、今ペアを組んでいる剣士の能力が高すぎて、問題もある。そこで、」
「学園長!」
ヴァルドの声が、その言葉を鋭く断ち切った。
「俺はティニアのペアを降りる気はありません!『もしティニアには他の剣士とペアを組ませろ』なんて話なら――」
ヴァルドが一歩前に出た。
「ティニアに、こんな学園の卒業なんて必要ありません。その時は、カーディン騎士団に入ってもらいます。俺が連れて行きます!」
ヴァルドの言葉に、学園長が、はああああああっ……と、深く長いため息をついた。
「……話は最後まで聞きなさい。ティニアくんの能力をここまで引き出したのは、ペアの相手がヴァルドくんだったからこそ、だ。そんなペアを解消する必要がどこにある?
正式に君たちのペアを認める。
―――だから、しっかり精進しなさい」
学園長の言葉に、ヴァルドが目を見開く。
そんなヴァルドを真っ直ぐに見つめた学園長が、言葉を続けた。
「それからだ。ヴァルドくんも、オリオンくんも。今日の『訓練評価試験』が中止になった理由は分かっているな。
これ以上君たちを三年に在席させるわけにはいかない。他の生徒の迷惑になるから、明日から四年に戻りなさい」
学園長の視線が、今度はティニアへ向く。
「ティニアくんには、二人と共に四年に上がってもらう。
――いいかね?ティニアくん」
「えっ……?あ、はい!」
ヴァルドの突然の言葉に驚いて、さらに学園長の予想外の言葉に驚愕して――
ティニアはまだ状況を飲み込めないままに、コクコクと頷いた。
学園長はそんなティニアを見て、目元を和らげる。
「では二人を頼むぞ」
かけてくれた言葉は、優しく、温かかった。
そして――
「ヴァルドくん。『こんな学園』とはなんだ。君もあとで残りなさい」
ヴァルドには、静かな声で告げていた。
「あとは――オリオンくん、ヴァルドくん、二人には、学園生の心得について、私から話をしよう。
ティニアくんは、もう下がっていい。明日からは四年生として、頑張りなさい」
学園長の言葉に促され、ティニアはひとり学園長室を出た。
ぼんやりとした頭のまま教室に戻り、扉を開ける。
ガラッ。
扉を開けると、教室の中には誰もいなかった。
今日は、『第一次訓練評価試験』の日だ。
装置の破壊で中止になってしまった試験だが、グラスの皆はまだ演習場にいるのかもしれない。
ティニアはゆっくり窓に近づき、遠くに見える三年の演習場を見下ろした。
演習場で、剣を振るう剣士たちの姿と、その後ろに控える治癒師たちの姿が見えた。
遠くて、誰が誰かは分からないが、遠目でもペア同士は連携が取れていて、二人でひとつのように見える。
視線を横に滑らせると、生徒たちを見守っているはずのイザーク先生の姿は見えない。
まだ先生は戻っていないようだけど、生徒たちは熱心に訓練に取り組んでいた。
(みんなこの日のために訓練してきたのに………悪いことしちゃったな)
ふう……とため息を落として、ティニアは自分の席に腰を落とした。
シン……と静まり返った、誰もいない教室で一人で座っていると、やっと気持ちが落ち着いてきた。
たくさんのことがいっぺんに起こって、頭が追いつかなかったのかもしれない。
軽く聞き流しまった言葉が、今になってよみがえる。
『俺はティニアのペアを降りる気はありません!』
力強く言い切った、ヴァルドの言葉が耳の奥で聞こえたような気がして、カアッ!と顔が熱くなった。
(え…?待って、待って。ヴァルドさん、他になんて言ってたっけ?
え?簡単に聞き逃していい言葉じゃなかったわよね?)
一気に頭の中が騒がしくなる。
さっきは状況に押されて流してしまった言葉たちが、次々に浮かんできた。
記憶がはっきりと、耳の奥で再生させる。
『もしティニアには他の剣士とペアを組ませろ、なんて話なら……』
『ティニアに、こんな学園の卒業なんて必要ありません』
『その時は、カーディン騎士団に入ってもらいます。俺が連れて行きます』
「〜〜〜っ!!」
ひとつ言葉を思い出すたびに、胸が跳ねた。
すでにドキドキしている気持ちが、さらに勢いを増して暴れ始めた。
言葉にならない思いが込み上げてくる。
心臓が喉までせり上がってくるようだ。
恥ずかしくて、居ても立っても居られない。
椅子から立ち上がって、「うわぁぁぁあ!」と大声で叫びたいくらいだ。
こんな季節なのに、体中が熱くて、汗が滲んでくる。
だけど―――。
とても嬉しい。
喜びが体の底から次々と溢れ出してくるようだ。
ひとつひとつの言葉が、キラキラと光る宝物のように思えた。
「私も――ヴァルドさん以外とペアを組むつもりはないわ」
自分を鎮めようと、思いをそっと声に出してみる。
けれど耳に届いたその言葉は、思った以上に強くて、ティニア自身に染み込んでいくようだった。
(これは……私の願いなんだわ)
言葉に出して、初めて気がついた。
ティニアは幼いころから、ロイクのペアになりたいと思っていた。
ロイクはいつも、強くて、優しくて、素敵で――まるで絵本に出てくる王子様のような人だ。
ティニアはロイクの婚約者だと信じていたし、三歳年上の大人のロイクにずっと憧れていた。早くロイクに追いつきたくて、必死になって努力してきた。
だけど『ロイクのペアになりたい』というあの気持ちは、『ヴァルドさんと一緒にいたい』と願う今の気持ちとは、全く別物だった。
ティニアは、ヴァルドを『憧れ』ではなく、もっと近い存在でいてほしいと願っている。
このままずっとヴァルドのペアでいたい。
ペアだけじゃなくて―――もっと近くにいたい。
誰よりも側にいたい。
(え……。待って、私……。私、ヴァルドさんのことが好きなんだわ)
突然に自覚した思いに、頭がボン!と跳ね、ティニアはひとり教室の中で固まった。
「~~~~!!!」
思わず、声にならない悲鳴が漏れた。




