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第20話「王女の求めし者」

「こ、こんな輝きは今まで一度も」

 ワルツから驚愕した様子の声が漏れる。

「いったいあなたは――」


 シンが慌てて取り繕おうとした次の瞬間。ギルド内にいたエーテライザーたちが一斉に駆け寄ってくるのが見えた。恐ろしいまでの鋭い視線を向けながら、息を呑んで後ずさるシンを取り囲むでいく。


「レイ・シモンズという、アインズギルドでは一番の古株だ。偉大なるエーテライザーとなりうる少年とぜひとも握手させてほしい」

 真っ先にシンのもとへやって来た白髪の大男が片手を差し出してくる。


「は、は?」

 目の前のごつい手と深いしわが刻まれた大きな顔を交互に見つめていると、長髪を後ろで結んだ男が間に割って入って来た。


「レイ、抜け駆けはやめてもらおう――私はニコラス・フレア、アインズギルド最大級のパーティ、『水月の守護者』で長を務めている者だ。単刀直入云おう、ぜひとも君が欲しい」


「『水月』の名を出せば誰もがなびくとでも?」今度は外套(ローブ)を目深に被った目付きの鋭い男が口を挟んでくる。「ルーベン・エリオットという。我がパーティ『百足むかで』はアインズギルド随一の依頼達成率を誇っている。駆け出しとなる君にとって最もふさわしいパーティだと断言できる」


 シンが聞き取れたのはここまでで、次から次へと名乗り出てくるエーテライザーたちと立て続けに発せられる言葉に何と返答してよいかわからず、棒切れのように突っ立っていることしかできなかった。


「ああ、うるさいやつらだね! 少年、こんな分別もない男どものパーティになんて行く必要はないよ」

 次々に押し寄せてくる人々の間から、露出度の高い長身の女がゆうゆうと現れた。

「イーリス・ステイルの名を知っているかい? ここらでその名を出せば問答無用で話が通るよ――そんな怯えた顔をしなさんなって。フロッパーをそこまで輝かせた人間なんざ、正直お目にかかったことがないからね。皆が目の色を変えてあんたを欲しがるのも無理はないのさ」


 妖艶としかいえない笑みを浮かべたイーリスは、周囲の男たちと肩を並べ、自分こそが誰よりも抜きんでた存在であると言わんばかりの態度でシンにうなずいてみせた。


「それはおまえも同じだろう、イーリス」

 白髪のレイが横目で睨むようにイーリスを見下ろす。


「当然じゃないか。こんな化け物じみた器保持者(エーテライザー)を誰がみすみす放っておくっていうんだい? ああ、化け物ってのは誉め言葉だからね」

 そう付け加え、片目で瞬きをしてくる。


「化け物ってわけでは――」

 満足に返事もできなかった。並み居るエーテライザーたちの圧に押され、フェイルがうしろにいてくれなければ尻もちをついていたかもしれない。


「確かにその言葉は的を得ていると言わざるを得ない」

「いったい何者なんだ彼は」

「どうなんだワルツ」

「わ、私もまだ手順通りの確認しかしておらず――」

 大勢のエーテライザーたちから問い詰め寄られ、ワルツは今にも消え入りそうになっていた。


「そんなことを言っている場合か。ギルドにとっては十年どころか百年いるかいないかの逸材だぞ」

「おまえじゃ話にならん、上級審査官――いや、ギルド長を連れてこい」

「はっ、た、ただいますぐに」

 ワルツが逃げるように奥へと引っ込んでいくと、ふたたび全員の視線がシンへと及んだ。


「ちょっと失礼しますよ」

 シンがどうしようもなくなっていると、隣から聞きなれた声が飛んで来た。


「こいつ、右も左もわからないままギルドにやって来た田舎者でして、今の状況がちっともわかっていないんですよ」

 シンの隣に進み出たフェイルが、遠慮がちな笑みを浮かべながら言う。


「君は……?」

「私はオルタナでこいつ――シンの世話をしているフェイルと言います。とある筋からエーテライザーの素質があると言われ、こうしてギルドまで連れてきたわけなんですが……実際申請してみたらご覧の有様で」


 シンは心の中で「ありがとうフェイル!」を繰り返しながら、目の前のエーテライザーたちに向かってぶんぶんと頷いてみせた。


「素質があるどころの騒ぎではないぞ、この少年は。宿しているエーテルの総量だけならアーゼムにさえ匹敵するやもしれん」

 レイが自身の髭に触れながら唸る。


「私も同じ見立てだ」ニコラスがすぐにうなずく。「今までアーゼムに見出されなかったのが不思議なくらいだ。君――シンといったね、年はいくつだい」

「あ、十六です」

「やはりアーゼムになるには歳が行き過ぎている。しかし、これほどの逸材が今まで誰の目にも止まらなかったとは」

 ルーベンは眉間にしわを寄せ、何かを考え込むように黙り込んだ。


「そんな細かいことはどうでもいいよ。男ってのはどうも理屈っぽくて面倒だ――シンと言ったね、あんたなら試験なんてあってないようなもんさ、必ずこのギルドに所属することになるよ。今はただでさえ人手不足だからね、どの国のギルドもエーテライザーとなりうる人材を血眼になって探している状況なんだから。そうなってくると次は()()()()()()()()()()ってことが重要になってくるんだけど……今の話を聞く限りアインズ・ギルドのパーティについてはなんにも知らないってわけだね?」

「そ、そうです」


「聞いただろ、みんな!」イーリスがまわりを見渡しながら叫ぶ。「この類まれな素質をもつ少年に相応しいど パーティはどこか、エルダ様の名のもとに公平に決めようじゃないか!」


「依存はない」レイが真っ先にうなずいた。「して、その方法は」


「今はちょうどラスティア王女の王族護衛士パレスガードの件で主だったパーティの長が集結しているからね。こんなことは十年に一度あるかないかの状況だ。ここはひとつ、長自らがシンに対し自分たちのパーティの素晴らしさについて語っていくってのはどうだい? そうは言ってもシンもすぐには決められないだろうから、一定期間考える時間を設けたあと、改めてこの場で選んでもらうって寸法さ。単独での接触、勧誘、抜け駆けはなしだ、参加する長全員がギルドに誓約してもらう」


「おもしろい、その話乗った」

 ニコラスが真っ先にうなずいた。

 

「俺もだ」。ルーベンも同調する。「どっちみち王宮からの使者がこない限り詳細もわからないままだからな、せいぜいこの時間を有意義に使わせてもらうとしよう――」


「ラスティア王女の王族護衛士パレスガードに志願されるエーテライザーの皆さま!」

 突然飛び込んできた大声に、シンを含む全員がうしろを振り向いた。


 見ると入口の扉の前に書簡スクロールのようなものを広げた人物がこちらを見渡すようにしながら立っていた。

 明らかに王宮の使いと思わしき身なりをした中年の男で、上品に整えられた髭を大きく動かすようにして口を開く。


「パレスガードたる資格、その条件について、王女のお言葉をそのままお伝えさせていただきます!」


 その言葉を聞いた瞬間、シンを取り囲んでいた人々の目付きが明らかに変わった。


「これよりひと月後に開催される闘技大会において特に優秀なる結果を残した者のうち、パレスガードたるに相応しい人格を持つ者、我が信念に応え得る者、なにより私自身が欲した者を複数任命する! 性別、年齢、出自はもちろん、これまでの慣例にあったようなギルドの階級も人数も問わない! かねてより噂されている血筋や家柄による選別といったものは一切排除することをここに宣言する!」


 そこで一度言葉を区切った王宮からの使者である男は、静まり返った場と一斉に向けられるエーテライザーたちの視線に気圧されるようにしながらも、自身の使命を果たさんと言わんばかりにもう一度口を開いた。


「我がパルスガードに求めるのは、ただの護衛にあらず! 共にこの国(アインズ)をより良き方向へと導いてゆける頼もしき国士にして同胞である! この条件、資格に値し、我こそはと思うエーテライザーたちよ! 闘技大会に結集し、存分にその力を見せつけて欲しい!」

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