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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
大決戦
98/111

喪失した記憶 前編

 ————はぁ?

 ババアの言葉が飲み込めない。

 倭国を焼いたのが、この国の魔鉱石だって?

 おいおい、それはいくら何でも無茶があるんじゃ……

「物分かりの悪い少年じゃ。これも彼奴の仕業か? 思い出せ、少年。何を憂い、何を願いこの国へと身を投じた。其方が渇望したのは、本当にそのようなものか? 其方は元よりそのような人間ではない。其方は……」

「おっと、お喋りは結構だが、俺のことも忘れてもらっちゃ困るぜ」

「っ……堪え性のない餓鬼じゃのう!」

 間に割って入った狂夜の剣をババアは何の予備動作もなく弾き返す。規格外の侍同士、次ぐ連撃すらも俺では追うことも出来ない。  

 クソが! どいつもこいつも勝手ばかり……俺が何を渇望しただと? 俺が何を憂いこの国に来たかだと? そんなものは決まりきっている。俺はもう二度と大切なものを無くさないために……


 ——あんたを殺しにきた。

 ——へぇ、おもしろいじゃん。

 ——御前、戯れが過ぎます。律、君も場所を弁えなさい。

 ——あはっ、駄目だよ、巴。この子の殺気、尋常じゃないもん。

 ——御前っ!

 ——何でもいい。あんたは必ず俺が殺す。それが俺に出来る…… 

  

 ……っ! ……何だ今のは? 突然、頭の中に流れ込んで来たこれは、いったい誰のものだ?

『思い出せ』

 頭の中に声が響く。

『本当に(おまえ)は、全てを守りたいと願ったのか?』

 当たり前だ、そのために俺は騎士になろうと……

『それが、本当に(おまえ)の望みなのか?』

 くどいぞっ! いい加減にしろっ! 俺は……

『忘れるな……(おまえ)の原初はそこにない』

 ひどい頭痛だ。頭が割れそうで、意識がもっていかれそうになる。耐えろ、ここで気を失ったら俺の命はもちろん、ヴィンの……仲間の命まで……

『思い出せ、剣鬼の言葉の意味を。(おまえ)は元より、そんなものは望んじゃいなかったんだよ』

 駄目だ、意識が途絶える。深く深く、沈んでいく。くそっ、何だってこんな時に……




 薄暗い廊下にひとり。

 手には抜き身の黒刀、身なりは黒一色で塗り固められ、俺はゆっくりと薄明かりを頼りに歩みを進めていく。

 華美な装飾もなく、過度な調度品もない。

 それこそ、此処が倭国で一番の城塞だなんて、誰が信じられるだろうか。

 質素切実と言えば言葉は良いかもしれないが、今の俺には虫酸がはしる。

 これが国の主幹、何を賭しても守らなければいけない場所か?

 馬鹿馬鹿しい。衝動的に片っ端から斬りつけたくなるが、それには何の意味もないと考え直す。

 俺が斬りたいのは、こんなものじゃない。

 待ってろよ——テメーの首は俺が叩き落とす。

 そう考えながら、俺はゆっくりと目の前の扉を開け放つ。 

「うん? 誰よ」

「城の者ではありませんね……はて、どこかで見たような……」 

「……っ、律!」

 中に居たのは三人、その三人が三者三様の顔で俺に目を向けてくる。

 ひとりは文官らしき優男、もうひとりは俺に剣術を叩き込んでくれた師匠。そして、一番奥に座っているのが……

「なに? 巴の知り合いなの?」

「申し訳御座いません、御前。彼は不肖、私めの弟子、名前を——」

「——彩霞」

「うん?」

「彩霞——彩霞律だ」

「律っ! 御前の前で無礼であろう! 篤、この場を——」

 俺の登場に激昂する師匠を尻目に、御前と呼ばれた女はそれをやんわりといなす。

「いいよ、巴。てか、よく此処まで来れたね? 褒めてあげるよ、彩霞律くん。それで、その姿、その気勢をみるに、野暮だけど用件だけは聞かせてくれない?」 

 余裕綽々か……その態度もそこまでだ。

 こんな奴のために……こいつが無能であったせいで……!

 左手に下げた黒刀を強く握りしめる。

「うーん……彩霞律くん、もう一度だけ聞くよ? 用件はなんだい(・・・・・・・)?」

 ぐっ、その言葉だけで、信じられないほどの剣気が全身に浴びせかけられる。

 これが倭国の女王——だが、いまの俺をその程度の剣気で止められると思うな。

「……斬り尽くす」

「誰を?」

「無論、この国を治めながら、この内戦を止めることが出来なかったおまえを!」

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