倭国の侍
この国に来てから幾度も死戦はあった。
だが、この状況に比べれば、それは全てお遊戯のようなものだ。
全ての戦歴が霞む。
勝利への道筋などない。
久方ぶりに感じる圧倒的死線が目の前に立っている。
「参位の配慮で国外へと追放されたと聞いておりましたが、まさかこの国にいらっしゃったとは……あなたもツイていませんね」
黒鎧に身を包んだ童顔かつ小柄な女はこう見えても倭国の侍だ。女王が選定する序列において第拾四位——神楽愛里州。今の俺でなんとか敵うかどうかといった実力者をもっている。そして……
「ふわぁあ……かったるい。テメーがなんでこの場所にいるのかは知らねぇが、女王も面倒な任務を与えてくれたもんだ。こんな雑魚揃いの国に飛ばしてくれやがって。早く終わらせてとっとと戻ろうぜ」
問題はこの男。正面に立つだけで、さっきから冷や汗が止まらない。白い髪に漆黒の黒衣。細身であり気怠そうに振舞ってはいるものの、内面から滲み出る剣気が半端じゃない。
倭国 侍序列における第壱位——新免武蔵守狂夜。
俺の剣術を刀も抜かずに捌いただけでその実力差は歴然。
序列自体、剣の技量のみを鑑みたものじゃないが、この男だけは別格。相対すれば生き残ることは……
「律!」
「っ、馬鹿か!」
あいつ……人の忠告も聞かずに、まだこの場所にいたのか。
「あらあら、もたもたし過ぎましたわね。そちらの国と関わるつもりは無かったのですが」
「……かったりぃ」
「まったく、誰のせいでここまで遅れたと思っているのでしょう。道中であなたが少しでも動いてくだされば、今頃は全て終わっていたでしょうに」
神楽が動く——掲げるは鉄扇。
「仕方ありません——ひとつ、舞うとしましょう」
その予備動作から危険を察したのか、ヴィンを囲っていた聖騎士たちも剣を掲げる。
「止めろ! おまえ達の敵う相手じゃ……」
「雅流一刃 扇奏 羽衣」
鎧を着込んでいるとは思えないほど滑らかに足を滑らせ、神楽は聖騎士達と間合いを詰める。その名の通り舞うように鉄扇を振るい、その度に聖騎士達の首が跳ね飛んでいく。赤く赤く、血しぶきが舞い散る。
「ふふっ、無言の歓声は心地よいものです」
「ふざけろっ!」
悪趣味な技を使いやがって。これが神楽の使う殺人術だ。相手に死んだことすら認識させない殺人舞。先の言葉通り、ここに来るまでに転がっていた死体はコイツの仕業で間違いない。
刀を握りしめ、俺は神楽との距離を詰めようとするが、
「坊主、大人しくしとけ」
いつの間に背後に!? 俺は狂夜に肩を掴まれ、そのまま力任せに地面へと叩きつけられる。
「ぐっ……あんた等、いったい何が目的でこんな……」
「ああ? それはあれだ、うちの女王が……」
「この国の魔鉱石に目をつけたから……じゃろう?」
何の気配も感じなかった場所から着物を着崩した女剣士が現れる。そして……
「何ですって!?」
これもまた目にも留まらぬ速さで神楽の鉄扇を刀で弾き、玉間の中央に踊り立つ。
ちっ、やっぱり道中で感じた気配はアンタのものか。
「どっ……どうして貴女様がここに……」
神楽は突然の闖入者に動揺を隠しきれていない。
「へぇ……」
狂夜は嗤う。
くそっ、何がどうなってやがる。訳が分からないにも程があるだろ。
「ふむ、少年。息災のようで何よりじゃ」
この姿のどこを見てそんなことを……相変わらず人の神経を逆なでするババアだ。
「どうして……どうして貴女様がこの国にいるのですか……。かつて女王の片腕とまで言われた貴女様が、どうしてこのような場所に……。答えてくださいませ——剣鬼 上泉妖姫様」