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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
仮初の守り手
83/111

終の構え

 傷口から止めどなく血が流れていく。

 どう見ても浅傷ではない。

 赤色が地面に広がっていくのから目を逸らし、それでも再度、刀を水平に構えなおす。

「ふむ、なるほど、なかなかに根性はおありのようですね」

 エンヴィルは関心したように頷くと、

「如何せん、悲しいかな技量が追いついていませんが――フッ!」

 追の一閃、音も無く放たれた一撃を、今度こそは受けきる。

 一撃に重さはない。そもそも本来、人を殺しきるのに重撃など無用の長物。

(やっぱり、コイツの剣術は……)

 出血のせいで霞んでいく意識を、何とかつなぎ止める。

「……おまえ、その剣術……」

「あなたが知る必要はありませんよ……それに、これでは、とんだ見込み違いだったようですね」

 三度、音の無い剣が襲いかかってくる。

(ちっ、会話の余地もなしかよ!)

 これ以上はどんな浅傷であろうと受けるわけにはいかない。

 出血の量が多過ぎる。

 受けきることは難しく、受け流すこともままならない一閃。

(ならば、己が剣をもってそれを捩じ伏せるのみ)

「!!!」

 一瞬の交差。

 奴の体が俺をすり抜ける様に後方へと流れていく。

 そして……

「……これは驚きましたね」

 俺の刃はエンヴィルの頬を浅く切り裂き、奴の刃は俺に触れることもなかった。

「いったいどういう絡繰なのでしょうか? あなた如きの刃が私に届くとは……」

 平時から細目なせいで分かりにくいが、明らかに奴は怒り狂っている。

 怒り狂っているからこそ、追撃は仕掛けてこない。

 見極めたいと考えるのは、この手の自信家にはありがちな兆候だ。  

「そんなに自分の剣技に自身があるか? 紛い物野郎」

 だからこそ挑発じみた言葉を発す。

 とはいえ、あながち嘘を口にしているわけじゃない。

 初手こそ俺と同じ剣術に見えたが、二手三手は初撃に及ぶまでもない。

「紛い物……ですか」

「おまえの剣技は倭国のそれを基礎反復して得たものじゃない。それなりの土台がある上で一つの技として教授……もしくは盗んだものだ。剣術としては成り立たないただの曲芸……まあ、曲芸にしろ、大したものだとは思うがな」

 いかに倭国の剣術を真似ようと、技量が伴っていなければ何の驚異にもならない。 

 目の前に立つ男がどれだけの技量を持っているかなんてことは、切り裂かれた俺自身がよく分かっている。

 強敵には違いない。

 これ以上の無駄話は不要だ。

「キヒヒッ、たまんない目をするじゃない? 交代だよ、エンヴィル。やっぱりそいつはうちがバラす」

「下がっていなさい、ネヴィア。この男の首は私が貰い受けます」

 ただでさえ厄介な相手だっていうのに、それが二人も残っている。

 やはり早々の一撃でネヴィアを殺れなかったのが大きい。

 あらためて己の愛刀を強く握り締める。 

(やれやれ、せっかく新調してもらったっていうのに、このザマを見られたら何を言われたものだか……)

 昌運の顔を思い出すだけで怖気が走る。

 それにしても、あいつの仕事は相変わらず見事なものだ。

 これだけの重撃と剣戟を捌いても刃こぼれはおろか、刀身に一部の歪みすら出ていない。

(この刀になら、俺が命を託すだけの価値がある)


 それに時間も十分に稼げた。


 得体の知れない女だが、奴の力量なら、もうこの国を抜け出ていてもおかしくない。

 カエラがどれだけあの女を制御できるかが心配ではあるが……それは相棒に任せるとしよう。  

(あとは俺が押し通るのみ)

 鞘を腰から抜き取り、己が左半身に添える。

 

 ――雅流一仭がりゅういちじんが終の構え 絶


「お前たちには聞きたいことが山ほどあるんだが……悪いが今はそこまでの余裕がない」

 どうして俺たちの侵入に気付くことが出来たのか、どこで倭国の剣術を身につけたのか。

 そして上位三傑ともあろう二人が、どうして俺ひとりの足止めのためにこの場に残っているのか。

 それこそ疑問に思うことは尽きることがない。

 だが今は……

「クヒッ、ゾクゾクしちゃう殺気。本気だね、あんた?」

「ネヴィア、水を差すような真似は止しなさい。この男は覚悟を決めたようです」

「キヒヒヒヒヒッ! それこそ無粋ってなもんじゃない? 本気には本気で返礼しなくちゃリクセン軍将校の名折れだ」 

「……まさかあなたに騎士道の何たるかを諭される日が来るとは思いませんでした」

「糸目のお利口さんは下がってな。――コイツはうちが殺る」

「それには及びません。何度も言いますが、彼の相手は私がします。ヨウキ殿の言葉を忘れたわけではないでしょう?」

「キヒッ、我慢するにも限界なんだよね。それに、半端な覚悟じゃ殺されちゃうよ?」

「聞く耳持ちませんか……なら、先んじて私が仕留めてみせましょう」

 両者がそれぞれに得物を構えなおす。

 その間、俺の心は驚く程に静まり返っていた。

 そも、終の構えとは退路なき戦場での切り札。

 相打ちすらも厭わない覚悟を持ち、二速も三速も己が力量を飛び越える、その名のとおり雅流一仭最後の一手。

 脳裏に浮かぶ人影を心に宿し、一仭にすべてを込める。

「キヒヒッ、リクセン軍が上位三傑『理炎のネヴィア』。うちを本気にした罪、その体に刻み込んであげる」

「同じく、リクセン軍が上位三傑『破炎のエンヴィル』。あなたにはそれ相応の死力を尽くさせてもらいます」

「篤味わえ。雅流一仭が初伝、彩霞律。――これより道を切り開くため、推して参る」

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