激突
一心を一刀に込め、刃を正眼に持ち直す。
生半可な攻撃じゃあ、ネヴィアの剛剣には敵わない。
考えられる手はある。
一つは剛剣に勝る剛の剣で上から叩き潰す方法。
二つは先の剣撃のように、剛剣を受け流し、二ノ太刀で斬り伏せる。
だが、現実問題、この二つの戦法はあまり得策とは言えない。
「楽しませておくれよおおおおおお?」
「!!!」
手元で器用に回転させられた大鎌が、鞭のようにしなりながら襲いかかってくる。
(厄介な!)
荒れ狂うように踊る刃先を何とか逸らし、見極めようと体を動かすが、剣筋の予想がつかない。
これが俺に二の足を踏ませる一番の原因だ。
通常、達人なら狙いを定めて剣を振るう。
それがこいつの剣には一切ない。
剣術自体が狂っている。
特定の何かを殺傷することを極めたわけじゃなく、特定の空間そのものを殺傷しようとする乱剣。
(なるほど、これが死神の抱擁ってわけか……)
「キヒッ、うまく避けるうまく避ける! じゃあ、こういうのはどうだ?」
「!!!」
ネヴィアの大鎌が紅く発光し始めた瞬間、地を蹴りあげる。
「どっかーーーーん!」
豪炎とともに屋敷を叩き壊した一撃が再度目の前で炸裂する。
それにしても、二番煎じとは芸がない。
おかげで俺は爆炎に紛れ、ネビアの懐まで辿り着くことが出来ていた。
「キヒッ!?」
突然目の前に現れた俺の姿を見て、ネヴィアの目が驚きに見開かれる。
重畳。
俺だって馬鹿げた真似をしたと冷や汗をかいているだからな。
豪炎の中、焼かれるのを覚悟で猛進したとはいえ、生きた心地はしなかった。
ましてや俺は、クロウの放つ魔鉱石の力を嫌って言うほど見てきた人間だ。
(丸焦げにならなかっただけでも御の字だな)
「まあ――とりあえず逝けよ」
一世一代の好機を逃す手はない。
横溜めに構えていた刀を解き放つ。
この距離、この状況下なら躱しようがないはず、俺の刃は間違いなくネヴィアの首を跳ね飛ばすはずだった――――だが、俺の一撃は思わぬ形で奴の目の前で止まる。
「いやはや、これも奇縁というべきですか。曲者だと聞き駆けつけて来てみれば、まさかネヴィアが討ち取らせそうになっているとは……」
俺の刀がネヴィアの首に届くその直前、青白い両刃を差し込んでくれたその男は、そう言って溜息をつく。
「クフッ、なぁーんだ、エンヴィルまで出張ってきたの?」
「そういう台詞は相手を圧倒している時に言うものです。ネヴィア」
俺たちの間に割り込んできた優男はそう軽く言い放ってくれるが、押した刀は微動だにしない。
(参ったな)
不意をついた一撃とはいえ、何とかネヴィアを落とせるところだったっていうのに……こいつまで現れたら、勝機はもう一分もない。
「まともに闘えば貴女が苦戦する相手でも無いでしょうに……そこが貴女とクロウの大きな違いです」
さっきまでとは違う、ピリピリとした緊張感が肌に伝わってくる。
風体に似あわず闘気を発する辺り、よけいに質がわるい。
「とはいえ、相手はそのクロウを倒したと言われる『黒き刃の使い手』。ネヴィアの驕りを逆手にとったとはいえ、見事と言わざるを得ない状況でしょうか?」
そこで初めて、男は俺に視線を向けてきた。
「ご挨拶が遅れました。私はリクセン軍が将軍、エンヴィル・カナート。ああ、貴方がたララーナ王国の人間には、上位三傑とも呼ばれることもあるようです」
まるで今にも握手を交わすかのような友好的な態度で、エンヴィルは俺の方へと笑みを見せてくる。
(嫌味なやつだ)
相手の窮地を知ってなお、ここまでコケにした態度をとるか。
「……それとも、それが素面か?」
押しとどめられていた刀を引き、距離を取る。
その刹那の合間ですら、エンヴィルが微笑を絶やすことはない。
(そこまで自信があるっていうのか?)
剣士や戦士にとって間合いは戦いの基本だ。
詰めれば離されるし、詰められれば距離を取る。
相棒次第で千差万別となる間合いを、エンヴィルはいとも容易く容認した。
あの距離、ましてやあの体制なら奴の剣はおろか、ネヴィアの鎌なら俺の首を落とすには十分な間合いだったはずだ。
それをコイツは分かっていながら見逃したんだ。
「舐めてくれる」
刃を背に引き、右上体を深く落とす。
――雅流一仭が初伝 蝕
腰引きの黒刃は夜の闇に溶け、まごう事なき不可視の刃となる。
本来なら――いや、そもそも俺の剣術はこういった方向に強い特性を持つ。
それすわなち、暗殺を主体とした邪剣。
夜の暗闇が味方になる今なら、相手が油断をしているこの状況なら、この一閃は必殺となりえん。
「面白い太刀筋です。……でも、残念でしたね、それでは私を倒せない」
だが、俺の刃がエンヴィルに届くその瞬間、奴の姿は嘘のように霧散してしまう。
(なに!?)
「雲散霧消を尊べば、一刃は一刀とならん。滅びを学ぶなら体現せよ」
振り向けば、そこには片刃の刃を上段に構えたエンヴィルの姿が……いや、それ以前にいまの口上、それは……
「散りたまえ、倭国の暗殺者よ。あなたでは私に届かない」
振り落とされた一撃が俺を袈裟懸けに薙ぎ払う。
波のように静かに、風裂きの音もなく。
その一撃を俺は知っていた。
――雅流一仭が中伝 雫
(どうして、この男がこの技を……)




