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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
仮初の守り手
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「あう……準備……終わりました?」

 どうして疑問形なのか……小首を傾げながらも、ネネが俺たちの方へと近寄ってくる。

 背中に抱えた小さな麻袋から、ぬいぐるみの足らしきものが出っ張ているのが何とも言えない。

(急いで用意させたせいか……それとも、本来はズボラな部分もあるのか……)

「うむ。一人でよく出来たのう。偉いぞ」

「あう……頭……せっかく解かしたのに……」 

 豪快に頭を撫でつけられたネネは、即座に俺の後ろへと回り込み、「あう……敵です」と女の方を指さしてきた。  

(いや……さすがに俺もあの女を相手取るのはちょっと勘弁して欲しいんだが……)

 守るといった手前、頼られれば断りづらいんだが、あまり瑣末なことに巻き込んでくれるのもどうかと思う。 

「なんじゃ……ネネは妾よりも少年を選んでしまうのかえ?」

(また悪ふざけが始まった……)

 無駄に演技力の高い悲壮感を漂わしてくれたおかげで、ネネの顔には、どんどん暗雲が漂い始めている。

「……まったく、いい加減にてくれ」

 俺は馬鹿女に向けて悪ふざけを止めるよう注意したつもりだったんだが、それにいち早く反応したのはネネだった。 

「あうう……ごめんなさい」

 ……これは罪悪感が半端ない。

 いや待て、そもそも一連の元凶は俺じゃないはずだ。

 危うく自責の念で押しつぶされるところだったが、そもそもの元凶はこいつだ。

「のう、少年、いかに少年がネネの心を鷲掴みにしたとはいえ、それはちとつれない言葉ではないか?」

「……人聞きの悪いことを」

「自覚症状なしとは困ったものよ。これでは少女も気苦労が絶えまいて……」

「ん。問題ない。……これが通常」

「あうあう……喧嘩……喧嘩はダメだと……思います」

 ……緊張感の欠片もない。

 敵国の――ましてや、人攫いのとる行動とはかけ離れすぎている。

 そりゃあ多少気が抜けた感はあるが、ここはもっと気を張ってだな……


「それはそうと少年……そろそろ、その場を退いたらどうじゃ?」


「はあ? 散々ちゃらけておいて、いったい何を……!!!」

 言葉を言い切らぬ間にネネの体を抱えて跳びずさる。

「きゃああああ!!!」

 突如として天井が崩れ落ちる――いや、崩し落とした奴が目の前に降り立っていた。

「キヒヒっ、おイタは駄目じゃない? 血祭り執行、晒し上げだなのさね」

 ズドンっと派手な音を立てて現れたのは、紛れもなく上位三傑の一人。

 確か名前は……

「理炎のネヴィアじゃ。戦地において愛を歌い、死の包容と呼ばれる鎌を振りかざす根っからの狂犬。やれやれ、よもや此奴に見つかることになろうとはな」

 女の言葉に奥歯をきつく噛み締める。

 ここまで接近するまで、いや、これ以上なく逃げ場が無くなるまで気配に気付くことが出来なかった。

「キヒヒヒヒっ、クヒャヒャヒャハっ」

 ジリジリと焦がされる様な殺気を感じる。

(こいつは……マズイ……)

 街で一見した時とは度合いが違う。

 身の丈以上の大鎌を振り回す様は、もはや人のそれを超えている。

(あれで二階の床を砕いたっていうのか?)

 鎌ってのはその性質上、叩きつけるなら刃先の一点に力が集中される。

 その一点だけの圧力で、この屋敷の二階から一階に風穴を空けたんだ。

 女の助言が無ければ、確実に死んでいた。

 あと一速飛ぶのが遅かったら、俺の体は今頃バラバラの肉片になっていたはずだ。

「少年少女、気を抜くでないぞ。主等の実力では、アヤツの相手は荷が重い」

 癪に障るが、今は女の言い分が正しい。


 ――おそらく、今のままじゃあ、俺はコイツに敵わない。


「キヒヒっ、どっちがどうする? お前か? それとも、お前が先ぃぃぃ?」

「ちっ!」

「会話の余地もありゃあせん」

 奇声とともに放たれた一撃を俺たちは間一髪で避けきる。 

「盗人には死を! 鼠には惨ったらしい愛の包容を!」

 ここが屋敷の中という閉空間にも関わらず、死をもたらす斬撃は縦横無尽に踊り狂う。

 天井を削り、足元を抉り、いとも容易く俺たちに肉薄してくる。

「冗談!」

「無駄口を叩くな少年――大きいのが来るぞ!」

 俺は後方に、女剣士はカエラとネネを抱えて窓側へと跳ぶ。


「破砕の時間だ――狂うのさ、狼狼発破!」


 視界を焼き尽くすほどの炎とともに、体がより後方へと吹き飛ばされていく。

(魔鉱石の力か!)

 荒れ狂う炎の中、とっさに身を捻り致命傷を避ける。

「この馬鹿力が!」  

 放たれた一撃は床を砕くどころか、屋敷の支柱さえも砕ききってしまった。

 おまけに豪炎が屋敷を焼き、盛大に火の粉を撒き散らしている。

「少年! 作戦は失敗じゃ! 疾く退け!」

「言われるまでもない!」

 ここまで派手にやらかした以上、包囲網を敷かれるのも時間の問題。

(考えてる暇はない! 今はとにかくこの場所を……)

「キヒッ、生きてるじゃない。粋が良くて嬉しいいいいなあ!」 

 駆け出そうとした俺の前に、得物を舐めずさりしながら理炎のネヴィアが立ち塞がる。

(まあ、そうなるよな……)

「ええい、面倒な奴じゃ。いた仕方あるまい――ここは妾が…………少年?」

 ネヴィアの前へと出ようとした女剣士を、水平に伸ばした刀で制す。

「あんたの素性は知らない。あんたの目論見も分からない。でも、あんたならこの国からそいつ等を連れ出せる――違うか?」

 付け加えて言うなら、この女ならネヴィアですらも圧倒できるはずだ。

 だが、それを任せてしまえば、俺たちは完全にこの国に閉じ込められてしまう。

「カエラ。いけ好かない女だが、そいつと一緒にこの国を出ろ」

「ん。それは聞けない。逃げるならあなたも……」

「カエラ!」

「!!!」

 一喝する。

 迷いの全てを吹き飛ばすように、最優先に考えなくてはいけないことを認識させるために。

「……悪いが、後は任せた。大丈夫、直に追いつくさ」

「…………ん! 行こう、ネネ」

「あう? あうう?」

 迷いを振り切るようにカエラがネネの体を引っ張りはじめる。

(迷惑かけるな、パートナー)

「あんた、二人のことは任せたぞ」

「ふむ。よもやこの様な場所で死ぬでないぞ少年? 少年にはまだまだやってもらわねばならんことがあるでのう」 

「ああ!?」

 不穏な言葉に振り返るも、女はすでにカエラの後を追い始めている。

(くそっ、この上なく不気味な言葉を残しやがって!)

「逃すと思うううう?」

 舌打ちする俺の横をネヴィアが駆けようと動く。

 おまけに、自慢の大鎌はきっちりと俺の首へと目掛けられている。  

 だが……


「不動において山となれば、水源における濁流に飲まれん」


「ぬあ!?」

 俺は抜きざまの一刀で斬撃を逸らし、ネヴィアの体勢を崩す。

「そう急くなよ。こっちはわざわざあんた等の国まで出向いて来たんだ」

 ネヴィアの視線が粘着くように絡みついてくる。

 どうやら、ようやく俺のことをまともに捉えてくれてみたいだ。

(それでいい)

「……キヒヒッ、あんた、ひょっとして、アタシ(・・・)を楽しませてくれる?」

「逆だよ阿呆。お前こそ、少しぐらいは来賓(おれ)をもてなしてくれるんだろうな」

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