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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
身を捨ててこそ
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親しき仲にも

 俺の言葉に、モフランはおろか他の仲間たちまでもが目を剥いている。


「約束を違えるつもりはない。俺はお前の力になると約束したんだからな」

「それならっ……」

「……甘えるなよ、モフラン。お前は部隊を率いる将になるんだ。立会いぐらいでそんな顔するな」


 俺は別に、私怨があってこんなことを口にしているわけじゃない。ただ、俺はコイツの覚悟を知りたいだけだ。『貴族特進法案』の助けを借りる以上、お前に対する風当たりは決して緩くない。それでもなお、お前が望む未来のためにその道を進むなら……


「お前の全てを刃に賭けろ。力無き正義は無力だ」


 俺は腰からいまだ半刀身のままの愛刀を抜き去る。構えは正眼、切っ先をモフランに向けることで、まずはその意気を試す。


「かっ、勘弁してくれてまえ……。ボクがキミに勝てるわけないじゃないか……。そんなことよりほら、こんな奴等は放ってボクと一緒に……」

「……モフラン、俺を幻滅させるなよ」


 お前が俺に勝てないことぐらい、ここにいる誰もが理解している。だが、初対面で揉めた時のお前は、それでも俺に向かってきた。その気概こそが貴族の誇りであり、モフラン・オブリルをオブリルの人間たらしめる想いだったはずだ。

 

「……止せ、彩霞律。その男に何を期待しても無駄だ」


 なおもモフランへと詰め寄る俺の肩を、フェリアが押さえつけてくる。その顔はもう仲間に向けるそれではなく、酷く憐れみに満ちた表情だ。

 だが、俺にはその静止を飲み込めない。 


(俺は諦めてないんだよ。あの時見せたコイツの意地と誇り高さを……)


「剣を抜け、モフラン」

「……リツくん」


 捨てられたような目をするモフランに、俺はなおも刃先を突きつける。


「ねえ、リツ。そこまでする必要はあるのかな……。だってどう考えたっておかしいよ。モフランの弱さはボクだって知ってる。リツはこんなことして一体何が……」


「ニーア、仲間(・・)と手合わせをするのに、そんな畏まった理由が必要か?」

「……!!!」


 俺の言葉に、その場にいる全員が息を飲んだのが分かる。

 それはモフランも例外じゃない。何やら震えているのは気になるが……


「モフラン・オブリル、もう一度言う。力が欲しければ力を示せ。親しき仲にも礼儀ありだ」


 俺は結局、この馬鹿のことを見捨てられない。

 どれだけ馬鹿で、どれだけ面倒で、どれだけ腑抜けでも、俺はコイツの芯を信じる。


(勝手に仲間外れにしてやるなよ。コイツにはきっと、コイツの考えがある……)

 

「さあ、モフラン、これで最後だ。いい加減始めようぜ」

「……グスッ、うん、ああ、いいとも! いいだろうとも! そこまでキミが言うのなら、ボクは最強の剣技をお見せしよう! 果たしてキミに受け止めることが「御託はいい。さっさと抜け」…………はい」


 ようやくモフランは腰から剣を抜き去る。

 その顔は見るに耐えないぐらいグシャグシャだが、目は死んでいない。


(あれが、俺の知っているモフラン・オブリルの視線だ……)


「……捌いてみろ、モフラン。まずは――俺から仕掛ける」

「!!!」


 小手調べに上段を繰り出し、モフランの出方をうかがう。

 モフランはその場で足を踏ん張り、俺の一撃を受けようと試みているようだが、浅はかにもほどがある。


「っ……、ぐわああああああ……!」

 

 俺の放った一撃は、モフランの防御ごとその身体を吹き飛ばす。


「くっ……、くそぅっ……!」


 滑るように転がったモフランは、すぐさまその場で体勢を立て直し、俺の出方をうかがっている。


(いい気概だ……)


 俺は攻撃の手を緩めない。

 再度間合いを詰め直し、下段から大きく刀を斬り上げる。


「いぎゃっ……!!!」 


 またしてもモフランの身体が宙に舞う。

 

「ごほっ、げほっ……。重い……、さすがはリツくん、このボクがここまで一方的に「早く立て」……くっ!」


(本当に、口だけはよく回る奴だ……)


 前にニーアから聞いたことがある。コイツは訓練中に自分の不利を悟ると、突然饒舌になる癖があるらしい。それが体力回復のための意図した時間稼ぎなら良いんだが、如何せん、コイツの戯言に意味はない。


「いいぜ、どこからでかかって来い」

「……望むところだよ。この数ヶ月間で鍛え上げたボクの剣技、とくとその身で味わいたまえ!」


(まるで三文役者の台詞だな……)


 いささかゲンナリした俺に、モフランが捨て身の特攻を見せてくる。剣を水平に構え、切っ先には一寸のブレもない。突撃姿勢としては上々だが……


(どうして初手から捨て身を選ぶのか……)


 回避することも可能だが、そのねじ曲がった心意気を無下にするのも忍びない。俺はあえてその懐に飛び込み、モフランの鳩尾へと肘打ちを叩き込む。   


「ぐぼっ……どぼじて……」

「……お前阿呆か? これは模擬戦だぞ? 俺は初手を譲っただけで反撃しないとは言ってない。それに、いきなり特攻しかけるような馬鹿にはお仕置きが必要だ」


 自分で言っておいて何だが、今の言い回しは昌運によく似ている。あいつはそうやって俺のことを叩き上げ、一つ一つ学ばせてくれた。


(別に、俺はモフランの師匠ってわけじゃないんだがな……)


「息を整えろ。冷静に判断しろ。常に相手の挙動に注意しろ。独りよがりの特攻じゃ、誰の首も取れない」

「ぐふっ、ごほっ……。リツくん、キミの言葉はありがたいが、一つだけ訂正させてくれたまえ」


 少しは息も出来るようになったみたいだ。

 モフランは苦しげな顔でなお、俺に向かって強い視線を向けてくる。


「ボクは何も、無策でキミに特攻したわけじゃないんだよ。キミは……、キミはボクが知る中で一番の使い手だからね。今のボクが一太刀でも浴びせようと思ったら、それは命懸けの行為だ。でも、それさえもアッサリと覆された今、ボクはさらに捨て身で挑む! それが、ボクに出来る最高の返礼と思いたまえ!」


 剣を地に突き立て、モフランは咆哮する。

 その身体はどうてみても満身創痍なのに、コイツは一切退こうとしない。

 

「……さあ、リツくん。続きを始めようじゃないか。次こそは外さない。ボクは嬉しいよ。こうしてキミと向き合えるのをボクはずっと……」


 しかし、どれだけ精神を研ぎ澄ましても人の身体には限界がある。

 モフランが俺の攻撃を凌いだのは二回、それに加え、先の一撃が重く響いたんだろう。

 モフランはゆっくりとそのまま地面に倒れ伏してしまう。


「……ちくしょう、動きたまえ! こんな有様で何が守れる! こんな機会は他にないんだ! ボクは、ボクは……!」


「貴様等、そこで何をしているのかね?」


 倒れながらも、必死で藻掻くモフランの前に、一人の男が姿をあらわす。

 その男は一片の情もなく俺たちのことを見回すと、忌々しげに口を開いた。


「どうやら、下賎な輩が怒り任せに我が子をいたぶったと見受けられるが……。ライアス中将、これは貴殿の躾にも問題があるのではないかね?」

「……はっ。オブリル卿の仰るとおり、これは私の監督不行届です。いかようにも処罰を……」


 その男の名はオックス・オブリル。今回の『貴族特進法案』を立案した一人でもあり、俺のような異国人を毛嫌いしているこの国の重鎮様だ。後方にはライアスまで帯同している。


(コイツ等、どうしてこんな場所に……)


「いや、これを貴殿一人の責任にするのは、あまりにも愚行がすぎる。即刻、この者を牢獄へ……」

「……パパ、待って。これはボクとリツくんの……」

「……モフラン。貴様はそうまでされて、まだこの屑を庇おうというのか? 案ずるな、全て私に任せておけ。この者が二度と貴様の前に現れぬよう、私が取り計らってやる」


 聞く耳を持たない奴ほど厄介なものはない。オックス卿は実の息子の言葉でさえ受け入れず、俺への憎悪ばかりを募らせている。

 すると、ライアスが俺の前に立ち、白銀の剣を抜き去った。


「彩霞くん、君には訓練と称し、貴族出身の生徒へと私怨をぶつけた嫌疑がかけられています。大人しく捕縛されてください」


 気色ばんだ声が、あちこちから聞こえてくる。

 それはそうだろう、これはどう考えても冤罪だ。

 しかし、ライアスの視線に迷いはない。ここでもしも俺が暴れれば、コイツは容赦なく俺を斬り伏せるだろう。


(さて、これも筋書きの一部なのか……)


「連れてけよ。別に暴れるつもりはない」

「……ご協力、感謝します」


 フェリアたちは非難の声を上げているが、俺はとりあえず「心配ない」と手を振った。何故なら、俺を後ろ手に縛る際、ライアスからこんな言葉が掛けられたからだ。


「……彩霞くん。少しの間、我慢してください。キミには、特別にやってもらいたい任務が出来ました」

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