日々是れ鍛錬
アルゴが教室から去った後、俺は仲間たちと共に訓練広場へと足を向けていた。
戦争当日の部隊編成が決まっていない以上、俺たちに出来るのは個人の能力の底上げだ。
「ん。いくよ!」
「いつでも来い」
カエラは一度状態を横に振ると、地を這うように突進してくる。右手に持っているのは、俺が以前渡した倭国製の小太刀だ。刀身こそ短いものの、カエラの素早さを活かすには、これ以上の武器はない。
「ふっ!」
地面スレスレから放たれた斬撃を、俺は後方に飛ぶことで避けきる。だが、それはカエラにも分かっていたのだろう。すぐさまニ撃目を繰り出すため、一歩二歩と距離を縮めてくる。
(速いな、間合いを詰めて連撃で仕留めるつもりか……)
カエラの身体は小柄だ。それゆえ、一度懐に潜り込まれると対応が難しくなる。だが、これは訓練だ。俺はあえてその間合いを受け入れ、カエラの猛攻に相対する。
「……ふざけすぎ!!!」
カエラも俺の真意に気付いたんだろう。怒りを滲ませた声色で、斬撃の嵐を見舞ってくる。
(上体で躱そうとするな……、足捌きに重きを置け……)
俺の学んだ剣術『雅流一仭』には、卓越した足捌きが必要不可欠だ。だからこそ、俺は無手の状態でカエラと模擬戦闘を繰り広げている。俺からカエラに攻撃するつもりはない。俺はただ、カエラの攻撃を躱し続けるだけだ。
「はあ、せいっ、いやぁあああ!!!」
横薙ぎから始まる高速の三連撃、俺はそれを躱しきろうと円状に足を動かすが……
「……ん。わたしの勝ち……」
最後に振るわれた左手からの奇襲が、俺の喉元へとぴったり突きつけられていた。
(こいつ、もう片方の手にも武器を……)
「ん。腰に忍ばせておいた。今のはとっておき」
なるほど、相手の背になる後ろ腰に短刀を納め、奇襲を狙うやり方か。これは、さすがに負けを認めざるを得ないな。
カエラの表情にも若干の達成感が見てとれる。
「ん。でも、この訓練は無茶すぎる。やっぱり武器は持つべき」
しかし、次の瞬間には頬を膨らませながら抗議してくる。まあ、カエラが怒るのも無理はない。これは、明らかに常軌を逸した訓練法だ。
(……とは言っても、短時間で強くなるためには、多少の無茶も必要だ……)
次の対戦相手は、あのクロウに並ぶリクセン軍上位三傑の一人だ。生半可な技量で倒せる相手じゃない。現に、俺は先の戦争でクロウに負けてしまっている。いくら相手が『魔鉱石』なる武器を使用していようと、その結果は覆らない。
「……カエラ、もう一本頼めるか?」
だからこそ、俺は無茶無謀を押し通す。付け焼刃と思われるかもしれないが、何かしらの糸口さえ掴めれば、俺はもっと強くなれる。
「精が出るな。どれ、今度は私が相手をしてやろう」
いまだ剣を構えないカエラに代わり、今度はフェリアが俺の前に立つ。
「彩霞律、キサマに我が剣を避け切れる自身はあるか?」
右半身を大きく後ろに引いたその姿は、最近フェリアが会得したという『突き』の構えだ。一撃必殺という意味では、もともと剛剣を売りにしていたフェリアにも通じるものがあったんだろう。
(しかし、あの顔を見る限り、どうやら私怨もありそうだ……)
フェリアの顔には獰猛な笑みが浮かび上がっている。おそらく、カエラが俺に一矢報いたことで、自分もそれに倣おうと思ってるんだろう。
(こいつの俺嫌いも、ここまでくれば傑作だな……)
「いいぜ、……好きな時に放ってこい」
「はっ、後悔させてやる」
フェリアは俺から距離を取るように後方へと飛びずさり、剣先の焦点を俺の首元へと合わしてくる。
突きの基本は上出来だ。後はそこにどれかけの速度と威力を載せられるか……。
(さあ、かかってこい……)
「うおぉおおおおおお!!!」
引き絞られた身体はそれだけで弓となり、一矢を放つ。
フェリアはまるで体当たりするかのように突進してき、三歩手前で腰を捻り上げる。
「くらえぇええええ!」
放たれた突きは風を突き抜け、一直線にブレなく俺の眉間へと突き進む。その速さはカエラの斬撃をも上回っている。
「!!!」
一瞬の交差、何もかもが静まり返ったその中で、俺はフェリアと密着するような形で、その場に佇んでいた。
「……まさか、今のを躱すとはな。つくづく遠い男だ……」
「……いや、情けないことに、躱しきれはしなかった」
俺の頬には、一直線に赤い筋が引かれているはずだ。思いの外、速く鋭かったフェリアの突撃は、俺の頬を薄皮一枚傷付けた。
(まだまだ……だな……)
クロウは突きの名手だった。俺は奴の速度を想定して身体を動かしたつもりだったが、それでもフェリアの一撃を躱しきれていない。これがあの炎槍だったら、今頃俺は頭を失っているだろう。別にフェリアの一撃がクロウを上回っていたわけじゃない。それは、俺がまだあの速さに追いつけていないことを意味する。
「必殺の一撃を躱してその態度か……。やはりキサマは私が生涯を賭けて倒す必要がある男だ」
身体を離したフェリアが、何故だか恨みがましい目を向けてくる。だが、これもいつものことだ。そうやって俺のことを目の敵にして、こいつは着実に強さを身に付けている。カエラにしてもそうだ。出会った頃より遥かに速く、機敏な動きをするようになった。
(俺も負けてはいられない……!)
「じゃあ、次は僕のば……」
「おやおや、こんなところにいたんだね? ずいぶん探し回ったよ、リツくん」
ニーアが二人に続こうと足を踏み出した時、不愉快な笑い声を上げながら、モフランが間に割って入ってくる。フェリアはその姿を見て嫌悪感を隠そうともしていない。昨日の今日ではそれも仕方がないことだ。何せ、フェリアはモフランに対して絶縁を突きつけたんだからな。
「……や、やあ、モフラン。モフランもリツの訓練に……」
「黙りたまえ、小市民。ボクはお前のような弱者に用はない」
ニーアはその場の空気を読んで、なるべく穏便にモフランへと声を掛けたようだが、今回はそれが裏目に出た。モフランからニーアに向けられる視線は、人を見下したものに相違ない。
「オブリル卿、今の発言をもう一度繰り返してみろ?」
フェリアの目が剣呑なものに変わっていく。いくら絶縁したとはいえ、さすがにその発言は見逃せなかったんだろう。このままだと、返答次第ではモフランを斬りかねない。
「……何だい? まだお仲間ごっこをしているのかな? ロータス子女、貴女も時勢というものを考えた方がいい。もう少しお淑やかに……」
「オブリル、キサマ……!!!」
「待って、フェリア! ちょっと、落ち着いて! モフランだって悪気はないはずなんだ!」
モフランへと飛び掛ろうとしたフェリアを、ニーアが羽交い絞めにして押さえつけている。
今のは危なかった、もしもニーアの反応が遅れていたら、モフランの首は宙に舞っていたかもしれない。
「ん。止めないの?」
カエラは首を傾げて俺にそう言うが、はっきり言うと、俺は今回の件に関して口出しするつもりはない。これは個人が考えた生き方の違いだ。確かに、モフランは俺の仲間だったが、こいつが道を違えると言うのなら、俺はそれを受け入れる。寂しいような気もするが、それがきっと一番いい選択肢だ。
(願わくば、次の戦であたりを引いて欲しくはないがな……)
「まったく、小煩い連中だ。……さて、リツくん。今日は君に用があって訪ねてきたんだ」
「……何か用か? 面倒事なら勘弁してくれよ?」
俺の素っ気ない態度に、モフランの顔が若干歪む。
「ぐっ……、まあいい。じつは今回の法案を受けて、かねてよりボクが考案していた『ボク直属の最強部隊』を組みなおそうと思っていてね。キミには是非ともその一員になってもらいたく、お願いしに来たわけだ」
ああ、そういえばそんなモノもあったな。それに当時、俺はコイツの力になると言った覚えがある。
(しかし、どうして今になって俺を徴用したがる? こいつの考えは分からないな……)
「……ふざけるのも大概にしろ、モフラン! 彩霞律がそのような戯言に……」
「いいぜ。お前が望むんなら、俺はその部隊に入ってもいい」
俺が発した言葉に、フェリアは「何だと……!?」と眉を釣り上げ、ニーアやカエラも動揺を隠せないでいる。
「そうか! さすがはボクの見込んだリツくんだ。それでは早速……」
「但し、……それはおまえが俺に勝てたらだ」