離反
「いい加減にしたまえ! キミに貴族としての誇りがないのか!」
「オブリル卿。いい加減にするのは貴公のほうだ。あのような馬鹿げた話、よもや本気で受け入れる気ではあるまいな」
厄介事っていうのは往々にして重なるものだ。
ロクに訓練もできず、ロクでもない来訪者に振り回され、挙げ句の果てにはこれだ。
夕食をとるためカモミールへと向かっていた俺たちは、そこで思わぬ光景に出くわしていた。
それは道端で口論するモフランとフェリアの姿だ。
「無論、ボクには上官の提案を受け入れる準備がある」
「見損なったぞ、貴公が愚か者だということは理解していたが、まさかここまで権力に下るとは」
「見損ないたければ見損なえばいい! これはボクの本望であり、貴族としての在り方だ!」
「去れ、もはや貴公と話をするつもりはない」
「ぐっ……、そんなこと、ボクの方こそ願い下げだ!」
雰囲気からして只事には見えないな。
あの二人は元々折り合いが悪かったが、あの様子を見る限り、いつものおふざけとはどうやら違うみたいだ。
「僕、ちょっと止めてくるよ」
ニーアも俺と同じことを考えたのか、そう言い残すと一目散に二人のもとへと駆け寄って行く。
まったく、あいつは本当にお人好しだな。
級友とはいえ、あまり他人の懐に飛び込みすぎるのも考えものだ。
「二人とも、どうしたの、こんな道の真ん中で」
「む、誰かと思えば田舎者か。ここは君の出る幕ではない、早々に立ち去りたまえ」
「そんなこと出来るわけないよ、ねえ、どうしたの二人とも、よかったら話を……」
「うっ……うるさい!!! 平民風情が、ボクに向かって偉そうな口を聞くんじゃない!!!」
「うわっ!」
「オブリル! 貴様!!!」
それが、最後のきっかけだった。
モフランは怒声とともにニーアを突き飛ばし、それを見たフェリアがモフランを殴り飛ばす。
「立て! オブリル卿! そして今すぐ、ニーア・カロラインに頭を下げろ!」
「フェリア、僕は大丈夫だから……」
「ぐっ……、くっくっくくっく、貴女はいつもそうだ。そうやって、すぐに暴力に訴える」
「なに?」
「力でねじ伏せるだけが賢いやり方だとでも思っているのかい!? それなら貴女は死ぬまで己の技量を磨きつつければいい!」
「正気か、オブリル卿? それは、騎士を目指そうとするすべての人間を敵に回す言葉だぞ。訂正するなら、今のうちだ」
「ボクは貴女のような野蛮な考えで騎士を目指した訳じゃない! ボクはボクとして、ボクのやり方でこの国の民へと貢献を図ってみせる! ロータス子女よ、オブリルの系譜に連なるボクに間違いはない。貴女の歩む騎士道などでは、誰ひとりとして救うことなど出来ないんだ!」
「っ! 貴様ぁ!!!」
「駄目だよ! フェリア!」
再び拳を放とうとしたフェリアの身体を、ニーアは懸命に押さえつけ、なんとかその場に押し止めている。
しかし、妙な光景だ。
普段の行動には色々と思うところもあるが、モフランはあれでも実直な人間だ。
それがどうして、あそこまでフェリアを焚きつけるような言葉を口にする。
「平民が、それでボクに恩を売ったつもりかい?」
「モフラン、ほんとにどうしちゃったのさ。いい加減、機嫌直しなよ。話ぐらいだったら、僕が……」
「うるさい!!! ボクはもう騎士ごっこなんてウンザリなんだ!!! 貴族として誇り高くあるために、そしてこの国で暮らす民草のために、ボクは必ず特権将校の座を勝ち取ってみせる!!! ようやくその機会が訪れたんだ、それをみすみす逃すような真似は……」
「オブリル! そこまで言うからには覚悟しろ! 騎士道を貶めただけでなく、よもや級友まで愚弄するとは!!!」
ちっ、手間をかけさせる。
いくら何でも、そこまでしたら収集がつかなくなるだろうが!
フェリアはニーアの静止を振り払って、抜き払った剣を上段に構えている。
あれは、決闘なんて誇らしいものじゃないっ!
「!!!」
間一髪、滑り込むように二人の間に割って入った俺は、なんとかその剣戟を受け止める。
こっちは半刀身しかないっていうのに、今日は厄日か?
「ふーん、律ったら案外やるじゃない。あの段階で駆け始めたにしては、上出来の捌きかただね」
後方から聞こえてくる姉弟子の声は、この際無視しておこう。
いまはこっちの方が先決だ。
「……彩霞、律?」
「呆けた顔するな。さっさと、その剣を納めろ」
そのバツの悪そうな顔を見ていれば分かる。
フェリア、おまえだって分かってるんだろ? 自分がどれだけ衝動的に剣を振るおうとしていたのかを。
「すまない、頭に血が昇りすぎていたようだ」
「おまえが正常じゃなかったことぐらい、俺にだって理解できてる」
だから、そんな間抜けな顔するなよ。
俺だって、おまえにはずいぶん世話になってるんだ。
「リツくん……」
さて、フェリアが落ち着いたとなれば、残った問題はモフランのほうか。
こいつはこいつで何やら興奮しているみたいだが……
「おい、モフラン。おまえらの間に何があったのかは知らないが、失言に関しては謝罪しとけ。仮にも戦場では背中を守り合う人間なんだ」
モフランは俯いたま、何も言葉を発さない。
普段から、むやみやたらと頭を下げるような奴じゃないが、そこまで見下げた馬鹿でもなかったはずだ。
「ボクは、ボクは何も間違っていない! 戦場で背中を任せると言うならば、ボクは君たち平民など選びはしない! アルゴ少将から聞かされたとおり、貴族には貴族としてのやり方がある! それが大々的に施行された以上、君たちとのお遊戯もこれで終わりだ!」
なんだ、この鬼気せまる勢いは?
そこまで睨みつけられても、残念ながら俺にはさっぱり言っている事が飲み込めない。
アルゴから聞かされた? 貴族のやり方? 大々的に施行?
くそっ、どれだけ考えても、さっぱり意味が分からない。
「彩霞律、貴様までそんな顔をする必要はない。これは、私たち貴族の問題だ」
「そうは言ってもなあ……」
「大丈夫だ。答えは分かりきっていたことなのだよ。……縋りつこうとした、仲間だと考えてしまった、そんな私が愚かだっただけだ」
「……フェリア?」
いつになく暗い表情でそう口にするフェリアに、俺はある種の危機感を抱いていた。
これは、――何かを諦めた人間の顔だ。
「モフラン・オブリル。今この時この場所において、貴公との縁を切らせて頂く。これより我らは別に道を歩むことになるだろう。しかし、それも貴公が望んだことだ」
「……正気かい? ロータス子女。今回施行された法案で、ボクの立場は間違いなく揺るぎないものになる。そのボクとの縁をわざわざ自らの手で切り落とそうと……」
「もう喋るな、オブリル卿。貴公と私は違う道を歩む。そして、貴公のその考え方には、ここにいる誰もが首を縦には振らんだろう」
「ぐっ……ぐっぐっぐっ!!! わかったよ、ああ、わかったとも! ならばここで袂を絶とうではないか!」
「行け。もう、貴公の顔は見たくもない」
フェリアがモフランから顔を背けると、モフランはそれに背中を向けるように走り去っていく。
「ねえ、ちょっと待ってよ!、モフラン! ……フェリア、いったい何があったの!? 説明してくれないとわからないよ!」
ニーアにしては珍しいほどの取り乱しかただ。
なんだかんだといっても、あの二人はそれなりに仲が良かったからな。
思うところの一つや二つはあるんだろう。
それに……
「フェリア、俺もニーアと同意見だよ。ここまで身内を荒らしてくれたんだ。説明ぐらいは、してくれるんだろ?」
仲間内でこういうことになるのは、俺もあまり好きじゃない。




