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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
特権階級
65/111

離反

「いい加減にしたまえ! キミに貴族としての誇りがないのか!」

「オブリル卿。いい加減にするのは貴公のほうだ。あのような馬鹿げた話、よもや本気で受け入れる気ではあるまいな」


 厄介事っていうのは往々にして重なるものだ。

 ロクに訓練もできず、ロクでもない来訪者に振り回され、挙げ句の果てにはこれだ。

 夕食をとるためカモミールへと向かっていた俺たちは、そこで思わぬ光景に出くわしていた。

 それは道端で口論するモフランとフェリアの姿だ。

 

「無論、ボクには上官の提案を受け入れる準備がある」

「見損なったぞ、貴公が愚か者だということは理解していたが、まさかここまで権力に下るとは」

「見損ないたければ見損なえばいい! これはボクの本望であり、貴族としての在り方だ!」

「去れ、もはや貴公と話をするつもりはない」

「ぐっ……、そんなこと、ボクの方こそ願い下げだ!」


 雰囲気からして只事には見えないな。

 あの二人は元々折り合いが悪かったが、あの様子を見る限り、いつものおふざけとはどうやら違うみたいだ。


「僕、ちょっと止めてくるよ」   


 ニーアも俺と同じことを考えたのか、そう言い残すと一目散に二人のもとへと駆け寄って行く。

 まったく、あいつは本当にお人好しだな。

 級友とはいえ、あまり他人の懐に飛び込みすぎるのも考えものだ。


「二人とも、どうしたの、こんな道の真ん中で」

「む、誰かと思えば田舎者か。ここは君の出る幕ではない、早々に立ち去りたまえ」

「そんなこと出来るわけないよ、ねえ、どうしたの二人とも、よかったら話を……」

「うっ……うるさい!!! 平民風情が、ボクに向かって偉そうな口を聞くんじゃない!!!」

「うわっ!」

「オブリル! 貴様!!!」


 それが、最後のきっかけだった。

 モフランは怒声とともにニーアを突き飛ばし、それを見たフェリアがモフランを殴り飛ばす。

 

「立て! オブリル卿! そして今すぐ、ニーア・カロラインに頭を下げろ!」

「フェリア、僕は大丈夫だから……」

「ぐっ……、くっくっくくっく、貴女はいつもそうだ。そうやって、すぐに暴力に訴える」

「なに?」

「力でねじ伏せるだけが賢いやり方だとでも思っているのかい!? それなら貴女は死ぬまで己の技量を磨きつつければいい!」

「正気か、オブリル卿? それは、騎士を目指そうとするすべての人間を敵に回す言葉だぞ。訂正するなら、今のうちだ」

「ボクは貴女のような野蛮な考えで騎士を目指した訳じゃない! ボクはボクとして、ボクのやり方でこの国の民へと貢献を図ってみせる! ロータス子女よ、オブリルの系譜に連なるボクに間違いはない。貴女の歩む騎士道などでは、誰ひとりとして救うことなど出来ないんだ!」

「っ! 貴様ぁ!!!」

「駄目だよ! フェリア!」


 再び拳を放とうとしたフェリアの身体を、ニーアは懸命に押さえつけ、なんとかその場に押し止めている。

 しかし、妙な光景だ。 

 普段の行動には色々と思うところもあるが、モフランはあれでも実直な人間だ。

 それがどうして、あそこまでフェリアを焚きつけるような言葉を口にする。


「平民が、それでボクに恩を売ったつもりかい?」

「モフラン、ほんとにどうしちゃったのさ。いい加減、機嫌直しなよ。話ぐらいだったら、僕が……」


「うるさい!!! ボクはもう騎士ごっこ(・・・・・)なんてウンザリなんだ!!! 貴族として誇り高くあるために、そしてこの国で暮らす民草のために、ボクは必ず特権将校(・・・・)の座を勝ち取ってみせる!!! ようやくその機会が訪れたんだ、それをみすみす逃すような真似は……」

「オブリル! そこまで言うからには覚悟しろ! 騎士道を貶めただけでなく、よもや級友まで愚弄するとは!!!」


 ちっ、手間をかけさせる。

 いくら何でも、そこまでしたら収集がつかなくなるだろうが!

 フェリアはニーアの静止を振り払って、抜き払った剣を上段に構えている。

 

 あれは、決闘なんて誇らしいものじゃないっ!


「!!!」


 間一髪、滑り込むように二人の間に割って入った俺は、なんとかその剣戟を受け止める。

 こっちは半刀身しかないっていうのに、今日は厄日か?


「ふーん、律ったら案外やるじゃない。あの段階で駆け始めたにしては、上出来の捌きかただね」


 後方から聞こえてくる姉弟子の声は、この際無視しておこう。

 いまはこっちの方が先決だ。


「……彩霞、律?」

「呆けた顔するな。さっさと、その剣を納めろ」


 そのバツの悪そうな顔を見ていれば分かる。

 フェリア、おまえだって分かってるんだろ? 自分がどれだけ衝動的に剣を振るおうとしていたのかを。 


「すまない、頭に血が昇りすぎていたようだ」

「おまえが正常じゃなかったことぐらい、俺にだって理解できてる」


 だから、そんな間抜けな顔するなよ。

 俺だって、おまえにはずいぶん世話になってるんだ。


「リツくん……」


 さて、フェリアが落ち着いたとなれば、残った問題はモフランのほうか。

 こいつはこいつで何やら興奮しているみたいだが……


「おい、モフラン。おまえらの間に何があったのかは知らないが、失言に関しては謝罪しとけ。仮にも戦場では背中を守り合う人間なんだ」


 モフランは俯いたま、何も言葉を発さない。

 普段から、むやみやたらと頭を下げるような奴じゃないが、そこまで見下げた馬鹿でもなかったはずだ。


「ボクは、ボクは何も間違っていない! 戦場で背中を任せると言うならば、ボクは君たち平民など選びはしない! アルゴ少将から聞かされたとおり、貴族には貴族としてのやり方がある! それが大々的に施行された以上、君たちとのお遊戯もこれで終わりだ!」


 なんだ、この鬼気せまる勢いは?

 そこまで睨みつけられても、残念ながら俺にはさっぱり言っている事が飲み込めない。

 アルゴから聞かされた? 貴族のやり方? 大々的に施行?

 くそっ、どれだけ考えても、さっぱり意味が分からない。


「彩霞律、貴様までそんな顔をする必要はない。これは、私たち貴族の問題だ」

「そうは言ってもなあ……」

「大丈夫だ。答えは分かりきっていたことなのだよ。……縋りつこうとした、仲間だと考えてしまった、そんな私が愚かだっただけだ」

「……フェリア?」


 いつになく暗い表情でそう口にするフェリアに、俺はある種の危機感を抱いていた。

 これは、――何かを諦めた人間の顔だ。


「モフラン・オブリル。今この時この場所において、貴公との縁を切らせて頂く。これより我らは別に道を歩むことになるだろう。しかし、それも貴公が望んだことだ」

「……正気かい? ロータス子女。今回施行された法案で、ボクの立場は間違いなく揺るぎないものになる。そのボクとの縁をわざわざ自らの手で切り落とそうと……」

「もう喋るな、オブリル卿。貴公と私は違う道を歩む。そして、貴公のその考え方には、ここにいる誰もが首を縦には振らんだろう」

「ぐっ……ぐっぐっぐっ!!! わかったよ、ああ、わかったとも! ならばここで袂を絶とうではないか!」

「行け。もう、貴公の顔は見たくもない」


 フェリアがモフランから顔を背けると、モフランはそれに背中を向けるように走り去っていく。

 

「ねえ、ちょっと待ってよ!、モフラン! ……フェリア、いったい何があったの!? 説明してくれないとわからないよ!」

 

 ニーアにしては珍しいほどの取り乱しかただ。

 なんだかんだといっても、あの二人はそれなりに仲が良かったからな。

 思うところの一つや二つはあるんだろう。

 それに……


「フェリア、俺もニーアと同意見だよ。ここまで身内を荒らしてくれたんだ。説明ぐらいは、してくれるんだろ?」


 仲間内でこういうことになるのは、俺もあまり好きじゃない。

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