倭国からの来訪者
「ほう、キサマの言い分はそれだけか?」
その言い方に俺は今日何度目かの溜息をつく。
いま現在俺に詰め寄っているのは、十人いれば十人が認めるだろう美貌の持ち主。そして一部では頭の固い事でも有名な騎士見習いフェリア・ロータス。
何かにつけて俺に難癖をつけてくる奴だが、今回ばかりはそれに屈するわけにもいかない。
「ああ、俺はこの二日間、シスターの護衛として巡礼の旅に付き合っていただけだ」
丹田に力を込め、真っ向から反論するするように口を開く。
「なるほど、ならばちょうどそのあいだにラグナラ要塞の攻略が実施されただけであり、あくまでもキサマは無関係だと」
「しつこい奴だな。だからさっきからそう言ってるだろ」
「ふむ。その割には不審な点が多く見られるわけだが……」
「それもすでに説明済みだ。モフランから剣を借りたのはシスターの護衛に必要だと判断したから。誰にも言わずに都市部を離れたのは、その巡礼がシスターの個人的な用事も兼ねていたから。何をそこまで勘ぐる必要がある?」
この説明をするのも、ここに来てこれで何回目だ。
それでも疑い深い眼差しを向けてくるあたり、フェリアの奴も相変わらず面倒くさい。
「ではこの苺のしょーとけーきをお願いします」
「はいはーい、追加注文承りましたあ~。リッツとフェリリンは他にない?」
「ああ、問題ない。って、さらっと追加注文するな祈梨!」
「狭量な。そんなことで目くじらを立てるな、彩霞律。……それと店員、その呼び方は何のつもりだ?」
「うえええええ、ちょっとしたお茶目で抜剣!? フェリリンの方がリッツよりよっぽど狭量だよ!」
「あのー、皆さん。いちおうこれでも営業中なんで、もう少し静かにお願いしたいんですけれど……」
半ば混沌じみてきた俺たちのやり取りをおっとり口調でそう咎めるのは、この店、お食事処カモミールの店主兼料理人であるシェリ・グレイパス。
そのほがらかな雰囲気もあいまってか、彼女にたしなめられると自ずと自戒の精神が芽生えてきてしまうから不思議だ。
「すまない、店主。どうやら無駄に騒ぎを起こしてしまったみたいだ」
それは堅物で知られるフェリアにとっても同様、シェリに叱られれば異論の余地はない。
「元気が良いのは良いことよ。でも他の人に迷惑をかけちゃダメ。祈梨ちゃんも覚えておいてね?」
「おおー、わかりました。申しわけなきにそうろうです」
撫でられてご機嫌なのはよくわかるが、シェリ、その馬鹿姫をこれ以上甘やかすな。
この国に来てから日に日に言葉遣いがおかしくなってる様な気がする。
「さて、それで騒ぎの原因は何だったのかしら?」
騒ぎの原因って言われても、強いて言えばそうだな……
「リナじゃないか?」
「そこの店員だ」
「えええええええええ!?」
奇遇だな、俺とフェリアの意見が揃うなんてめったにないことだぞ?
まあ、当の本人はそれどころじゃないらしいが。
「リナは普通に注文聞きに来ただけじゃん! 真面目に仕事してたじゃん!」
騒ぐなうるさい。おまえの声は響くんだよ。
それにほら、
「なるほど。騒ぎの原因はうちの妹でしたか。これは皆様にはとんだご迷惑を……」
こうやってシェリが頭を下げているのに、仮にも店員たるおまえはそれでいいのか?
まったく、客商売をしてる人間とは思えないな。
と、そんな感じでここぞとばかりにリナに向けて挑発的な視線を送ってみる。
「何を呆れた顔してんのよーーーー!!! こうなったら「リーナ、おかわり」」
盆を天高く振り上げ、いまにもそれを打ち下ろそうとしてたリナの暴挙を間際で防いでくれたのは、それまで黙々と食事を堪能していた我が良きパートナー、カエラ。
無表情なのはあいかわらずだが、空になった皿を颯爽とリナの前へと突き出しているその姿は、何故だか誇り高き戦士のようにも見える。
「ん。おかわり」
「あっ……はい」
リナのノリでカエラに対応するのは、さぞ難しいだろうな。
ちょっとばかりからかい過ぎた感はあったが、いつも迷惑をかけられている分、これでおあいこだ。
ふぅー、それにしてもようやくこれで一息つけそうだ。
「助かったよ、カエラ」
「ん? 何の話?」
どうやら意図的に狙ったものじゃなかったらしい。
カエラの視線はこれでもかというほど厨房に釘づけになっている。
流石は頼れるパートナー、俺にさえその底が見えない。
「それで彩霞律。さっきの話の続きだが……」
何だよ。まだ疑ってるのか? こいつ、しつこさも一級品だな。
「だから何度も説明してるだろ。俺はこの二日間……」
「この件は不問にしよう。これ以上キサマを問い詰めても何一つ益をもたらしそうにない」
「ああ?」
「だからこの件は不問にしようと言っているのだ。これ以上この場で騒ぎを起こしても店側に迷惑をかけるだけだ」
上から目線なのは気になるが、こいつにしては殊勝な心がけだ。
これで俺もゆっくりと飯を……
「ただし、私が詰問を諦めるのはキサマに対してだけだ。もしもシスターからキサマと同じ言質を取ることが出来なかったらその時は……」
ああ、そういう事ね。おまえの中でどれだけ俺が信用ないのかが良く分かる発言だよ。
食事の後には軽い運動を、ということで、俺たちは訓練場内にある大きな広場へとやって来ていた。
千客万来とまではいかないが、見渡す限り多くの騎士見習いたちがこの場で汗を流している。
「そういえば、ニーア・カロラインとモフラン・オブリルはどこに?」
「あの二人なら昼食を返上してまで組討ち稽古をするってよ。多分、そこら辺にいると思うんだが……」
「ん。あそこ」
カエラの指差す方向に目線を向けると、そこにはあったのは猛然と罵り合っている二人の姿。
「田舎者! どう考えても今のはボクの一本勝ちだ!」
「モフランはいっつもそうだよね! 負けた後に屁理屈ばっかり! それじゃあもう一本試してみようよ!」
「もちろんだとも、ああ、もちろんだとも! そろそろどちらが優れた剣士なのか決着を付けようじゃないか!」
「じゃあいくよ、これが四十三戦目!」
「応とも! だがまずは休憩を挟むのはいかがなものか!」
「はあ!?」
「このままではボクの本領を発揮するのに少し体力が元ない。だから、あえて君のためにも休憩を提案しようといっているのだよ」
「モフラン……、また疲れたの?」
「愚弄するか田舎者! ボクはただ君の名誉のためを思って……」
何をやってるんだあの二人は。
ここから見てるだけでもマトモに訓練しているようには到底見えない。
「何をやっている、あの二人は。あの様なふざけた感情で剣を振るうなど言語道断。カエラ、ついて来い。あの二人に真の稽古というものをつけてやる」
「ん。やるなら二対ニが妥当」
おいおい、鬼かおまえ達は。
これ以上あの二人を痛めつけて何が楽しいんだ!?
「おいっ。フェリア、カエラ、ちょっと待……」
「見ぃつけたぁ」
その瞬間、背筋に悪寒が走り、慌ててその場を飛び退く。
「あんたに倣って一刀に一心を込めてやったっていうのに、ずいぶんとつれない反応じゃない?」
「おまえ……」
ざんばら髪に朱の袴、そしてその小柄な体ではとても振るうことは適わないだろうと思われる直刃の大太刀。
「昌運、どうしておまえがこの国に……」
「ははっ! 決まってるじゃない。かつての約束を保護にした愚かな弟弟子をこの手で粛清するため、昌運小桜、倭国よりはるばるあんたの元へと参じたまで。――覚悟しなよ、律」




