半分
呆然とたたずむシスターにそう告げると、まるでそれを見計らったかのように、両軍から怒涛の声があがりはじめる。
「あれだけの矢をたかが一本の剣で跳ねのけただと?」
「何者だ、あの少年は。化物か?」
「怯むな皆の者!!! 絶えず隙間なく矢を放ち続けろ!」
「はっ、あの腐れ東洋人、ずいぶん派手な真似を。つくづくいけ好かねえ奴だ。まあいい、テメー等! 駆逐の時間だ、全軍突撃ー!!!」
「「「オオオオオオオ!!!」」」
敵軍が弓を引いたのが発端か、それとも俺がその矢を弾き落としたのが発端なのか、どちらにしろこれで戦場の火蓋はきって落とされた。
自軍は鉄の盾を傘に矢の雨を防ぎ、眼前にそびえたつ強固な門戸をこじ開けようと前進をはじめる。
それに負けじと敵軍も容赦なく矢を射ち続け、投石をくりだし、門戸までの道のりを赤く染めていく。
ちっ、当然といえば当然だが、やはり初手の犠牲は自軍のほうが大きい。
あの頑強な門戸を開かない限り、こちらは防戦を強いられる。
俺はシスターを守るために、この場所から無意味に動くわけにはいかない。
――――いまは耐えるしかない。たとえ、目の前で仲間の屍が築かれていこうと。
「…………」
あいかわらずいい度胸だな。シスターは目の前で繰り広げられている惨状から一瞬も目を離さず、ただ黙って唇を噛み締めている。
「無理するな。この光景はあんたには毒でしかない」
気休めでしかない言葉だが、俺にかけられる言葉なんてその程度が限界だ。
これはあんたが知る必要のない世界。
だから視線をそらしたって誰も責めやしないさ。
「いいえ。騎士の方々は私が口にした女神教の教えを信じ、それを胸に命の限りを尽くしているのです。それをたかが私情で目をそらすようなことはできません」
立派なお考えをお持ちのようで。
その割には足が震えてるし、顔は真っ青だがな。
「帰りを待つ者の気持ちを考えたことはあるか?」
「え?」
「これはつい最近俺が言われた言葉だ。己の矜持に従うのは結構だが、少しは他人の、いや、大切な者の心情も理解しろってな」
「たしかにその通りではあると思いますが。それがいったいどうし……」
「あんたは女神教の教えよりも、シスターとしても立場よりも、死んでいった両親祖父母に憧れた」
「!」
「だから、あんたは誰にも告げずに戦場へとおもむき、最悪の場合は死んでしまうことさえ覚悟していた。違うか?」
俺の言葉にシスターは目を伏せ、ただただ沈黙を保つ。
その態度を見れば俺の推測もあながち間違ってはいなかったようだな。
「憧れた背中に追いつこうとしたのは結構。ましてやそれが女神エルファリアに通じるものがあるんだとしたら、なおのこと決断するのは楽だっただろさ」
「私はっ……!」
「黙れよ」
シスターの息を飲む音と同時に、自分の中で何かが弾けてしまう。
「ここはあんたが居ていい様な場所じゃない。ましてや名指しされたかといって、のこのこと最前線にまで足を運んでいいような場所じゃない。ふざけるのも大概にしろ」
冷たい声が口から零れ落ちていく。
「あんたの仕事は戦場で戦う騎士を激励することだ。この場で命を散らすことじゃない。誰があんたに殺せと言った? 誰があんたに殺されろといった?」
これは俺の私情めいた戯言なのかもしれない。
だが、この人が俺と似てるんだとすれば、これは言っておかなくてはいけない。
「もう一度言う、ふざけるな。死してまでして守ろうとは考えるな。あんたにはあんたの帰りを待ちわびる人がいる。その事を――――絶対に忘れるな。あんたがそうであった様に、残された人間の気持ちも考えろ」
シスターは俯いたまま一言も言葉を発しない。
ひょっとしたら、あんたもあの時の俺と同じ様な気持ちを抱いているのかもしれないな。
『キサマと祈梨嬢の絆の深さなど、私にはとうに理解できている事だ。祈梨嬢がどれだけキサマの事を信頼しているのかなど、私がいまさら口に出すまでもない。だがな、例えこれが私の独りよがりだとしても、私はキサマを許すことが出来ない』
まさかこんなところで俺が逆にフェリアの気持ちを味わうことになるなんて、奇怪なこともあるものだ。
――――それもこれも、結局は俺とあんたの共通点なんだろうさ。誰かに憧れ、その道を歩もうとした愚かな人間の考えだ。
「彩霞さん――――先の言葉。私は信じてもいいのでしょうか?」
いまだ視線は地面に向けたまま、シスターはそんな言葉を口にする。
「ああ? 先の言葉っていうのは……」
「あなたが私の、いえ、女神教の祈りを半分は叶えると言った言葉。あれを私は信じもいいのでしょうか」
何を思いつめているのかと思えば――――そんなことかよ。
「倭国にはこんな言葉がある「武士に二言はない」。まあ、俺は武士階級の人間でもなければ、侍だったわけでもない。だが、その根付いた志しはいまだに消えることなく俺の中に確かにある」
古い言葉だが、信に値する言葉だ。
「ならば彩霞さん。あなたには私の剣となって頂きます。降り注ぐ血がなるべく少なくなるように、失われる命がなるべく少なくなるように、この戦いを終わらせてください」
ああ、それでこそ俺の知っているシスター・ソフィーだ。だが……
「残念ながら、今回の俺の役目はあんたの護衛だ」
「構いません。その為に私も前線へと足を向けましょう。だから――――私の身も、あなたには守っていただく必要があります。もちろん、出来ないなんて事は言いませんよね?」
なんて無茶な要求を。でもまあ、――――それでこそ俺の知ってるシスター・ソフィーだ。
無駄話が過ぎたか。俺が戦場へ意識を戻したとたん、派手な音を立ててラグナラ要塞の門戸が崩れ落ちていく光景が目に入る。
どうやら自軍の強襲は実を結んだようだな。
しかし安堵したのもつかの間、開かれた要塞からは雪崩出るように敵兵の影が姿を現していく。
野戦を選択するつもりか!?
まあ、あの敵大将を思い返せば、それも無きにしも非ず。
「シスター、血をかぶるくらいは覚悟してくれよ」
「無論。その程度覚悟の上です」
いい返事だ。なら、遠慮なく戦わせてもらう。
俺は両手で抱えた大剣を横薙ぎに振るい、目の前まで迫った三人の敵兵を一閃のもとに屠る。
「なっ、なんだアイツは!?」
「アイツ、我が軍の矢を打ち落とした化け物じゃ……ぐぁあああああ!!!」
口を動かしてる暇があったら足を動かせ。
こっちはこの剣が大きすぎるせいで味方との距離まで測らないといけないんだ。手加減できると思うなよ。
『いいかい、リツくん。これはボクの家の倉庫から特別に持ち出した一級品の代物だ。人の身を超える刀身はまさに頑健の証。ボクという親友がいることにキミはこの上なく感謝することになるだろうさ』
モフランの奴。いくら頑丈な剣を貸してくれと言ったとはいえ、扱いにくい剣を渡しやがって。
全長はおよそ七尺。その分、重量も他の剣と比べてはるかに重くなっている。
薙ぎ払う、斬りつけるなら並以上の力が出るようだが、いかんせん俺の流派である雅流一仭には不向きな剣だ。
「少しは人の闘い方を見て考えろモフラン!!!」
大剣を振るうたびに辺りに屍が転がり、背中側からは息を飲む様な音が聞こえる。
「怖くなったか? シスター」
「……集中してください。ここは戦場なんでしょう?」
気丈にもそう答えるシスターの矜持に、心が脈打つように跳ねあがる。
「上等!!!」
二度三度と剣を振るい、屍を避けるように足場を確保する。
とはいえ、これは殲滅戦。
俺が剣を振るい続けるまでもなく、見る見るうちに敵兵は数を減らしていってしまう。
「彩霞さん?」
「ああ、どうやら取り越し苦労だったみたいだ。そんな顔しなくても、じきにこの戦は終わる。これ以上、俺の出る幕はなさそうだ」
さすがは歴戦の騎士たちってところだな。
よく見れば綺麗に陣列を整え、敵を袋小路へと追いやっている。
あの中にこの大剣で参戦するのは分が悪すぎるだろう。
――――それに、万に一つも俺が大将首級をあげでもすれば、さすがにクラウスも黙ってはいないだろうしな。
肩の力を抜き、少し乱れた息を整える。
シスターはどうも心ここにあらずといった表情で、足元に広がる骸を見つめたまま微動だにしない。
「どうだった? 短いながらも、これが戦場の在り方だ」
「……上手く口にすることが出来ません。ただ、人というのはこうも簡単に死んでしまうものですね」
そう言うとシスターはその場でひざまずき、瞑目してしまう。
それが何に対する祈りなのかは、俺には知るよしもない。
「そうだよ。そして守るために人の命を奪う。それが俺のやり方で、だから半分だけしか俺にはあんたの祈りが届かない」
これは本心だ。
所詮は人殺し。しかし、大切な何かを守るためならば、俺は絶対に振り返らない。後悔もしない。これは俺が決めた生き方だ。
「半分……。でも、それはとても大きな半分なのでしょうね」
シスターがそう呟くと同時に、自軍の勝鬨が響き渡ってくる。
これでララーナ国による殲滅戦は無事完了。
――――さて、あとは残りの仕事を片付けるだけだ。




