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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
銀のいざない
38/111

軍規において

 王城。ララーナ都市部の最奥に位置するその建物は、豪奢であり荘厳。

 海路より最も離れた場所に鎮座するその姿は、異国の商人達の度肝を抜き、この国の繁栄を体現している証であるとさえ考えられる。

 もちろん、建築美だけを取り柄にした張りぼてというはずもなく、機能としてもこの国の中枢を担うに相応しいものとなっている。

 そのひとつが、ララーナ王国の象徴として名高い、騎士団の総本山としての役割だ。

 正式に『騎士』として任命された者の中でも、『将校』と呼ばれる極一部の者でしか立ち入ることの許されないその場所に、いま現在、俺は足を向けている。


「何だぁ、ガラにもなく緊張してんのか?」


 無精ひげをさすりながらそんな風に軽口を飛ばしてきたのは、俺をこの場所まで連行してきた張本人。アルゴ・クライン少将だ。

 右目に引かれた傷も然ることながら、ガタイの良い風貌もあいまって、見た目だけなら盗賊団の団長と見られてもおかしくない。

 まあ、だからって訳でもないが、このオッサンのきっぷの良さは折り紙付きだ。


「黙れオッサン。俺はアンタほど楽天家じゃない」


 こんな風に、敬語も使わずに話をしてしまうのもそのせいだろう。

 どうにもこのオッサンを敬う気持ちが芽生えてこない。

 戦場に出れば、この上なく信頼できる上官なのは確かなんだがな。


「その粋がありゃあ結構だ。だが忘れんなよ。こっから先は、流石にそんな軽口は謹んどけ」


 それは百も承知だ。

 何せ、今から俺は軍法会議にかけられるみたいだしな。

 自分の立場くらいは理解しているさ。


「着いたぜ。――――アルゴ・クラインだ。軍命に基づき、うちの訓練生を連れてきやした」


 重厚な扉の前でアルゴがそう口にすると、中からくぐもった声が聞こえてくる。


「入りたまえ」


 思いのほか声が若いな。

 こっちはてっきり、引退間近の老兵を想像してたんだが。


「失礼しやす」


 そう言うが早いか、アルゴは両手を左右に広げるかのように、重厚な扉を開け放つ。


 まず初めに目に入ったのは、壁に掛けられた数々の勲章や盾といった代物。

 どうやら上層部という多分にもれず、自己評価の好きな連中のようだ。

 机の数は、扉から並行方向に一つと垂直方向に二つ。

 審問役とみられる人間の数は三人。

 一人は正面に位置する老兵。

 あとの二人は側面に位置し、両者ともまだまだ若くみえる。俺の度肝を抜いたのは、そのうちの一人だ。おまえ、あの時の・・・


「前へ進みたまえ」


 そう促してくるのは対面の椅子に腰をかけた、いかにも歴戦の兵士然とした老兵だ。

 だが、俺にとって今はそんな事どうでもいい。

 気掛かりは二つ。


 まずは、俺と同様の形で審問の場に晒されているライアス・ゴア中将についての説明をして欲しいな。  

 ライアスは先の戦争で殊勲ものの活躍を見せていたはずだ。それがどうして、こんな場所に晒されることになる。


「彩霞くん、前に進みなさい。大将の命令です」


 そう言いのけるライアスの顔には、焦りのひとつも見受けられない。

 まるで、自分がここにいるのが適切であるかのように受け入れている。

 ちっ、どうにも腑に落ちないが、ここは言うとおり大人しく従う他ない。


 俺はライアスの隣に並び、審問役の連中に晒される立ち位置をとる。


「では、早速だが審問をはじめよう。議題については諸君も承知のとおり、貴様ら二人が先の戦争で、騎士道にあるまじき行為を実践したということだ」


 しゃがれた老兵の声が、重たい空気をさらに重たくする。


「ライアス・ゴア中将、貴様は将校の身でありながら、軍命を無視するような愚行に及んだ。ダンダラ関所の攻略を途中で放棄した理由を述べてみせよ」

 

 威厳あるその声に、ライアスは毅然と言葉を返す。


「すべては私の独断です。ダンダラ関所における我が軍の武力を鑑みれば、私の部隊など無くとも作戦自体は成功を収めると判断した次第です」

「ほう。戦況を先読みするのに長けている貴様のことだ。その言葉に間違いはないな?」

「御意」


 なるほど、ライアスが俺たちの加勢に来たのは、軍部の命令ではなく独断専行だったのか。

 だが、ライアスの加勢が無ければ、俺たちの部隊は間違いなく全滅していた。

 騎士道ってのも、なかなかに厄介なものだな。


「はっ。何をそれらしいことを。おおよそ自分の部下の身を案じたのだろうよ。え? 違うか、ライアス」


 それまでは沈黙を保っていた細目の男が、突然嫌味ったらしい声をあげる。

 短く刈り上げた茶色の髪も相まって、傍から見れば、まるで喧嘩屋の因縁にしか見えない。  


「己の部下の身を案ずるのは上官の役目。しかしながら、戦場においてそれを優先させるほど耄碌はしておりません。クラウス、貴方の意見に首肯することは出来ない」


 クラウスと呼ばれた細目の男はライアスの言葉を受け、舌打ち混じりに机を殴りつける。


「何をスカした態度をとってんだぁ? テメーはいまの自分の立場が理解できていねえようだなぁ」

「自分の立場は理解しています。しかし、貴方の方こそ自重したほうが宜しいのでは。ここが大将の御前だという事を忘れないで頂きたい」


 犬猿の仲って奴か。

 これだけの言葉の応酬で、この二人の関係性はだいたい理解できた。

 そして、


「静まれ、二人とも。クラウス、貴様に発言の許可を与えた覚えはないぞ」


 いましがたこの二人の諍いを止めたこの老兵こそが、ララーナ軍の総大将って事だ。

 クラウスと呼ばれる男については、いまだに苛立たしさを隠せずにいるようだが、それ以上は言葉をつぐむ結果となっている。

 

「ともかく、如何な理由があろうと、ライアスが軍命に背いたことは事実。故に、ライアス・ゴア中将には三ケ月の減棒を命ず」

「委細承知致しました。寛大な処置、言葉も御座いません」


 下された罰刑にもライアスは口答えすることなく、腰を折り頭を下げる。

 ライアスを貶めようとは思わないが、命令違反に対する罰としてはあまりにも軽すぎる裁量だ。

 まあ、軍部としても将校クラスを罰するのは、世間体から考えてもあまり有用ではないってことか。


「意義はないな。では次の審議に取り掛かる」


 ライアスがその場から一歩下がり、俺が前に押し出される形になる。


「訓練生。貴様はあろうことか、自分の上官であるアルゴ・クライン少将が行なった決闘に横槍を叩き込んだ。その事について弁明を聞くつもりはない。以下な理由があろうと、騎士における『決闘』に水を差すなど言語道断。その様な愚か者に『騎士』を目指す資格だど有りはせん。よって、その身は騎士訓練施設から退席。即刻荷物をまとめて出て行くが良い」


 厳罰。いや、これでも緩いほうなんだろう。倭国における武士道においても、『果し合い』に横槍を入れた場合は、命を持って償う必要があった。

 アルゴから呼び出しをくらった時点で、すでに予想はしていた事だ。

 いまさらそこまで驚く程のことでもない。


 騎士を目指すために、この地に足を踏み入れたのは事実だ。

 だが、あの場でアルゴの死に様をみすみすと見送るような人間になりたかった訳じゃない。 

 俺が求めるのは、、、


「お待ちください。それには私の方からも意見を述べさせて頂きたい」

「ああ、納得できねえ話だ。大将、いま一度考え直してはもらえませんか」


 ライアスとアルゴはその判決に納得がいかなったんだろう。老兵に向かって意見を申し出る。

 止めとけよ。あんたらの言葉は有り難いが、それは上官に楯突く行為だ。

 実際、この老兵にとっては訓練生なんて掃いて捨てるほどの価値もないんだろう。

 この判定は、覆りようもない。 


 俺がそんな事を頭の中で考えていたその時、残った一人の審問役が、はじめて口を開く。


「ライアス、アルゴ、二人とも落ち着け。その様な仕草は、騎士として相応しくない」


 輝くような銀髪に、魔性を思い浮かばせる様な美顔。


「だが、、、大将。この件についてはオレからも進言させてもらおうと思う。申し訳ないが、この男の処罰。このオレに一任してはもらえないだろうか」


 そう、俺がこの国に来て初めの日に出会う事になった。

 銀髪の貴公子がそこにいた。 

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