遷移する日々
ダンダラ関所における勝利の知らせは、ララーナ都市部に大きな活気を呼び込んだらしい。
商人はこれまで以上に算盤を叩き、腕利きの傭兵たちが、続々と都市部へと流れ込んできているようだ。
しかし、所詮は侵略行為。住民の中には浮かない顔をしている者も少なくはないらしい。
その最たる人間が、教会に身を置いているシスター。ソフィー・グラネットその人だ。
彼女はララーナ王によるあの演説があった日からずっと、教会に篭もり、嘆きの祈りを続けているらしい。
まあ、その辺りの事情に関しては、あまり他人が踏み込んで良いものじゃない。
俺が出来ることなんて精々、、、
「律、何を起き上がっているのですか、じっとしててください!」
「嬢は甘いな。こういう時は問答無用で、こうだ!」
フェリアから聞かされた、ここ数日の出来事を頭の中で反芻していたとき、俺が横たわっている寝台が大きく蹴り上げられる。
「・・・痛っ~。阿呆かオマエ、いきなりなんて事しやがる」
当然のように文句を口にしてみるも、寝台を蹴り上げた当の本人は何食わぬ顔でこちらを見下ろし、
「阿呆はキサマの方だ。祈梨嬢がここまで献身的に介護しているというのに、当の本人にその自覚がないのでは話にもならん」
などと、悪態をつくばかり。
そういえばさっきから、俺の周りで祈梨がチョロチョロと動き回っていたような気がするが、なるほどそういう訳だったのか。
物思いに耽るあまり、まったく周りに意識がとんでいなかった。
「まあまあ、フェリアもそこまで怒らなくても良いんじゃないかな。リツだって色々考えたいこともあるだろうし」
そんな時に助け舟を出してくれたのは、こちらも包帯まみれになっているニーアだ。
あの死地にも等しい激戦を闘い抜いただけあって、流石に無傷という訳にはいかない。
それでも、生き延びていてくれたことを純粋に嬉しく思う。
クロウとの戦闘で意識を失ってしまってからの事は、概ねこの二人が説明してくれた。
結局、最終的にはライアスの手のひらで踊らされていた様な気はするが、それもアイツと俺の差なんだろうという事で納得せざるを得ない。
アイツは見事に自分の役割を果たし、奇襲部隊の壊滅にまで貢献した。
それに比べて、俺が成し遂げたことなど何一つ有りやしない。
「知らせを受けた時には、オブリルであるこの僕でさえ度肝を抜かれたよ。まさか、あの『焔のクロウ』に決闘を挑んだなどど。正気の沙汰とは思えない」
腕を組んだ状態で、いかにも偉そうに講釈を垂れながしてくるモフランの事は、この際放置しておくことにしよう。
本当はこの場で叩きのめしてやりたいところだが、ついさっきフェリアからお叱りを受けたばかりだ。
「それに比べて僕の活躍を聞き給え。君にも見せてあげたかったよ。ダンダラ関所において、僕がどれほどの貢献を成し遂げたのかを」
何をそこまで胸を張れることがあるのか。
フェリアやモフランが帯同した本隊の戦場については大まかにしか話を聞いていないが、ついぞお前が活躍しただなんて話は聞いた覚えがない。
まあ、気持ちよさそうに話をしてるんだ。わざわざそれを止めてやる事もない。どうせまともに聞く気もないしな。
「オブリル卿よ、それは聞き逃せんな。貴公は戦場において後方待機、前線への武器の補給を命じられていただけだというのが私の記憶にあるのだが」
しかし、流石は空気の読めなさに定評のあるフェリア。
モフランを問い詰めるかのように、鋭い言葉を口にする。
「ぐぬっ。し、しかしフェリア殿、僕の華麗なる指揮のおかげで、前線への補給を迅速に済ますことが出来たのではないか」
「自惚れもそこまでしておく事だ。貴殿のあれが指揮だというのなら、まだ吟遊詩人を立たせておいたほうが、いくらかマシだっただろう」
「ええいっ、そこまで言うからには覚悟は出来ているのだろうな」
「暴れるな。仮にも怪我人の部屋だ。貴殿はそこで大人しくしていろ」
歯牙にもかけない態度っていうのは、まさしく今のフェリアを意味するんだと思う。
でも、自分からけしかけておいてそれは無いだろう。モフランの奴を見てみろ、隅っこでいじけちまったじゃないか。
「元気をだすのです、モフラン。フェリアはいつも『けんかじょうとう』だそうですから、『さわらぬ神にたたりなし』なのです」
いつの間にか俺の傍を離れた祈梨が、モフランの頭をポンポンと叩きながら、そんな言葉を口にする。――――おいおい、ちょと待てよ。それはちょっとマズイんじゃないか?
「ふむ。祈梨嬢は本当に頭が良いな。難しい言葉をすぐに記憶することが出来る。それは嬢の長所だ」
フェリアは優しく祈梨を頭を撫でつけているが、俺にはその奥に潜む修羅がばっちりと視認出来ている。
視線を横に向けると、「僕は関係ないよ。僕は知らないからね」と言わんばかりにニーアが顔を背けてしまう。
「さて、祈梨嬢。少々教えて欲しいことがあるんだが、その『喧嘩上等』や『触らぬ神に祟りなし』といった言葉は、いったい誰から教わった?」
地獄の蓋は開く寸前。差し詰め、クロウと対峙した時と似たような感覚が全身を襲ってくる。
「それはいぜんに律が口にしていた言葉です。しっかりと覚えています、間違いありません」
鼻息荒く自信満々に答えてる場合じゃないぞ祈梨。ちょっと褒められたくらいで喜ぶな、お前の保護者の危機だぞ!
「ほう、なるほど。それは興味深い話だ。――――彩霞律、弁明は?」
いつもなら難なく受け流せるだろうその敵意も、俺は現在、寝台から身を起こせない状態。
万策尽きたかの様に思えたその瞬間、部屋の扉が乱暴に開け放たれる。
「よぉ。相変わらずうるせえ奴等だなぁ」
「「「アルゴ少将!?」」」
何の用かは知らんが助かった。これはこの話を煙に巻く絶好の機会。
俺はここぞとばかりにアルゴを利用しようと算段する。
「おい、お前等。上官殿の前だ。ここは少し、大人しくしておいたほうが良いんじゃないか?」
「くっ、キサマ。何を勝ち誇ったかのような顔を」
睨みつけてくるフェリアの顔は極力見ないようにして、俺はあたかも優等生であるかのように、アルゴの登場に居住まいを正す。
真面目気質なフェリアの事だ。上官の前で暴挙に及ぶようなことは決してしない。
しぶしぶながらも姿勢を正し、視線を俺からアルゴヘと向ける。
「何だ何だ、痴話喧嘩の最中かよ。そりゃあ間の悪い時に来ちまったなあ」
「アルゴ少将。お言葉ですが、それは戯れが過ぎます。即時撤回を」
「かあーっ、こりゃあ手厳しいねえ。おたくの兄貴が心配するのも分かるってもんだ。たまには顔を出してやったらどうなんだい?」
「あ、兄の話はしないで頂きたい。あの方は立派に職務を全うされている人だ。でも、そうか。確かに、そろそろ挨拶には伺わなければな」
「おう、そうしとけ。あの野郎もそうした方が喜ぶだろうぜ」
顎に手を置いて思案し出すフェリアに、アルゴが屈託のない笑みを浮かべる。
そう言えば以前、フェリアには兄貴がいるって話は聞いた覚えがある。
今の話から推測するに、その兄貴っていうのも軍属関係者なんだろう。
とはいえ、このまま二人の内輪話を聞いているだけってわけにもいかない。
ニーアとモフランに至っては、いまにも泡を吹いて倒れそうだしな。
「オッサン、その様子じゃあ死にぞこなったみたいだな」
「おうよ。どこぞの若造がしゃしゃり出てくれたおかげでな。この通り生き恥を晒す結果だ」
「へぇ。言ってる事はいまいち理解できないが、それなら重畳だ」
「よく言うぜ。――――まあいい、今日はちとお前さんに残念な知らせを持ってきた」
そう口にすると、アルゴは何故か済まなさそうな顔をする。
おいおい、一体何だっていうんだ?
あんた程の人間が、わざわざ訓練生の部屋まで出向いてきたんだ。
悪い予感しかしないのは、俺だけじゃないだろう。
そして、アルゴはその事実を口にする。
「お前さん――――いや、彩霞律。貴公は、先の戦争で騎士の顔に泥を塗る行為を行った。それについて、軍上層部は極めて厳正な処罰を下すことを決議。至急、王城への出頭されたしとのこと。以上が、残念な知らせだ」




