死地に燃ゆ
これは間違いなく騎士道に反する行為だ。
当然のように、辺りからは罵りの声が浴びせられる。
だが、自分でそうすると決めた以上、その声に耳を傾けるつもりもない。
「お前さん、何を馬鹿な真似を」
槍を首元に突きつけられたままのアルゴが、掠れた声でそう言ってくる。
どうやら、命に関わるほどの重症じゃないらしい。とはいえ、戦闘続行はあきらかに不可能。
わるいな。これは、あんたの顔にも泥を塗る行為だ。
この戦が終わり次第、好きなように罰してくれればいいさ。
だから、とりあえず、そこで大人しくしてろ。
こいつの相手は俺がする。
「これも奇縁という事か。よもやこのような戦場で、貴様にまで出会うことになろうとはな」
クロウの目には、どこか愉悦を含んでいるかの様な感情さえ浮かんでいる。
根っからの戦闘狂が。さっきまで、散々暴れまわっただろうに。おかしな奴だ。
「彩霞律。貴様の剣技は、この俺の昂ぶりを満足させるに相応しい」
「相変わらず大した自信だ。後悔させてやる。あんたはあの時、俺を殺しておくべきだった」
「小僧がよく吠える。先の闘いだけで、我が炎槍を見極めたつもりか?」
「さあな」
実際、コロンの街であの炎槍と刃を交わしていたら、間違いなく殺られていたのは俺の方だ。
それほどまでに、あの炎は強すぎる。正直、ここまでの威力を誇るとは、露ほどにも考えていなかった。
だが、その威力をこの目で見れた以上、勝機が無いわけでもない。
「決闘の場に横入りするだけの事はある。骨のある目だ」
クロウはそう呟くと、おもむろに十字槍を天高く掲げ出す。
「皆の者、よく聞け! この男が犯した罪は大きい。されど、この男と俺の勝負に口を挟むものは何人たりとて許しはせん! 万に一つも罵倒しようものなら、この俺がその首を切り離す!」
大将から告げられたまさかの言動に、リクセン軍のあいだには、これ以上ない動揺が走り出す。
「クロウ。あんた、、、」
「彩霞律。貴様のしでかした行為は愚かしい。何故そこまでして、この男を救おうとする」
「別に、大将の危機に馳せ参じるほどの忠義がある訳じゃない。だが、目の前でそのオッサンが殺されるのを黙って見過ごすのは、俺の信念に反する行為だ」
「その信念というものは、ララーナが掲げる騎士道よりも尊いものだと言うのか?」
「無論。この信念だけが俺の指針だ。それ以上に願うものなど有り得はしない」
「なるほど、、」
掲げた槍を下ろし、クロウはいまだ地面に横たわるアルゴに目を移す。
「良い部下を持ったな、アルゴ・クライン」
「へっ、冗談じゃねえ。口が裂けても、そんな事は言えねえなあ」
そして、空気が一変する。
クロウが槍を構え直したとたん、その槍を覆い隠すように、強大な炎が顕現していく。
「いつぞやの決着、この場で付けさせてもらおう。東洋が剣士よ、いま一度、名乗りを上げろ!」
そのあまりの気迫に、足が押し返されそうになってしまう。
心地良い殺気と、溢れんばかりの闘争心。
やっぱり、あんたと俺の相性は最悪みたいだ。
こんな時でも、口元が歪んでしまう。
「雅流一仭が初伝。彩霞律。己の刃をこの決闘に賭ける!」
「リクセン軍が将校、クロウ・クリエスト。我が槍は紅焔、屍一つ残らぬものと思え!」
「いざ尋常に、勝負!」
「応!」
仕掛けは同時、各々が最速の一撃をもって交差する。
クロウの持つ炎槍は、触れただけでも相手を消し炭にする程の火力を誇っている。
加えて奴の得意技は、虚空波すら生み出す神速の突き技。
ならば、考えられる手段は二つ。
一つは間合い外からの攻撃。これならば、奴の炎槍に触れることなく致命傷を与える事が出来る。
しかし、残念ながら俺は、斬撃を飛ばすだなんて奇術めいた技量は持ち合わせていない。
然らば、残された手段にこの身を託すのみ。
奴の間合い深くに入り込み、その命を刈り取るまで。
俺はクロウの神速の突きを、体術だけで見切り、奴の懐へと潜り込む。
もちろん、そこまで容易く躱せる訳もなく、頬が灼け、肩口には裂傷が走り抜ける。
それでも、あと一歩を踏み込んでみせる。この一歩が、勝敗の分かれ道だ。
「何だと!?」
「俺の勝ちだ。クロウ。――――はぁぁぁぁぁ!!!」
鞘に収めたままの黒刀を抜き去り、逆袈裟に一閃する。
最速の一撃は赤き鎧を切り裂き、赤い雨を惜しみなく降らせていく。。。はずだった。
「グッ! 見事な一撃」
クロウの奴。俺が懐に入った瞬間、突きと同じ速度で、己の槍を手前に引き戻しやがった。
俺の刀は奴の体を半分切り裂いたところで炎槍に阻まれ、半ばから真っ二つに折れている。
重症を与えたのは間違いないが、致命傷とまではいかない。
奴の間合いから逃れるため、咄嗟に飛び退いた俺の体に、容赦なく十字槍が襲いかかってくる。
ちっ、こんなところで終われるか!
即座に身をよじるも、完全回避は不可能。脇腹を切り裂かれ、その場に倒れ込んでしまう。
達人の一撃の前には、仕込んでいた鎖帷子なんて紙くずも同然。
止めどなく流れ出してくる血が、その事実を雄弁に物語っている。
「いつぞやよりも、、、数段、、、速くなっているとは。素直に、、、賞賛に値する一撃だった」
俺が切り裂いた脇腹を右手で抑えながら、クロウがゆっくりと近付いてくる。
はっ、呼吸が荒いぜ。あんたも相当な深手を負ってるんだ。少しは自重しろ。
とはいえ、俺の方も折れた刀を頼りに膝を立てるが、それ以上は力が入らない。
脇腹とはいえ、あの炎槍をまともに喰らったんだ、命があるだけでも・・・
待てよ。どうして俺は生きている?
あの炎槍は触れただけでも相手を消し炭にしてしまうほどの威力を持っていたはずだ。
それに――――どうして奴の十字槍からは焔が消えて無くなっているんだ?
「どうやら、、、気付いたようだな。貴様の一撃は、、、奇しくも魔鉱石で創られた俺の炎槍に傷を刻み込んだ」
焦点がボヤけはじめた俺の両目でも、クロウが口にした事実は、はっきりと確認する事ができた。
奴の持つ十字槍には、一点から派生した細かな亀裂が走り抜けている。
ああ、そういうことか。
あんたの持つ魔鉱石っていうのは、その槍そのものだったってことだ。
偶然の出来事、たったひと時とはいえ、命拾いした。
「賞賛しよう、、、東洋の剣士よ。決闘の名に、、、恥じぬ戦いだった。冥府で誇れ!」
目の前に立つ男からは止めの一撃が繰り出され、時が止まったかの様にゆっくりと、死が自分に迫り来る。
――血を流しすぎた。
――体が動かない。
――そもそも、闘うための刀が折れてしまった。
『大丈夫だよ。おまえの事は俺が守ると決めたんだ。出来るだけ早く帰ってくるさ』
『はい。知ってます。わたしのことは律が守ってくれますから』
ああ、わかってるよ。
――血を流しすぎた《そんなもの》
――体が動かない《かつての誓いを果たすためなら》
――そもそも、闘うための刀が折れてしまった。《何の障害にも成りえない》
死中に活を求める。すると、己の内側から、言い知れぬ何かが溢れ出してくる。
『これからは俺がその娘を守りぬくと約束したんだ。それが俺の・・・』
目の前に迫った槍撃を、折れた刀で横に逸らす。
「・・・ふざけるなよ。まだ終わってない!」
誓いはここに。待ち人のために。俺はまだ死ぬ訳にはいかない。
「!!!!!」
クロウの顔が驚愕に歪み、何か立て続けに言葉を発している。
どうした? 何をそんなに焦ることがある。
もはや俺の耳は、まともに言葉を聞きとる事も出来ていない。
だが、そんな些細な事はどうでもいい。今はただ、力の限りに、この刀を振るい続けるのみ。
一心を一刀に込め、己の命を賭ける。
だが、俺の放った渾身の一閃は、目の前に立ち塞がった男の長槍に、難なく押さえ込まれてしまう。
ちっ、何だってアンタがこんな場所に、、、
その忌々しい横顔を見たとたん、俺の意識はそこで途切れた。
◇◇◇◇◇
「些か無理が過ぎますね。上位三傑を相手に、たかが訓練生が決闘を臨もうだなどと」
しかし、彼がここまで時間を稼いでくれていなかったら、間に合っていたとは言い切れません。
ここは感謝するべきところか、それとも上官として厳しく罰するべきか。
「ば、馬鹿な。何故、、、何故キサマがここにる。答えろ! 、、、ライアス・ゴア!」
なるほど、こちらはこちらで重傷のようだ。
よもやまさかクロウ相手にここまでの手傷を負わせるとは。
彩霞くん。私は君の未来に期待せざるを得ません。
「久しぶりです『焔のクロウ』。貴方ほどの人間が、私がこの場にいる理由を分からないはずもないでしょう」
そう私が口にすると、彼は構えた槍を下げ、先程までの闘争心をかき消す。
「そうか。ララーナを侮っていたのは、我らリクセン軍の方だったという訳か。ダンダラ関所がここまで速く落とされる事になろうとは」
概ねその認識で間違いありませんが、ララーナ軍が本隊はいまだにダンダラ関所にて戦闘継続中です。
私がこの戦場に現れたのは、ダンダラ関所での戦況を鑑み、私と私の部隊が戦列から離れても問題ないと判断したからに過ぎません。
「投降して頂けますか、クロウ・クリエスト。貴方は、こんな場所で命を落として良い人間ではない」
「戦士としての恥を晒せというのか。相も変わらず冷酷な男よ」
「無論、これ以上の戦を望むというのであれば、私直属の部隊をもって、全力でお相手させて頂きます」
「キサマ、その言葉を口にしながらも『騎士』の名を名乗るか」
「生憎ですが、私は『騎士道』よりも『ララーナの勝利』を優先しています。戦争が綺麗事だけではない事など、貴方も十分に理解しているでしょう」
「・・・」
クロウは私の言葉を聞くと、無言でその場に膝をつく。
戦場には慈悲など存在しない。
あるのは勝利か敗北か。
貴方が戦いを望むのなら、徹底的に排除するつもりでいましたが、どうやら理解して頂けたようで幸いです。
「この戦、我らララーナの勝利とさせて頂く! 皆の者、勝鬨をあげよ!!!」
「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
雄叫びをあげる我が軍に対して、リクセンの兵士たちは、魂が抜けたかのようにその場に佇んでいる。
無理もない。彼等にとっては、本来なら負けるはずのない戦だったはず。
それを、想定外の援軍が現れたせいで木っ端微塵に砕かれた。
ですが、それも戦争の一端。
単純に武器を振ることだけが戦争ではありません。
辺りを見回せば、死屍累々の惨状。
どれほどこの戦場が苛烈を極めていたのかが良く分かります。
「旦那、すいません。最後に尻拭いをしてもらっちまったみたいで」
アルゴが訓練生に肩を抱かれながら、こちらへ向かってくる。
この戦地を任された身とあっては、居心地が悪くなるのも仕方が無いでしょう。しかし、よく私の部隊が到着するまで持ちこたえてくれました。
「構いません。これも軍略の一つ。リクセン軍の奇襲部隊は、どうしてもこの場で止める必要があったまでです」
「へっ、敵わねぇなぁ。旦那の背中は遠すぎますわ」
「無駄口はそこまでです。アルゴ、貴方の傷も浅いものではない。即刻手当の準備を」
「へいへい。仰せのままに」
訓練生に肩を抱かれ、アルゴはそのまま、この場を立ち去っていく。
治療が必要なのは彼だけではない。
ふと視線を向けると、カエラが必死の形相で、横たわる彩霞くんに治療を施していた。
あの様子なら心配はないでしょうが、彼には、まだまだ死なれては困ります。
リクセン軍との本当の戦争は、これから始まるといっても過言ではないのですからね。
君の功労には、今後とも期待させて頂きます。




