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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
死地に燃ゆ
35/111

雷の騎士

 先に仕掛けたのはアルゴだ。

 身の丈ほどもある巨大な戦斧を、身をひねりながら水平に打ち出す。

 いくらクロウの十字槍が鋼製だとしても、アルゴの一撃を受け止められるはずもない。

 あんな威力を真正面から受けようものなら、その場でバラバラになるのは必至。


 しかし、流石にそうは簡単にいかない。

 クロウは後方に身を引きつつ、武器の間合い差を生かして突きを繰り出す。

 寸分違わずアルゴの首を狙ったその一撃は、それもまたアルゴの超反応によって、頬を掠める程度で致命傷には至らない。


「ヘッ。流石にそうは簡単にいかねえな」

「ふんっ。キサマとこうして真っ向から打ち合うのもこれで何度になるか。そろそろ決着を付けてもよかろうよ」


 互いが互いの呼吸を読みながら、不敵に笑みを漏らしあう。


「馬鹿言うんじゃねえよ。こちとらこんな場所で逝っちまったら、ライアスの旦那に合わせる顔がねえ」

「キサマのその忠誠。真摯に尊く思う。それ故、我が軍にとってそれは難敵以外のなにものでもない」

「はっ、笑わしてくれるぜ。敵将に褒められても血の味しかしねえ」


 そう言い終えるやいなや、アルゴはまたしても戦斧を水平に構えなおす。

 得物の特性上、単純な打ち合いなら間合いの広いクロウの方に分がある。

 そんな事はアルゴ自身も重々承知しているだろう。

 さて、それをどう覆すつもりだ?


「戦斧の嵐。掻い潜ってみせな、クロウ・クリエスト」


 口元を僅かに愉悦に歪めながら、アルゴの目付きが一瞬で修羅のそれへと変貌する。


「どぅおらぁぁぁ!!!」


 繰り出された渾身の一撃は遠心力をともない、目の前の対象を切り裂く刃と化す。

 しかし、それじゃあさっきの焼き増しだ。クロウもその一撃を冷静に見極め、またしてもその身を後方へと躍らせる。


「馬鹿の一つ覚えが俺に届くとでも思ったか! これで終わりだ!」


 神速で繰り出されるは十字槍による一撃。

 しかし、クロウは咄嗟にその手を止める。

    

「ちっ、化け物じみた真似を!」


 それもそのはず、アルゴは振り抜いた戦斧を、遠心力を殺さぬままに回転させ、次の一撃を繰り出し続ける。

 大地を抉りとり、土埃を舞い上げながら、一歩一歩とクロウの命を刈り取らんがための戦斧の嵐が吹き荒れ、遠巻きに見ていた俺たちですら後退を余儀なくされる。


 なんて馬鹿げた腕力をしてるんだ。

 例え鎧兜を着込んでいようが、あんなものに巻き込まれたら最後。間違いなく原型を留める事なく命を刈り取られてしまう。

 かといって、あれを止めるためにはアルゴに一撃を加える必要がある。

 しかし、それも事実上は不可能と言わざるを得ない。

 槍撃を繰り出そうにも、あの嵐に巻き込まれれば最後、武器はおろか、その身体までも破砕されてしまうのは間違いない。


 まるで攻防一体の結界。

 近づく者を確実に排除する死の塊。


 ガガーン! っという一層派手な炸裂音を大地に打ち鳴らし、アルゴが攻撃の手を一度止める。


「はっ、どうした! 『焔のクロウ』様ともあろう人間が、まさか臆した訳じゃねえだろうな」


 アルゴが攻撃を繰り出した後には凄惨に砕かれた大地が広がっており、その威力の凄まじさを如実に物語っている。

 敵軍の兵士達もその痕跡の深さに恐れ慄き、絶望的に顔色を変えていく。

 あの猛威が、もしも乱戦の中で繰り出される事があれば、間違いなくそれは戦況を覆す驚異となり得るだろう。 

 それこそ、百や二百の戦力差など、容易に覆してしまうほどに。


 まあ、俺としては、あれだけの戦斧を無尽に振り回しておきながら、息ひとつ乱れていないその馬鹿みたいな体力の方に驚きを隠せない。

 あの戦斧の嵐を攻略するのなら、アルゴの体力が底を尽きるのを待つのがいちばん容易で手っ取り早い。

 だが、あの様子だと、アルゴの体力が尽きる前に、受け手の体力が尽きる方が早いと考えたほうが現実的だろう。


 大地に残る痛ましい痕跡に目を落としながら、『雷の騎士』と呼ばれる所以を刻み込む。 


「よもや、その様な奇っ怪な技を隠し持っていたとはな。キサマ、今までの戦闘では手を抜いていたというのか」


 クロウの赤髪は土埃にまみれ、多方優勢と捉えられていたのが嘘の様な有様だ。

 致命的な一撃こそ与えてはいないが、先の攻撃の効果は大きい。

 クロウ自慢の神速の槍撃は、あの戦斧の嵐の前では何の驚異にもなり得ない。

 以前に俺が見た、神速の突きによって生じる虚空波ですら、あの嵐にはかき消されてしまうだろう。

 戦況を覆すための一手があるとするならば、それは、、、


「馬鹿野郎、テメー相手に手なんか抜いてみろ、あっと言う間に串刺しにされちまう。俺は基本的に旦那のサポートだからな。敵将校の首級を上官を差し置いてまで頂戴するわけにはいかねえ」

「それを世間一般では、手を抜くと言うのだがな」

「ごちゃごちゃと細けえ奴だ。過去はともかくとして、この戦場は俺が旦那から直々に任された。任された以上は、全力を以て勝ち抜く。それだけだよ」

「見上げた根性だ。だが、俺をコケにした代償は高くつくぞ」

「勿体ぶってんじゃねえよ。『焔のクロウ』の名が泣くぜ?」

「笑止! キサマのその言動、万死に値すると思え!」


 その言葉を合図に、クロウの十字槍から目を灼くほどの炎が燃え上がりだす。

 そう、クロウにはまだ、魔鉱石といった奇術めいた奥の手がある。

 その威力は、今しがたこの戦場でまざまざと見せつけられたばかり。

 先の攻撃を見る限りでは、炎を直線状に放射するような呪術とは異なり、炎を纏わりつかせた十字槍による突撃こそが、あの炎撃の真骨頂だろう。


「そうこなくっちゃなあ。『焔のクロウ』をぶちのめしてこそ、気持ちよく凱旋できるってもんだ」

「よもや俺の炎を侮っている訳でもないだろう。触れればそれだけで炭と化すぞ」

「上等だ。それよりも先に、テメーの五体をバラバラに切り刻んでやる」


 共に放つは、防御不能の一撃。


「「うぉぉぉぉ!!!」」


 互いの咆哮が天を衝くかのように響き渡り、同時に必殺の一撃を繰り出す。


 しかし、アルゴの渾身の一撃は予想に反して、向かい来る炎槍に照準を合わしている。

 狙いは武器破壊。

 点での衝撃なら、いかに炎が強くても間違いなく破砕できる。


 二つの武器が交差するかのように見えたその瞬間、アルゴの身体が後方へと吹き飛ばされる。


「ぐはぁぁぁっ」


 地面に仰向けに倒れたアルゴの身体には、中央に凄まじいほどの一撃の跡が。

 鎧は抉り取られたかのように一部が焼け焦げており、端々にまで走っている亀裂が、受けた一撃の重さを物語っている。

 

「ちっ、しくじったぜ。たかが虚空波と侮りすぎたか」


 なに!? アルゴの巨体をここまで吹き飛ばしたのが、クロウの突きから生じた虚空波だっていうのか?

 俺が相対した時に受けた虚空波には、とてもじゃないがここまでの破壊力は無かった。

 これが、ただの十字槍と炎槍の威力の違い。


「俺の炎槍をその辺りの槍と同じく考えるとそうなる。ただの虚空波なら受け止められると考えたか?」

「ヘッ、テメーのチンケな一撃ぐらいなら、どうとでもなると思ったんだがなぁ」

「俺の虚空波さえ凌げれば、キサマの戦斧は間違いなく俺の槍を破壊していただろう。だが、その読み間違いがこの結果だ」

「ざまあねえ。この勝負、テメーの勝ちだ」


 クロウはゆっくりと倒れ伏すアルゴへと近寄ると、十字槍の先端をその喉元へと突きつける。    

 

「悪ぃな。どうやら俺はここまでみたいだ。シモーネ、アン、達者で暮らせよ」


 道中でアルゴが口にした言葉が頭をよぎる。


――馬鹿言うなよ。俺が死んだら、都市に残してきたカミさんと娘が泣いちまう

 

 ああ、なるほど。

 騎士の矜持は何事にも代え難い。

 その生き方に水を差す様な、程度の低い戦士になろうとは思わない。


 だが、、、


「クロウ・クリエスト。お前の次の相手は俺だ」


 目の前で仲間が殺される未来を打ち消そうとして、それの何が悪い。


「お前の首級は俺が貰い受ける。その槍先、向ける相手を間違えるな。東洋が剣士、彩霞律。推して参る」

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