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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
死地に燃ゆ
34/111

好機と勝機

 群がる敵兵を斬り倒しつつ、徐々に敵陣奥へと歩みを進める。

 無論、匹夫の蛮勇を体現するつもりはない。

 仲間の動きに合わせて、斬り込み、防ぎ、また刃を振るい続ける。


「はぁぁぁっ!」


 裂帛の気合とともに、目の前に現れた敵兵を一刀の下に斬り伏せる。

 いったい何人の敵兵を屠ったかなんて、数えている合間もない。

 文字通り、敵兵は縦横無尽に襲いかかってくる。

 一斉に掛かってくる人数は、最大でも五人。

 しかし、流石はリクセン軍が正規兵。槍撃、剣撃、そのどれもが、重く素早い。


 そのうえ、前に進めば進むほど、敵軍に飲み込まれるように周りを囲まれていく。

 とはいえ、足を止めれば討ち取られる可能性が高くなる。

 勢いのある今のうちに、少なくても、敵部隊長の首級程度はあげたかったが、状況がそれを許してくれない。

 仲間の状況を鑑みても、目の前の敵を退けることで手一杯の様子だ。 


 これが死地。

 なるほど、確かに、勝てる要素がどんどん薄れていく。


「くそっ!」


 取り囲まれていた仲間を救援するため、敵兵を背中から斬りつける。斬って、斬って、斬り続ける

 満身創痍とは言わないが、流石にここまでの数を相手にしていると、無傷というわけにはいかない。

 

 どれだけ数を減らせることができた?  

 どれだけの仲間が地に倒れ伏した?


 増えていく傷と底のない疑問は焦りとなり、剣先を鈍らしていく。


 先兵としての役割でいえば、はっきりいってこれは上々の成果のはずだ。

 弓兵の脅威を退け、敵前線を解体させた。

 これ以上は、時間がかかるほど、戦況は悪くなる一方。

 それは本隊にいるアルゴも重々承知しているはず。

 数量で負けている以上、士気の高い今こそが絶好の好機。


――絶好の好機?


 頭の中に、おもむろに疑問符が浮かび上がる。

 何だ?何かが引っかかる。

 しかし、考えがまとまる間も無く、後方から轟雷の様な声が響き渡ってくる。


「おらおら、どきやがれ! 乱戦上等、リクセン兵は木っ端微塵だ!」


 どうやら予想通り、本隊も突撃をしてきたようだ。

 アルゴが巨大な斧を振り下ろすたびに、敵兵が宙を舞うかのように弾き飛んでいく。

 あいかわらず馬鹿みたいな威力の一撃だ。

 それに、アルゴの周りを固めているのは、ララーナ軍の正規兵であり、正騎士。

 見事な連携で、瞬く間に敵兵を屠っていく。

  

 先兵として突貫した俺たち訓練生は、いまだにまともな連携をとらず、各々が各々の技量のみで戦っている。各人がそれなりの技量をもっているので、そうそう遅れはとっていないが、この戦い方は基本的に戦場向きではない。むしろ、俺たちの事を部隊と呼べるのかどうかすら怪しい。

 敵兵も正規の訓練を積んだ連中だ。その事実に気付かないはずがない。

 『こいつら、腕は立つが連携の一つもとれない連中だ』と部隊慣れした連中には、あっさりと見抜かれてしまう。

 しかし、一度そう思ったが最期。それは固定観念になり、緊張感を和らげてしまう。『俺たちの勝利は間違いない』と。

 

 だからこそ、連携して攻撃を仕掛けてくる本隊の正規兵を相手取ると、敵兵の判断は一瞬遅れてしまう。

 そして、戦場では、その一瞬が命とりになる。

 

「野郎ども、訓練生のガキ共に遅れをとるんじゃねえぞ!」

「「応!!!」」


 大将の鼓舞を受けた自軍の兵士が、敵兵を次々と切り裂いていく。

 その姿に感化されたのか、先兵として戦い続けていた訓練生の士気も、みるみる上がっている様子が見れる。

 結果、敵兵は混乱に次ぐ大混乱。囲いの戦術すら取る余裕も無くなり、恐慌状態に陥っている兵士も少なくない。


 これを最初っから見越しての部隊編成だったっていうのなら、アルゴについての考えを改めないとな。

 戦闘狂の豪快なオッサンぐらいにしか思っていなかったが、アンタは間違いなくこの国の将校だ。


 これで少しは勝機が見えた。

 

 兵数の差は、いまだ歴然。

 しかし、勢いづいているのは確実に自軍の方だ。

 これなら前に進める。 


――だが、それは本当に正しいのか?


 一度はなりを潜めたはずの疑問が、自分の中で大きく膨らんでいく。

 何を迷うことがある。本隊が合流したことで、局地的な戦力は自軍の方が上回っている。

 敵軍の陣形が崩れている今だからこそ、敵将に続く道が見えるはずだ。


――待てよ、道が見えるという事は、両軍にとって双方向の事態。こちらが目にした道筋とまったく同じ道筋を敵軍が掴んでいるとしたらどうなる?

 

 戦場の様子は変わらない。

 自軍の兵士は複数人による連携を駆使し、相手兵士を圧倒している。  


 言い換えれば、ララーナの軍隊は、狭まった範囲内で、向かい来るリクセン兵を撃退している。 


――もしもこの状況が、ララーナ軍を一箇所に集めるための罠だとしたらどうなる?

 

「ララーナ兵よ! その場で燃え尽き、塵となれ!!!」

「躱せぇぇぇーーーー!」


 俺の叫び声が届く間もなく、目の前の敵軍が二つに割れ、その中から文字通り『焔』が躍りでてくる。


「「ぐわぁぁぁぁ」」


 混戦の中を、無情にも炎の槍が貫き通す。

 両兵の区別もなく、一切の慈悲もなく、すべてを焼き尽くしていく。


 ララーナ軍の兵士は誰ひとりとして、目の前で起こった事実を認めることが出来ない。

 無残にも目の前で焼かれた仲間の姿に目を落とし、戦意を無くしてしまったかのように立ち尽くすばかり。


 一気に戦場を駆け抜けた赤髪の男は、残火を無造作に振り払い、声高に名乗りをあげる。


「我こそはリクセン軍が将校、クロウ・クリエスト。ララーナの兵士ども。我が首が欲しくば、この炎槍を掻い潜ってみよ!!!」


 その声を聞いたとたん、自軍からは動揺の声が広がり始める。


「馬鹿な。どうしてリクセン軍の将校がこんな場所に」

「あんな奴に勝てる訳がない。いまの炎は一体何だ、あれが噂に聞く魔鉱石の力か」


 瞬く間に自軍の士気が下がっていく。

 迂闊だった。いくばくかの勝機が見えた矢先の出来事だ。

 持ち上げられた分、叩きつけられた衝撃は大きい。


 クロウ。こいつはここまで見越して、今まで前線に顔を見せなかったっていうのか。

 刀を握る手に、自ずと力が入る。

 いまの一撃で、おそらく三十人程度は屠られた。

 魔鉱石の力を侮っていたことを加味しても、自軍の損害が大きすぎる。

 元より数で劣る自軍にとって、これは致命的な一撃だ。


「どうした、ララーナ兵よ。貴様らの中には、誰ひとりとして我が炎槍に立ち向かおうという者はおらんのか!」


 冷静に考えろ。元より、自軍が勝利をおさめる方法は最初から一つだけだった。 

 兵士として散った仲間たちを供養するのは後でいい。それは奴等も覚悟の上だろう。

 

 ならばこそ、これを最初で最後の勝機とみなす。


 しかし、状況はそれすら許してくれない。

 クロウに向けて足を踏み出そうとしたその瞬間、別の声に歩みを妨げられる。   


「よう。随分と派手にやってくれるじゃねえか。この落とし前は高くつくぜ? 『焔のクロウ』さんよぉ」


 惚けた声でそんな事を口にしながら、アルゴがクロウの前に歩み出ていく。

 ところどころ煤けていはいるが、アルゴの体に傷らしき傷は見当たらない。

 あれだけの混戦を繰り広げたっていうのに、こいつはこいつで化け物じみた奴だ。


「久しいな『雷の騎士』よ。キサマがここに居るということは、『聖騎士』はダンダラ関所に向かったという訳だ」

「はっ、耳の早え奴だ。ダンダラ関所の事までご存知とは、恐れ入るぜ」

「つい先ほど、ダンダラ関所において、敵軍襲撃の知らせが届いたものでな。よもや、ララーナが侵攻策にでるとは思わなかったがな」

「随分と余裕をかますじゃねえか。ダンダラ関所には、うちの旦那が向かってるんだぜ? 陥落も時間の問題だ」

「笑止。例えダンダラ関所が突破されようとも、我が軍が先にララーナの首都を抑えれば、それで終幕だ」

「痛いところを突いてきやがる。――――しゃあねえ、ここはひとつ、テメーの首級をあげて、その計画そのものを無かった事にしてやるよ」

「潔いな。キサマのそういうところは嫌いではない。――――我が炎槍も、キサマという猛者に出会えて喜びの声をあげていようぞ」


 大将同士が、戦場の真ん中で不敵に笑いあっている。

 出鼻をくじかれた形になってしまったが、さすがに、この空気に水を差すようなことは出来ない。 

 両軍の兵士も戦いの手を止めるほどの張り詰めた空気の中、二人の声が重なる。


「「いざ尋常に! 勝負!!!」」

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