矢の雨
一歩一歩を踏み出すたびに、両軍の距離は正当に狭まっていく。
血の気の多い連中は散発的に雄叫びをあげ、敵軍を挑発するかのように得物を打ち鳴らしている。
厄介なことに、街道から外れたこの場所には、身を隠す場所はもちろん、盾に出来そうな障害物すら存在しない。
敵軍の矢数によっては、瞬く間に蜂の巣にされても何ら不思議はない。
こちらの軍でも、いくばくかの弓兵は率いているが、対人数において倍ほどの差がある以上、数がものをいう遠距離攻撃においては、あまり効果的な威力は得られないことが予想させれる。
「弓兵の連中は手持ちの矢を打ち終わり次第、後方に下がれ。武器を持ち替えて、すぐさまにでも打って出る準備だ」
「「応!」」
その辺りの事情については、勿論、うちの御大将も重々承知の上だ。
鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに、矢継ぎ早に指示が繰り出されていく。
「一斉掃射が終わり次第、先兵は全速で前に打って出ろ。この役目はCクラスの小僧どもだ」
「「応よ!」」
たかが二ヶ月三ヶ月程度しか訓練を受けていない俺たちに突撃の先駆けを任せるか。
戦場の駒として扱われることは、元より重々承知している。
上等だよ。血の気の多い俺たちには、こういう役目がちょうど良い。
異国民の集まりにしか過ぎない故、目先の首級には貪欲になりすぎる連中だしな。
「残る部隊を主部隊とし、合図があり次第、先兵の背中を押し出すつもりで戦時へと飛び出す」
「「了解!」」
「はっ、御大将も舐めてくれる。そんな編成じゃあ、獲物は全部俺たちが頂いちまうぜ」
「口を慎みなさい。これは遊びではないのですよ。まあ確かに、その意気には同調しますが」
「いいじゃん、いいじゃん。先兵なんて、滅多に任されるものじゃないんだし、正規の連中の度肝を抜かせてやるもの一興だ。あんたもそう思うだろ、東洋人?」
俺の配属されたCクラスの連中は、このとおり、煮ても焼いても喰えないような奴等ばかりだ。
戦場を目の前にして、誰ひとりとして尊大な態度を崩そうともしない。
故郷を捨ててまで、異国の戦争に参加するような変人ばかりだ
こいつ等ひとりひとりに、どんな事情があるのかなんて欠片ほどの興味も沸かないが、これだけは確かだ。
「阿呆か、お前等。いままで戦ってきた盗賊連中と一緒にするなよ。御大将の指示には従え。あまり勝手な行動をとると、身内から殺されかねないぞ」
連中の気を引き締めるために吐いた言葉だったが、一拍の後、俺の周辺で戦場に似つかわしくない爆笑が巻き起こる。
「そりゃあねえぜ、俺たちもそれなりに無作法なのは認めるが、アンタほどブッ壊れちゃいねえよ」
「もっともだ。今までの演習においても、君の行動は独断専行の極み。まったく、少しは我が身を省みた方が良いのでは」
「さっすがは黒のサムライさんだ。ここにきて、まだまだ盛り上げてくれるじゃん。お前がいれば、なんとでもなりそうな気がするぜ」
「ん。失言。訂正を要請する」
何がそんなに可笑しいんだ、この阿呆ども。
カエラ、お前もお前だ。こんな時だけ、ちゃっかりと発言しやがって。
「そこのクソガキども! なにをゴチャゴチャと騒いでやがる! ちっとは気を引き締めやがれ!」
反論を口にしようとしたが、アルゴの怒号に、その意気をかき消される。
さすがは『雷の騎士』、体の芯まで震わす、見事な轟雷だ。
まあいいさ、こいつ等への制裁は、この戦場から帰った後でも十分だ。
「ん。そんな装備で本当に大丈夫?」
カエラが俺の全身を見ながら、そんな言葉を口にしてくる。
俺の剣術は速度を重視とする。それ故、鎧兜を着込んだ他の連中とは違い、いつもの礼装の下に鎖を編みこんだ防具を仕込んでいるだけ。強いて上げるなら、鉄製の籠手を装備しているぐらいか。
「心配するな。この方が俺にとっては動きやすい」
「そう。あなたには死なれると困る」
「それは俺の台詞だよ。カエラがいなけりゃ、この先の特務に支障をきたす。こんなところで死ぬなよ、相棒」
「ん。大丈夫。わたしはも生き残ってみせる」
「弓兵、その場で停止。矢をつがえろ!」
アルゴの号令とともに、前列に位置どった弓兵たちが、その場で腰を下ろし、一斉掃射の構えをとる。
これが戦争の幕開け。
一瞬、世界から音が消え去る。
「っ撃てぇーーーーーーーーー!!!」
大地を揺るがすかの様な怒号とともに、自軍から敵軍へと向けて一斉に矢が掃射されていく。
だが、それは敵軍とて同じ。
見上げた空からは無数の矢が降り注いでくる。
奇しくも同時攻撃。
「盾を頭上にかざせ! 仲間との距離を見失うな! 先兵は弓兵の防御も怠んな!」
「ぐわっ」
「くそっ、多すぎる」
次々と襲い来る矢を弾き返しつつ、前方に布陣された弓兵の防御に神経を研ぎ澄ませる。
ちっ、流石に数が多すぎるな。どれだけ防御に徹しようと、こちらの手数以上の散弾に、次々と自軍の弓兵が討ち取られていってしまう。敵軍に与えている威力以上に、自軍の損害が大きすぎる。
「ふざけんな、この程度でやられっかよ!」
「まったくだ。我々を舐めてもらっては困る!」
腕に覚えのあるものは、己が剣で矢を弾き返し、全体を鼓舞するように声をあげている。
しかし、当初の予想通り、このままじゃ長くはもたない。
遠距離においての戦闘では、あまりにも相手との差がありすぎる。
「仕方がねえ、弓兵はいったん下がれ! クソガキども、勲功が欲しけりゃあ、先兵を駆けてみせろ! テメー等の根性の見せ所だ。道を切り拓いて見せやがれ!」
この矢雨の中を突貫しろだと?
「まじかよ大将、軽く言ってくれやがる」
「無謀にも程がある。誰がそのような愚行を」
「いんや。俺には、ひとり、心あたりがあったりするんだよなー」
くそっ、まったく、無茶苦茶な指示を出しやがって。
前方で腰を落としている兵士の肩を踏み台にし、一気に両軍の隙間へと身を飛び立たせる。
降り注ぐ雨粒を回避する事は出来るだろうか?
否。雨粒は己が身を濡らし、瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。
では、降り注ぐのが矢の雨だとしたら、それは可能だろうか。
舐めんなよ。
「雨粒にも満たない矢雨程度の数、躱し跳ね除けること適わねば、雅流一仭の名に泥を塗る」
降り注ぐ矢を、刀の峰で弾き返しつつ、一気に敵陣へと駆け抜ける。
一足を踏み込むたびに、降りかかる矢は数を減らし、次第には直線的な攻撃に変化していく。
それでも構わず、襲いかかる矢を跳ね除け、躱し続ける。
この程度、先に出会ったあの女なら、かすり傷ひとつ負うことなく抜けきれるはずだ。
集中しろ。視線を固定するな。全ての動きを視認しろ。
「化物か!?」
「何者だ、アイツは」
「撃てっ、撃てっ、奴に向かって撃ち続けろ!」
徐々に敵軍の声が聞こえてくる。
そこまで恐慌してくれたのなら重畳だ。
俺に矢を集中させてくれる分、本体への攻撃は多少なりともマシになる。
まあ、それ以前に。
「一番槍、とらせてもらう」
走る速度は緩めぬまま、先頭の弓兵に刀を突き刺す。
敵兵は突然の奇襲に対応しきれていないため、陣形もなにもあったもんじゃない。
格好の餌食だ。
「きっ貴様、何者だっ!」
「敵だよ」
不抜けた声を上げる敵兵を一刃の下に切り伏せ、縦横無尽に刀を翻す。
断末魔、悲鳴、怒号、飛び交う言葉には耳も貸さず、一心不乱に刀を振るい続ける。
「怯むな! 敵兵は一人だ。囲いこみ、血祭りに上げろ! 繰り返す、敵兵は一人だ!」
あそこで、がなり声を上げているのが部隊長か。
なかなか有能な指揮官だな。混乱する隊列を落ち着かせるには、上等の指示だ。
だが、最良には程遠い。
「「うぉらああああああ!!!」」
俺の背後から、次々と自軍の兵が敵兵に襲いかかっていく。
「いっ、いつの間にここまでの突撃を許した。弓兵部隊は何をしている!」
まさかとは思うが、俺が無策で突貫したとでも思っていたのか?
俺の役目は、矢の雨を本体から逸らすための囮だよ。
「相変わらず、やる事がハンパねえぜ。黒のサムライさんよー」
「しかし、彼のおかげでたどり着くことができた。ここからは我々の力の見せ所」
「「「応よ!」」
「敵軍襲来! 奇策により強行突貫。弓兵はその場を離れ、槍兵は前面に! 我らがリクセンに楯突いたこと、後悔させてやるがいい!」
なおも喚き続ける敵部隊長の指示にも、いまだに敵兵は混乱の極み、瞬く間に自軍の兵士が戦場を蹂躙していく。
しかし、この状態も長くは続かないはずだ。
敵兵もその辺に転がっているような雑魚ばかりじゃない。
数の上では圧倒的に敵軍に分がある以上、長引けば長引く限り、こちらの不利は明確。
戦況を覆すための方法はひとつ。
狙うは敵大将の首級のみ。




