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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
死地に燃ゆ
32/111

狼煙

 足並みを揃えた軍隊が、街道を埋め尽くすかの様に西へと進軍していく。

 その数、およそ五百人。

 騎士見習い百三十名を含めたその部隊を率いるのは、ララーナ軍が少将、アルゴ・クラインだ。

 

 雷土の騎士とも呼ばれるアルゴがこの部隊を率いると発表された時には、誰もが目を剥くほどの驚きを感じ、矢継ぎ早に真意を問いただしていた。

 それはそうだろう。この部隊は遊撃という名の偵察に等しい、戦場の端役というのが、一般的な見解なんだから。

 しかし、アルゴは着任の挨拶と同時に、その考えを一喝した。


『死にたくない奴ぁ、とっとと降りろ。ここから先は戦場だ! 向かう先に敵がいないと考える腑抜けに、戦場に立つ資格はねえ!』

  

 その恫喝を聞いても。その場から去る人間は一人もいなかった。

 自分達の考えの浅さを痛感したんだろう。

 各々が武器を天にむけ、アルゴに従事する誓いを、声高に咆吼する結果に。


 その姿に満足したのか、アルゴは怒号ともとれる号令を声高に叫び、今現在、カリズ河へと部隊を進行させている。


「隊列を乱すなよ。それでいて視界は狭めるな。横に立つ人間の顔を忘れんじゃねえぞ。そいつがテメー等の命綱になるかもしれねえ」


 新米の尻を叩くかのように、アルゴは声を上げ続けている。

 これで少しでも部隊の士気があがるっていうのなら、上々の成果だ。


 なにせ、この部隊が行く先に待ち受けているのは、敵軍上位三傑が率いる奇襲部隊。

 生半可な士気で立ち向かおうものなら、あっという間に蹂躙されてしまう。


「リツは流石に落ち着いてるね」


 横合いから掛けられた声に視線を向けると、ニーアが苦笑いしているかのような顔でこっちを見ている。心なしか、顔色も優れない。


「情けない話、さっきから手の震えが止まらないんだ。騎士になることを目標にしてたはずなのに、いざ戦場に向かうとなると、こんなにも自分の弱さを実感するなんて」


 訓練生の過半数が浮かない顔をしていると思ったら、そういう事か。

 こいつ等は例外なく、Bクラスに割り当てられた人間たちだ。

 少し前に、Bクラスは型や模擬戦を主流として、日々の鍛錬をこなしていると聞いた覚えがある。

 これが初めての実戦、命を賭けた戦いになるのなら、そうなっても無理はない。


「ニーア。お前は人を殺すのが怖いのか? それとも、自分が殺されるのが怖いか?」

「えっ?」

「人は簡単に殺せるし、簡単に死ぬ。だからこそ、戦場に思想なんてものは持ち込んでも仕方がない。必要なのは、刃先を向ける覚悟と、刃先を向けられる覚悟だけだ」


 これがニーアにとっての初陣なら、生き残る意志が何よりも重要になる。

 その先にある未来に想いを馳せるのは、まだ早い。

 功績を焦れば、死に直結する。


「生きる事が優先だ。俺たちが訓練生だって事を忘れるなよニーア。お前が言うその弱さってのは、この場では必要なものだ。この場で背を向けなければそれで良い」

「付け加えるとあれだな。戦場では常に声をあげ続けることだな。気迫は気合になり、生きる意志を奮い立たせてくれる」

「っ! アルゴ少将! お疲れ様です!」


 突然横に並んできたアルゴの登場に、ニーアは慌てて背筋を伸ばす。


「ほいほい、お疲れさん。随分と青臭い話をしてるじゃねえか。ちょいと俺も混ぜろや」


 さっきまで中央で大声をあげてたってのに、何を呑気にこんな所に。


「そう邪険な目で見るなよ。こちとら全体の気勢を確かめるために、わざわざ巡回してんだからよぉ」

「そいつはご苦労なことで。それで、部隊の仕上がり具合は?」

「俺が受け持ったクラスの連中は、どいつもこいつも良い目をしてやがる。ありゃあ、まるで猛犬だ。ちょいと教育方針を間違えちまったかねえ」


 頭を掻きながら、困ったように、そう口にするものの、口元のニヤケ具合は隠せない。

 阿呆かアンタは。あれだけ毎日のように盗賊山賊の類を蹂躙させられたら、否が応にでも肝が座るに決まってるだろ。 


「流石はアルゴ中将が教育されたクラス。僕たちもそれを見習わないと」


 何を感慨深く頷いているんだか。ニーアもコイツを尊重しすぎだ。

 しっかりと俺が釘を刺そうとしたしたその時、アルゴから思いもよらない言葉が発せられる。


「そいつは違うぜ。お前さんにはお前さんの受けた修練がある。大事なのは学ぶ姿勢だ。現に、いま騎士の模範となるべき修練を受けているのは、お前さんたちが編成されたクラスだ」

「しかし、戦場で闘うための力が足りなくては、、、」


「根本を間違えんなよ。騎士ってのは、戦場で首級をあげるのが主たる目的じゃねえ。国を、民を守るのが騎士の役目だ」


 珍しく反論したニーアの言葉を、アルゴは厳かな声で跳ね除ける。

 その言葉は重い。俺たちの周りにいる人間も少なからず、その言葉に感銘を受けている。

 綺麗事と言われれば、それまでのこと。

 でも。その姿勢は、戦場を知らない多くの訓練生に刺激を与えている。


 相変わらず、ここぞという時には口が立つ。

 本質をずらし、建前を大々的に誇張する。

 これも少将殿の為せる技ってことか。

 

「・・・そっか。うん。そうですね。この戦に参加できる事を未来の糧に出来るように、僕も精一杯を尽くさないと」

  

 そう言うニーアの眼差しは、さきほどまでとは打って変わって、未来を見据えている。

 これも上々の成果だな。周りを見回しても、各々が持つ雰囲気が一変している。

 

 その姿に満足したのか、アルゴはひとつ頷き、人差し指を折り曲げて、俺を呼び寄せる。


「何の御用でしょうか。少将殿」

「まったく、お前さんは遠慮ってものがねぇな。まあいい、ちょいと外れようや」


 そう言いながら、隊列の後方へと視線を向け、足早にその場から立ち去ってしまう。

 仕方なしに、俺はその後を追おうとするが、傍から見れば、俺が部隊長に罰を受けるみたいに思われかねない。

 少しは俺の風評も考えてくれよ。


 アルゴが待っていたのは、隊列の殿。

 こんな場所まで呼び出すってことは、十中八九、奇襲部隊についての話だろう。

 大方の予想は出来ているが、あまり楽しい話になりそうにないな。


「悪ぃな。お前さんには苦労をかける」

「何のことだか、さっぱり分からんが、俺の方こそ、さっきの件については助かった」

「馬鹿言うな。俺は部隊長として当然のことをしただけだ。―――お前さん、誰にも話してねえのかよ」

「特務については極秘。その内容が何であれ、吹聴するのは御法度だろ?」

「しっかりしてやがる。辺鄙な生き方だ、そんなんじゃ長生き出来ねぇぜ」

「あんたの方こそ、他人の事は言えないな。―――どうして、この部隊についた?」


 アルゴは戦場で『雷の騎士』と恐れられるほどの存在だ。

 そんな人間が、どうして主力部隊に随行せず、こんな死地にやって来たのか。

 訓練生に親心がついた訳でもないだろうに。


「どうしても何も、お前さんも知っての通り、こっちの部隊には敵軍の奇襲を止めるっていう立派な役目があるじゃねえか」

「だから、それが俺には理解できないんだ。この部隊が噛ませ犬役だってことは、十分理解できてるはずだろ。まさか、アンタ自殺願望でもあるのか?」

「馬鹿言うなよ。俺が死んだら、都市に残してきたカミさんと娘が泣いちまう」


 アルゴは都市部の方向に目をやり、豪快に笑い声をあげる。


「それじゃあ、お前さんはよお。お前さんの方こそ、自殺願望でもあるのかい?」

「阿呆なこと言うな。俺は必ず生きて帰る」

「なら一緒じゃねえか。精々気張りな、若造」

「ふんっ。おっさんこそ、早々に力尽きるんじゃねえぞ。アンタを介護するのは大変そうだ」


「アルゴ少将、アルゴ少将は何処に!!!」


 そんな下らない話を中断させるかのように、血相を変えた兵士が慌ててアルゴの元に駆け込んでくる。


「伝令! 西の方角、およそ五キロほど先に敵影を確認! その数およそ千! 繰り返し伝令! 西の方角に敵影を確認!!!」


 息つく暇もないほど同じ言葉を繰り返すその兵士を、アルゴは軽く労い、地を揺るがすような大声をあげる。


「全部隊に告ぐ! 西の方角に敵部隊を発見だ! これより俺たち遊撃部隊は、全力を持って、この敵を駆逐する! 背を向けんじゃねえぞ! 雄叫びをあげろ!」


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」


 雄叫びを上げながらも、各々が慌ただしく戦闘準備を始めだす。

 予想よりも早い発見で何よりだ。

 この様子じゃあ、どうやら敵軍にも俺たちの進軍がバレていたようだな。


 かくいうこちらの部隊もアルゴの発破のおかげで、全体の士気は依然として不抜けた状態じゃない。

 中にはまだまだ事態が飲み込めていない連中もいるが、じきに腹を括るしかなくなるだろう。

 ここから先は、後戻りもやり直しもできない、ただの潰し合いだ。


 さあ、はじめよう。

 これが、この国での初陣だ。

 ここで負けるようなら、俺に守れるものなんて何もない。 

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