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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
カリズ河の攻防
28/111

仮初の協定

 目の前に立つ女の意図が理解できない。


「あんたほどの腕前なら、あの程度の連中はどうとでもなるだろ。何が目的だ」


 刀を持つ手が小刻みに震える。

 本能が、会話ではなく刀を振るえと警鐘を鳴らし続けている。


「目的も何もあるまい。妾とお主らの利害関係が一致していると思うて声を掛けたまでのこと。深読みせずとも他意はない」

「他意はない? 馬鹿なこと言うなよ。そもそもアイツ等が探してるのは、あんたじゃないのか?」

「妾は森を遊歩していただけじゃというのに、いつの間にやら、わらわらと人が集まってきよってのお。妾も訳がわからぬ状態なのじゃ」

「そんな戯言を信じるとでも?」

「少年のほうこそ、この様な場所で何をしておったのかのお。見たところ、彼奴等とは敵対関係にあるようじゃが」

「あいにくと、俺たちもあんたと同じで人気のない場所を探していただけだ」

「これは野暮なことを聞いてしもうたか。許せ。妾のせいで、お主らを厄介事に巻き込んでしまったようじゃ」


 白を切るのはお互い様か。  

 飄々としているくせに、その真が見えない。

 どちらにせよ、この女が奴等に姿を見られたのは間違いないようだ。


 腑に落ちない点は、いくつもある。

 

 丑三つの時にわざわざ森の中を単独で遊歩するなど、愚の骨頂だ。

 ならば、こいつにはこの森に来た明確な理由がある。

 それに、この女の技量なら、あの数の兵を相手取っても遅れは取らない。

 それなのに、何故逃げる道を選んだのか。

 

 どちらにせよ、いまは考えても詮無きことか。


「あまり長考している時間は無いと思うんじゃがな。妾たちを探している人間たちも、徐々に近付いて来ておる」


 こいつの言うとおり、事態は一刻を争う。

 葛藤する心を冷静に諌めろ。

 最善策が駄目なら、次善策で手を打つしかない。

 

「あんたの提案に乗ろう。ただし、この森を抜けるまでだ。カエラ、異存は?」

「ん。止むなし。ここでこの人を相手取るメリットは無い」


 口ではそう言いながらも、俺は刀を鞘に納めるつもりはない。

 目の前の女を相手に無手になるほど、余裕は持ち合わせていないんでな。 


「うむ。物分りの良い奴は長生きするぞ」


 女は満足そうに頷いているが、これは一種の恐喝だろ。

 弱肉強食。従わざるを得ない状況。

 腹に据えかねているのは確かだが、いまは優先すべき事がある。

 

 俺たちの動向次第で、戦争の火蓋はすぐにでも切って落とされる。


「さて、それでは行くとするかのう」

「ああ、あんたが先頭だ」

「怖い顔をするでない少年。所詮この世は一期一会。刹那の時を愉しみやれ」


 そう言うと、女は森の出口へと身体を向ける。

 辺りではいまだに敵兵の怒号が響き渡っているっていうのに、余裕をかましやがって。 


「さあ、付いて参れ」

「上等だ」


 その言葉をきかっけに、女は木々の合間を走り出し、その背中を追うように、俺とカエラも疾く疾く駆ける。

 

 速い。女はまるで木々の位置をすべて把握しているかの如く、最小限の身のこなしで先頭を駆ける。

 この速度ならば、一刻もあれば森を抜けることが出来る。

 まったく、本当に何者なんだこいつは。

   

「少年。ちと聞きたい事がある」


 強烈な麝香(じゃこう)の香りを風にのせ、女が隣に並び立つ。

   

「何だ。これ以上の化かし合いは御免だぞ」

「そう邪険に扱うでないわ。妾は、か弱き乙女ぞ」

「はっ、冗談。か弱き乙女が、そこまで大振りの刀を腰に下げるかよ」

「女の扱い方も知らぬ小童が、ずいぶん吠えるのう。まぁ良い。妾は寛大ゆえ、水に流してやろう」


 盛大に笑い声を上げながらそう口にする女を見ていると、妙な既視感を覚える。

 仕草も格好も全然違うっていうのに、何故だか、倭国にいるはずのあの人を思い出す。 

 

 それもこれも、久しく感じてなかった自分では届かない力量に打ちのめされたからか。


 この国に来てからというもの、いまだにここまでの技量差を見せつけられた覚えはない。

 剣の修練を欠かしたつもりは無かったが、どうやら俺も自惚れが過ぎたらしい。  

 

「少年。考え事はそこまでじゃ。もうじき抜けるぞ。小娘も遅れを取るなよ」

「ん。足でまといにはならない」


 松明の明かりが、うっすらと視線の先に透けてくる。

 感じられる気配は複数。


「少年。この速度を維持したまま、いかほど斬り伏せる自信がある」

「完全武装を想定して三人。それ以上は足を止められる」

「上々よな。然らば、三人は主らに任せた。追っ手は妾が承ろう」


 追っ手? 俺にはそんな気配微塵も感じないが。


「まだまだ世界は広いということを肝に銘じておくのじゃな。抜けるぞ!」


 バサっという音と共に木を掻き分け、身体を投げ出すように森から飛び出る。

 

 木を薙ぐ音を聞きつけたのか、すでにその場には松明を掲げた敵兵の姿が四人。

 だが、その位置取りなら勝機はこちらにある。


「闇を切り裂くは、夜露に消えし真円なる光月」


 一も二もなく刀を抜き去り、その場で円を描くように腰を捻る。 

 水平に構えた刀は、その場で旋回し、無作為な暴威として命を刈り取る刃に。

 

「邪魔だ!」 


 さながら雨のように血が降りそそぎ、敵兵四人が断末魔をあげる暇さえ与えず、無力へと帰す。

 その一撃の反動を利用して、走る速度をさらに上乗せする。


「時々、あなたが怖くなる。強すぎ」

「最高の褒め言葉だと受け取らせてもらうよ」

    

 併走するカエラから不遜な目を向けられ、気が緩みそうになるが、まだ終わってない。

 事態に気づいた敵兵が、いつ追ってを差し向けてくるともわからない。

 いまはただ、敵兵との距離を稼がないと。     

  

 そんな緊迫した状況のさなか、月明かりを覆うように、俺たちの頭上に影が舞い落ちる。


「曲者は死すべし」


 そう口にした黒装束が追っ手だと気付いた瞬間、奴らの体が四散する。   

 

「ほれ、何をぼさっとしておるのじゃ。安全圏までは、まだ距離があろうぞ」


 こいつが殺ったのか?

  

『然らば、三人は主らに任せた。追っ手は妾が承ろう』


 この女が言っていたのは、こいつ等のことだった?

 俺には気配さえ掴めていなかった連中を、ましてや俺たちの速度に追いつけるほどの連中を、息をつく暇もなく倒したっていうのか?


「少年。強さに基準など設けようと思わんことじゃ。彼奴等と真っ向から相対すれば、お主の勝利は間違いないじゃろう。然れど、誰に勝てたからといって、誰に負けるとも限らん」


 戒めのように、その言葉が自分の中に染み込んでいく。 


「戦況と戦場が違えば、勝敗など容易に傾くものじゃ。故に神経は常に研ぎ澄ませよ。如何程の戦地をくぐり抜けておろうが、それが解らぬうちは妾には勝てんよ」


 知ったような口を。

 あんたが一体、俺の何を知ってるって言うんだ。

 どこまでも、あの人を思い起こさせてくれる女だ。

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