焦燥
「積荷はこっちの荷台に」
「手早く済ませろ。周辺の警戒は怠るな」
虫の声すら耳に入らない森の中。
俺たちは息を潜めて、目の前で繰り広げられている光景を注意深く眺めている。
俺たちに課せられた任務は、このカリズ河周辺で、敵兵が物資のやり取りをしている証拠を抑えること。
部隊の補給物資ともなれば、浅瀬には必ずなんらかの足跡が残っているはず。
その為、闇夜ながらも、注意深く目を凝らす必要がある。
よほど運が悪くない限り敵兵にバッタリなんてことはないだろうと、カエラに向かっておどけていた矢先の出来事がこれだ。
「あなたの凶運には驚かされる」
珍しくジトっとした目でカエラが見つめてくる。
それはそうだろう。
まさか俺だって、カリズ河に着いてまだ間もないってのに、敵兵の補充現場に遭遇するなんて、露ほどにも思っていなかった。
「でも。おかげで、これはこの上ない証拠」
それはそうなんだが、どうにもこいつの言葉には何か含みを感じる。
あきらかに俺に非があるような言い方をしやがって。
「あなたに非がある訳じゃない。でも、あなたのせい」
その二つにどんな違いがあるのかさっぱりわからんが、結果的には上々だろう。
いま目の前で繰り広げられているのは、間違いなく物資の受け渡しだ。
それも、物量から考えて個人単位の量じゃない。
あきらかに数百以上の人間は食っていける兵糧だ。
正直、参ったな。
どれだけ楽観的に考えても、これが真っ当な物資の引渡しとは考えられない。
仮にこれが違法物の売買だったとしても、あそこまで完全武装の兵士がずらっと並ぶわけがない。
ライアスの読みは正しかった。
これは間違いなく、なんらかの部隊へと渡すための補給物資だ。
それも正規の道を通さず、わざわざ人目に隠れてするほどの周到性。
それが意味することはひとつ。
奇襲部隊は間違いなく存在する。
「ん。無茶なことは考えないで」
「なんの話だ?」
「あなたの顔。いまにも斬りかかっていきそう」
阿呆なこと言うなよ。
いくら俺でも現状は理解している。
ここでアイツ等を切り伏せたとしても、事態は好転するどころか悪方向に転がっていくばかりだ。
「ん。理性と感情は違う。私たちの任務は、この情報を無事に持ち帰ること」
そう口にすると、カエラは身を引く素振りを見せる。
たしかに、この辺りが潮時か。
下手に長居しても、奴等に勘付かれる可能性が高くなるばかりだ。
「了解。退こうカエラ。帰って、とっとと・・」
「曲者だー! 逃がさんぞ!!!」
俺がカエラの言葉に頷いたその瞬間、敵兵からそんな叫び声が発せられる。
まさか、気付かれた!?
「そっちだ。茂みの奥に逃げ込んだぞ! 生かして帰すな!!!」
「敵は単独だ! 複数人であたれ!!!」
違う。どうやら俺たち以外にもこの場に人がいたようだ。
厄介なことをしてくれる。
どこの誰かは知らないが、このままじゃ巻き沿いをくらうのは目に見えている。
「カエラ。急ぎ撤退する」
「ん。異論ない」
木の上を飛び渡り、疾風のごとく来た道を引き返す。
先頭はカエラに任し、俺が殿をつとめる。
どうやら、曲者はいまだに捕らえられていないみたいだ。
森の中に、点々とした灯りがうろうろとチラついている。
思ったよりも灯りの数が多いな。
これは下手人が捕まるのも時間の問題か。
しかし、どうしてこの場に俺たち以外の人物が?
俺たちがこの場に赴いたのは、ライアスの予測に基づいてのもの。
その予測がララーナ軍上層部に撥ねつけられた以上、曲者がララーナの手の者とは考えにくい。
「ちっ。どっちにしろ、迷惑極まりない」
駆ける速度はそのままに、注意深くあたりを警戒する。
このまま何事もなく逃げきれると思ってはいけない。
想定外の事態には、いつも以上の鋭敏さを。
久しく感じていなかった感覚が、体中を駆け巡る。
「ん。困った。前方に敵兵の気配。森一帯に網を張ってる」
敵兵が俺たちよりも早く森を抜けたとは思えない。
来た時は、その網が張られる前だったわけだ。
運が良かったと言うべきか、それとも運が尽きたということか。
「最速で駆け抜けろ。前方は俺が」
道がなければ斬り開くしかない。
足を止めることなく、強行に出る。
「ふむ。なかなかの上策、褒めてつかわすぞ少年」
突然真横から掛けられた声に、咄嗟に距離をとる。
「危機回避能力も悪くないようじゃのう」
馬鹿な。ここまで一瞬たりとも気を抜いた覚えはない。
それなのに、いつの間に並走されていた?
背筋を薄ら寒ものが走り抜ける。
前を走っていたカエラも、異変に気づき足を止めている。
着物を着崩したかのような民族衣装に、腰にはひと振りの長刀。
妖艶にかき上げる髪は、闇夜に浮かび上がる銀。
「はははっ。そこまで警戒せんでもよかろう。取って食おうと思うてるわけではない」
女は胡乱な目つきで俺を値踏みした後、仰ぐように手をひらひらとさせる。
頭が警鐘を鳴らす。
――これは、危険な存在だ。
俺は女に言葉を返すこともなく、迷いなく一刀を繰り出す。
――この女は、この場で仕留めなければいけない。
「せっかちよのう。ちと優雅さには欠けるが・・・」
俺の一閃は女の体を切り裂くことなく、中空を斬る。
「速度も握り込みも悪くはない。一流の担い手というところかの」
それどころか、女はいつの間にか俺の背後に回っている。
避ける素振りも、動く出す動作すらも見えなかった。
「カエラ。剣をしまえ。こいつはお前の敵う相手じゃない」
咄嗟に剣を構えたカエラを制する。
「・・・ん」
しぶしぶながらも俺の言うことを聞いれるカエラに感謝する。
わるいな。おまえを庇いながら闘える相手じゃない。
いや、それ以前に、正直な話。
――勝てるかどうかさえ怪しい。
「この状況下で冷静に判断が出来るのも好感がもてるのぉ」
女の表情には、この暗闇でもはっきりとわかるほど、余裕の笑みが浮かんでいる。
この状況を愉しんでる?
まったく、勘弁してくれ。
こっちはさっきから冷や汗が止まらない。
「そこまで怯えんでもよい。まったく、愛い奴じゃ。妾は別におまえ達と争うために声をかけた訳ではないぞ」
女はそう言うと、リクセン兵が探索しているであろう方向を指差す。
「お主らも妾と同様の立場であろう? ここはひとつ、手を組むというのは如何か?」




