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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
カリズ河の攻防
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最悪の予測

「今晩、あなた達ふたりに請け負ってもらいたい任務は、カリズ河周辺の偵察です」


 夜半過ぎに呼び出された俺とカエラを出迎えてくれてたのは、そんな一言だった。

 ライアスの目の前には地図が広げてあり、大まかな偵察範囲を指し示してくる。

 アルゴはいつも通り、扉に背を預け、黙ったまま微動だにしない。


「この河の周りには獰猛な獣が出ると噂されています。くれぐれも注意をしてください」


 ライアスは淡々とした口調でそう言うが、どこか様子がおかしいように思う。

 それについてはアルゴも同じだ。

 どこか二人の間に、言い知れぬ緊張感が漂っている気がする。

 

「偵察? それこそ正規兵がやるような任務なんじゃないのか?」


 俺たちが動くのは正規兵では対応できない種類の任務のはずだ。

 それも、情報を持ち帰るという意味では、それ相応に信頼のできる人間じゃないといけない。

 こいつがそこまで俺のことを信用しているとは、到底考えることはできない。


「彩霞くんの言うとおり、本来ならこの任務は正規兵に任されるべき仕事です。しかし、事情が事情ですので、あなた達に動いてもらうことが適当だと判断しました」


 いつになく、ライアスに余裕が無いように見える。

 しかし、あいかわらず人を食ったような言い方をする奴だ。


「勿体ぶるなよ。そこまで言うからには、俺たちにその事情ってやつを説明する気があるってことだろ」


 この部屋に入ってから、ピリピリとした緊張感が全身を刺すように伝わってくる。

 軍の将校である二人が、揃ってそこまで気を張るほどだ。

 あまり良い事情とは、とてもじゃないが考えられない。


「もちろん、それを今から説明するつもりですが、まず初めに言っておかなければならないことがあります。いまから話すことは私の独断であり、私的観点からのものだということをご理解ください」


 独断ね。また、キナ臭い言葉が飛び出してきたな。

 となりに並ぶカエラの顔も、いつになく緊張しているように見える。


「本題から先にお話しましょう。私の考えではおそらく、近日中にリクセン軍は侵攻を再開させます」


 薄々気付いていたこととはいえ、実際言葉にされるとグッと息を飲んでしまう。

 だが、ララーナの軍として、その辺りの情報は正確に掴んでいないとおかしい。

 それを独断や推測で話すライアスの根拠が見当たらない。


「私がその事に懸念を持ち始めたのは、二ヶ月前、彩霞くんの報告を聞いてからです」

「俺の報告って言うと、コロンを解放したときの事か」

「そうです。あの時、彩霞くんの報告を聞いてから、私の中に懸念が生まれたのです。どうしてあの様な場所に『焔のクロウ』が現れたのか。敵国の内情を鑑みても、やはり腑に落ちない」


 確かに、あの時クロウは「コロンへは戯れで寄った」と口にしていた。 

 だが、それがいきなり開戦につながっるっていうのも、いささか暴論すぎはしないか。


「そこで私は、ある推測を立てたのです。クロウはコロンという村に用があったのではなく、コロンまでの道筋を確認しに来たのではないかと」


 そこで、ライアスは机上に広げられた地図に指を差す。


「ご存知のとおり、コロンという村は、ララーナ国とリクセン国を結ぶ一直線上からは外れています。実際、我々がにらみ合いを続けている場所も、コロンからは遠く離れている」


 確かに、地図上で×が付けられた場所(ここが現在の最前線だろう)から、コロンはかけ離れすぎている。


「そこで私は、こう考えたのです。現在の最前線こそ、リクセン軍にとっての囮ではないのかと」

「最前線ではにらみ合いを続けてるんだろ? 相手だってそれなりの戦力を置いているはずだ。アンタはそれが全部囮だって言うのか」

「そうです。だからこそ、リクセン軍の上位三傑である『焔のウロウ』が現れたとも考えることができます」

「まさか、数千の兵士とクロウ単騎が釣りあうとでも言うつもりか?」

「流石に単騎駆けをしてくるとは考えられませんが、クロウがいるだけで防戦の難易度は跳ね上がります。ましてや、こちらは主力を最前線に常駐させているのですから」

「それなら、最前線の兵を防衛に割くように提言すればいい」

「残念ながら、その案はすでに棄却されました。リクセン軍五千に対し、我がララーナ軍七千で最前線の均衡を保っている状態です。上層部の判断では、これ以上兵を割くことは不可能だそうです」


 なるほど。ライアスの言う通りなら、守備目的でこの都市に常駐している兵士と傭兵を足しても、奇襲を仕掛けられた場合、守りきれる算段は無いってことか。

 推測とはいえ、その考えが正しかった場合、この国の末路は決定的だ。


「でも、それがどうしてカリズ河周辺の偵察につながるって言うんだ?」


 まさか、その奇襲部隊がそこに潜んでるとでもいうつもりか。


「奇襲部隊の駐屯地は推測できていませんが、地理上、本隊から物資を受け取るためには必ずカリズ河を利用していると考えることが出来ます。彩霞くんたちには、その確たる証拠を抑えて頂きたいのです」

「なるほど、そこで物資の受け渡しをしていれば、あるいはその痕跡でも見つけることが出来たら、上層部にもう一度進言することができるって算段か」

「ええ。その通りです」


 これは、思いのほか重要な役目だな。

 下手をすれば、そのいるともわからない奇襲部隊とぶつかる可能性もある。


「それで、質問を蒸し返すが、どうしてこれが特務に値する」


 いくら私的な観点とはいえ、自分の兵隊ぐらいは動かすことができるだろう。

 まさか、くだらない見栄のためじゃないだろうな。


「この作戦は、あまりにも危険性が高すぎるのですよ。もしも私の推測通りなら、軍部は間違いなく大混乱に陥るでしょう。それこそ、偵察に出した兵士ですら」

「ああ、そういうことか。まわりくどい言い方をするなよ。その確たる証拠を掴んだとしても、俺たちならその情報を流布しない、いや、流布したとしても誰も信用しないってところだろ」


 ライアスは俺の言葉を、肯定することも否定することもしない。

 まあ、正規兵が嘯くのと、俺たち訓練生が嘯くのでは、信ぴょう性がかけ離れてるだろうしな。


「そういうことらしいが。どうするカエラ?」

「ん。問題ない。偵察は得意。あなたはお留守番?」

「おまえ、しっかり話聞いてたか?」

「問題ない」


 いまいち不安に感じるのは俺だけだろうか。

 そういえば、カエラは今の今まで一言も発言しなかった。

 こいつにとっては与えられた任務が何であれ、着実にこなすってところか。


「話は以上です。他になにか質問は」


 憶測ありきの話でしかないんだ。

 これ以上は、ここで話を聞いても仕方がない。


「カリズ河周辺の偵察。其の命、謹んで受けさせて頂く。カエラ、道案内は頼めるか?」

「ん。問題ない。私はあなたのパートナー。それが私に与えられた役目」


 これから向かう場所に敵兵がいたとするなら、それは死地に等しいほどの危険性をもつだろう。

 ともすれば、戦の前哨戦になりかない特務だ。

 頼りにしてるぜ、パートナー。

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