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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
戦の末に待つもの
111/111

衝動の正体

 風が吹く。それと同時に昌運の姿が視界から消えた。

「——くたばれ」

 耳元で聴こえた不吉な声に、俺は思わず頭を下げた。

 何の音も無く、襟足を昌運の刃が掠める。

 危っぶねえ。一瞬、判断が遅れていたら間違いなく俺の首は宙を舞っていた。

 何だ、今の動きは?

 目で捉えていたはずの動きを見失った。

「まだだぞ」

 今度は正面からの逆袈裟!

 鞘から抜いた刀で何とか受けきるも、これは——

 勢いよく尻餅をついた俺を姉弟子は冷酷な眼差しで見下ろす。

「その程度か……律」

 たった二合——ここまで遠いっていうのか?

 膂力は勿論、あらゆる身体能力で俺は昌運を上回ったはず。

 この国に来て雅流の技にも磨きをかけた。

 それなのに何故——ここまで遠い。

 この程度の力じゃ、俺はいつまでたっても……

 いや、今更唇を噛み締めても何も変わらない。変わるはずが無い。

 今は常に一心を込めろ。

 まだだ——まだまだ心を染め上げろ…… 

「鬼気は総じて人を狂わせよる——少年、ほんにおまえは修行が足らん。易々と力に喰われおってからに」

 俺が心の在り方を問い掛けたその瞬間。それまで傍で一部始終を見ていただけだった剣鬼が動く。

 その歩みは緩やかで、その表情は憐憫そのもの。

「口出しするなよ、剣鬼。今はアタシが律と話をしてるんだ」

 昌運が激昂するもババアは何処吹く風。俺と昌運の間に割って入ると、抜き手を放ち、無理やり昌運に距離を取らせる。

「大事な弟弟子なんじゃろう。説明は欲しかろうよ」

「邪魔をするなと言ったはずだけど……くそが、内容に興味があるのは事実だ。話してみろよ剣鬼」

しぶしぶながら刀を納めるも、その身体からは気が溢れきっている。

 まだ終わってないってことを言外に示す辺り、実にコイツらいしなと思ってしまう。

 上等だ。俺だってこの結末に満足しているわけじゃない。

 続きをやろうっていうなら、こっちこそ——

「少年、気を静めよ。言うても聞かんなら、儂も力づくでせねばならん」

 っ——! このババア、平静な顔で、なんて気を……。

 この状態の俺が、これだけで指一つ動かせなくなるなんて——

「ほれ、力に溺れれば溺れるほどに人は弱くなるものよ。内面を是して力となさん——驕るなよ糞餓鬼」

 鳩尾に衝撃。内臓が飛び出るかと思うほど腹を蹴り突かれ、俺は地面にもんどり打つ。

 肺にたまった空気が一気に排出され、息が止まる。

「はぁっ……はぁ……はぁ……」 

 呼吸を制御できない。

 剣士にとってこれは詰み状態。いわば首を差し出したようなものだ。

 このままじゃあ——

「思い上がり過ぎじゃ、小僧。何故、儂が貴様の首を取らねばならん。だから気を抑えろと言うておろうに」

 次は一閃。俺の眼前にはババアの切っ先が添えられており、身動きすら封じられる。

「深呼吸せよ、刀を放せ。今の小僧にソレはまだ重過ぎる。頭の中で鞘の形を創造せよ」

 これまでとは打って変わった優しい口調——まるであやす様な諭すような——普段なら馬鹿にするなと激昂しそうなそれが、俺の中で浸透するように弾けてゆく。

 刀を鞘へ納めるように、黒が薄くなる。

「————これは」

「正気を取り戻したか、律」

「ようよう手の掛かる小僧じゃ」

 今度は二人に揃って溜息をつかれた。

 それもそのはず、俺が何をしたのかは理解出来ているが、どうなっていたのかまでが理解が出来ない。

 何だ、この感覚は? 何故俺はここまでコイツ等に喰いつく羽目に……

 そもそも、あの段階で刀を抜く必要があったのか?

 自分が起こした行動に頭が混乱する。

「理性の欠落。ただ一心のみを刀に託し、人に在らざる力を振るう。その力をワシ達は「鬼気」と呼んでおる。「鬼気」は感情を糧に人の限界以上の力を引き出すものじゃが、無論、身体が付いてこれる訳も無い。その先に待つのは破滅のみ」

 ババアの——歴戦の戦士であるコイツの顔にあるのは悲壮。

 哀しい事に、これから続くだろう話に良い予感を全く感じさせてくれない。

「一心とは人それぞれ……ただ、飲まれた場合その色は常に黒く、全ての感情を握りつぶす。一心を一刀に込める。感情こそが力の流れ——そして、それこそが雅流一仭の真髄。開祖が成し得た禁忌と呼ばれる偉業の術よ」

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